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死霊組成  作者: ボナンザ
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76話 テスの冒険4、オーク襲来

死霊組成52話 テスの冒険5

 


宿場町ドールで夜を明かした翌日、ジーナは何とも苛立ち気に目を覚ました。


彼女が不機嫌な原因は昨晩にあったローバルからの食事の誘い。先方の目的は言わずもがなテスだ。



「…… 我々は公爵令嬢の護衛任務中故に、申し訳ないがご遠慮いただきたい」



公爵令嬢ダハラの警護任務中という嘘でその誘いは断ったのだが、これからもこの誘いが続くと思うとジーナも憂鬱極まりなしだ。



「…… (一緒に行動する立場上、流石に何度も断る訳にはいかぬ。こうなればダハラ殿を生贄に捧げるのもありか……)


頭をボリボリと掻きながらジーナが階段を降り、顔を洗おうと井戸に向かうとそこには、先に顔を洗うため起きていたテスが居た。


そして彼女のその手にはどこで拾ったのか、一振りのショートソードが握られていたのだ。



「むっ、そのショートソードはどうしたんだ?」


「はい、ここに立て掛けてあった物をお借りしました」



きっと店の主が忘れていった物だろう。何の変哲もないそこらの店で売っている様な品物だ。


そしてテスはその感覚を確かめる様に何気にショートソードを振るった。



「! 」



シュンとほんの一振りの仕草だったが、その一振りはジーナに驚愕を与えるに足るものだった。



ジーナ自らも鍛錬の為に幾千、幾万と振るって来たショートソード。その扱いを知り尽くす彼女が見ても、テスの一振りは異様の一言。



武を極めた者なら分かる。例えるならばまるで、剣を極めた剣聖が振るう一振りの如き、まったく無駄の無い綺麗な剣筋だった。


そしてその剣筋はジーナ自身の物とまったく遜色のない斬撃だったのだ。



「剣とはこんなにも軽い物なのですね」



今の一振りを見た後だと、何気ないテスの一言にも勘ぐりを覚えてしまう。



「…… テス、お前は本当に剣を握るのは初めてなのか?」


「はい。塔から町の兵隊さん達が練習するのは見ていましたが、実際に触るのは初めてです」


何とも嬉しそうにテスはそう言った。



剣の才を持つ者の中には、ただ見ただけで相手の剣筋を覚えそれを体現し、実現出来る者が居ると言う。


そうテスは道中でジーナの剣技を見た事で、その至高の斬撃を覚え体現してしまったのだ。女神の、それも6神全ての加護を持つテスの素質は、常人では計り知れない様だ。



「なんと云う…… 」



ただ見ただけで達人の技を100パーセントの割合で体現出来るテス。


絶え間ない修練の末に辿り着いた今の剣技をあっさりと真似されて、並の者ならば嫉妬や嫌悪感が先に立つだろう。



だがジーナの場合は違った。



「……そうか、我々はこれ程の才能を埋もれさせていたのか……」



ジーナが最初に思った事はテスへの深い憐憫の情。そしてその後に感じたのは、彼女の才能への飽くなき称賛。


ジーナはキョトンとするテスの頭を撫でると、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。



「テスよ、失われた時は戻らぬ。だがこれから新しい記憶を作る事は出来る。分からない事があったら私に何でも相談してくれ、お前の為ならば如何なる望みも叶えてやろう」


「はい!」



ジーナの本気の思いが伝わったのか、テスもまんべんの笑みを見せ元気良く返事を返す。



そして2人並んでの剣の素振りを始める。テスはジーナが教える事を何でも素早く完璧に覚えてしまう。


そのため2人の訓練は、気付いて見れば2時間にも渡って続いていた。正午を告げる教会の鐘の音にやっと訓練を止める2人。



「もうこの様な時間、ちょいと熱中し過ぎた様だな。少し遅くなったが朝食にしようか」


「はい……」


いつも塔の岩窓から見ていた訓練を実践出来て余程嬉しかったのか、少し物足りなそうな仕草のテス。



「そんなに焦るなテス、ならばこれからは毎朝私と鍛錬をしようか?」


「はい!」


天真爛漫なテスに癒されつつ、案の定に待たされ過ぎてご立腹のダハラをよそに、朝食を食べに向かう一向。



「こんな時間まで何をしていたと云うのだまったく…… 」


「ダハラ殿も私達を待って居なくとも、先に1人で食べに行けばよかろう」


「そ、それは…… 」



聖王国にいる間は日々の鍛錬やテスの護衛で、国外どころか町にすらあまり出た事のないダハラ。常識のない彼女には、見知らぬ土地での行動が冒険に等しい行動なのだ。



「や、やはり食事というものは皆で食べた方が美味いに決まっている。それに私はテスの護衛だしな、共に行動しなくてはならないからな」


「その割には朝遅くまで寝て居た様に見えたが」


「い、いや、そんな事は……」



正直、聖王国から出た事で気が抜けている感のあるダハラ。


彼女も本国での日々のプレッシャーから解放されて、ある意味息抜きが出来ているのかも知れない。



「まあいい、さあ朝食を食べに行こうか」



そんな彼女達が朝食を食べようと一軒だけある飯屋へ入ろうとしたその時、旅立つ準備を終えた傭兵団が姿を現した。


そして彼女達を目にしたモーゼスが話しかけて来る。



「なんだお前達、これから出立だてのにどこに行くつもりだ?」



モーゼスの言葉にしまったと顔を顰めるジーナ。確かに昨晩のミーティングのおりに、明日は早めに出立すると言われていた。


ローバルの対応と、テスの類稀なる才能に気付いてしまった事の喜びに浮かれて、その事を忘れてしまっていたジーナ。



「珍しいな、お前が忘れ事とは余程に良い事があった様だな。」



感の鋭いモーゼスが観察する様に具に3人を見る。流石にテスの才能がバレるとは思わないが、気が気ではない事は確かだ。



「俺達はこれから大将を迎えに行く。それまでに出立の準備を終わらせておけよ」


「あ、ああ、分かっている…… 」



去って行くモーゼス達を目にため息を溢すジーナ。



「…… すまぬ2人共、今日は朝食は抜きだ」



「なっ!」 「それは残念です…….」とお彼女達も愚痴を溢すが、ジーナの耳に入る事はなかった。



「……( 最近はいろいろとあり過ぎて私の考えが