81話 暴走
私はSランク冒険者のタイタス.シュトルムハウゼン。護衛の仕事があるアジレスコの町へ旅立ってから3日、何とか無事に辿り着く事が出来た。
私は過去の過ちで沢山の人々から恨まれている。誰かを守りながらの道筋より、全然に楽な旅路だった。だがそれでも、イノとの旅路の方が暖かく楽しいのだから不思議だ。
「フフフッ、面白いものだな」
ベイカーの屋敷に案内された私には専用の部屋と女郎が用意されていた。以前の私なら喜んでその歓迎を受け入れていたが、今の私には不必要な物。
酒も女もイノ以外には興味はない。周りの者は驚いていたが、それが今の私なのだ。
「……(イノは元気にしているだろうか……)
イノの居ない旅路は何とも虚しく、離れる程に彼女に会いたいという気持ちが高まっていく。
これは悪い兆候だ。だがそれ程までに彼女の存在は、私の中で唯一の揺るぎない絶対的な存在と化していた。
「なに、今回の仕事は護衛のみ。そう長くはかからぬだろう。ガッハハハハ、早く帰ってイノと村の温泉に行こう」
そんな希望の未来を思いながら過ごす私にベイカーが紹介したい者達が居ると言う。
その数は5人、それぞれが冒険者で云う処のC〜Aランクに相当する強さの者達だ。
「彼等は私の私兵で今回の評議会の為に呼び寄せた者達です。タイタス殿の指揮下に置いていただき、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「…… 」
私以外にも護衛を用意しているとは、正直言って迷惑極まりない話しだが、大恩あるベイカー殿の頼みとあっては断る訳にもいかない。
「私はタイタス.シュトルムハウゼンだ。よろしく頼む」
挨拶は人と人との繋がりに欠かせないコミュニケーションだとイノから教わった。今では私はどんな輩にでも握手の手を差し出す様にしている。
「…… フン、S級とはいえ所詮は奴隷上がりの荒くれ者。その様な輩に教えを被るなど不愉快千万」
ベイカーの私兵の中で王国第3騎士団団長を務めるダリル.クロフォードが、安いプライドに突き動かされて私に大口を叩く。確か彼も奴隷上がりだったと聞くが……。
以前の私だったなら問答無用で殴り付けていた処だが、イノに出会い変わった私は違う。
「私は単独行動が多い。だからクロフォード殿には集団戦のコツを教わりたいものだな」
「なぬ、ハハハハッ! そうか、そうだろう、お互いに高め合おうではないか」
この手のプライドの高い輩の扱い方はイノに教わっている。相手を褒めて懐柔する。当時の私がそうだったのだから間違いない。
本当にイノには沢山の事を教わった。
「うむ、互いに紹介も澄み打ち解けた様で何よりだ。後は評議会の当日にお願いいたしますぞ」
評議会は明日だ。彼等と上手くやっていけるかどうか分からないが、一先ずはベイカー殿の護衛と云う任務だけは、何があっても全うしなければならない。
評議会の当日は何故か朝から胸騒ぎがする。こんな事は今まで生きて来て初めての出来事だ。
「…… (今日の評議会で何が起きると云うのか……ただの気まぐれと思いたいが……)
私の中に脈付く巨人の血が警戒音を鳴らしているのか、警戒は怠らない様にしよう。
評議会が行われる市民会館は贅を尽くした豪華な作りで、20名からの衛兵が常駐していると云う。
そこに我々が加わるのだ。守りは万全、朝の胸騒ぎはやはり私の勘違いだった様だ。
今回の評議会の評議対象は落魄れた魔道士らしい。何でもその魔道士がベイカー殿が連れていた奴隷に一目惚れし、ベイカー殿の護衛を殺して奪って行ったという。
その時にマフラーの為に購入していた獣人も攫っており、ベイカー殿が怒る理由が分かった。
それだけ凶暴な魔道士ならば、今回も一暴れ有るかも知れない。流石はベイカー殿、私を呼んだのは正解だ。
何故なら私は4属性が一切効かない"四強劣封"と云う魔道士泣かせのスキルを持っているからだ。
その他にも2つのスキルを持っているが、この"四強劣封''があったからこそ、私はここまで生きて来れたのだから。
「まったく愚かな坊主です。今日こそ彼奴の行った悪行の裁きが下りるのです」
まったくもって彼の言う通り、行には必ずツケが回って来る。私自身がそれを経験し、知っているのだ。
かの者には必ず裁きが下るだろう。だが出来る事ならば、私の様に真っ当な道に導いてやりたい。かつての私がイノにそうして貰った様に。
そんなお気楽な考えだった私だが、突然の乱入者達にその考えを改めさせられた
評議会所に乱入して来たのは今回の評議対象の魔道士と思われる少年と、眼鏡を掛けた一見冴えない見た目をした男。
他に奴隷の女と思わしき女性と、猫種の獣人が居たが、先の2人の印象でまったく記憶に残っていない。
「…… (な、何という魔力だ! こんな奴は見た事がない……)
私は"四強劣封''のスキルの副作用で、任意の相手の魔力を見る事が出来る。
かつて様々な相手と戦って来たが、このレベルの魔力持ちは居なかった。かつて見た宮廷魔術師が赤子同然に思えるレベルの魔力。
いや、こんな上限が分からない程の魔力は人の身ではあり得ない、人を超越している。
そしてもう1人の男は、一見には冴えない見た目だが、ドラゴンが可愛らしく思える程の凄まじい存在感。その威圧感は圧倒的で他に類を見ないレベルだ。
(…… 間違いない、朝の胸騒ぎの原因はこの男だ。決してこの者達と争い合ってはならない)
かつての天敵ミケーレに匹敵する脅威、いや、あのミケーレを上回っているかも知れない。
強敵と戦ったからこそ分かる脅威度。力を抑えている現状で、あの時のミケーレと同等なのだ。
今が何割かは知らないが眠れる獅子を起こす必要はない。
「…… ベイカー殿、あの者達は……」
「彼奴等です! あの小僧が私から奴隷を奪った極悪人です!! タイタス殿、どうか私の宝を取り戻す力助けを!!」
「…… 」
やはりカルマは巡り巡って自分の元に帰って来るのだ。
(…… 仕方がない、こうなれば他の者は放り置き、ベイカー殿の安全を第一に考える。それが私に出来る唯一だ)
評議会に乱入してきたあの少年は易々と衛兵を排除すると、あっという間に評議会を占拠してしまった。
その際に動こうとしたベイカー殿の私兵が、あの男の一睨みで動きを封じられてしまう。
あのドラゴンすら赤子に思える殺気は、気の弱い者ならその場で死んでいてもおかしくないレベルだ。
そう云う私も、あの男に睨まれて動けない1人なのだから、彼等の事をあれこれ言える立場では無い。
私の体を構築する全てが凍り付いたかの様に動かす事が出来ない。全身から冷や汗が滴り私の巨体を冷やすが、それさえも感じている間はない。
「…… (いったい何者なのだ…… )
状況は刻々と変わって行き、少年と議長とおもしき人物の会話も聞こえて来る。
自らに掛けられた疑いを晴らす為にここには話し合いに来たと云う少年。真っ直ぐで必要以上の暴力は決して振るわない。
話を聞いてみてもベイカー殿が話していた事と辻褄が合わない部分がある。私の印象だが、この「争いより話し合いを好む」と公言する少年の言葉に嘘は無いと感じた。
大恩あるベイカー殿には悪いが、少年の話しの方が辻褄が合っているのだ。
それ以前にこれだけの力を持つ者が、力より言葉で自身の無実を晴らそうとしている。かつての私では分からなかったが、今なら分かる。この者は真実を語っているのだ。
それはつまり物事の理は彼の方が正しいと云う事に他ならない。
「……だが」
だがそれでも私は、恩に報いる為に、この身を挺してベイカー殿を守らなければならない。
(…… イノ、すまない…… )
状況も覚悟を決めた私を嘲笑うかの様に、ベイカー殿に不利な状態になって行っている。
「さあ、その娘の奴隷紋を調べるのだ!!」
案の定、ベイカー殿は私の意思に反して暴走し出す。少年が連れた女性に自分が持ち主である証拠があると言い出したのだ。
たとえ少年が連れた奴隷の女性に奴隷紋が有ったとしても、あの少年が渡さないと言ったらどうするつもりなのか。
彼は怒りで目先が曇ってしまったのか、自身の私兵が怯えきり震えている事にさえ気付いていない。
(…… ああ、私の命運もここまでか。イノ、最後に一度だけお前に会いたかった…… )
最後にイノに会いたい。その温もりを確かめたい。いつかの様に彼女と夜明けまで会話を続けたい。
だがその私の願いは叶いそうに無さそうだ。




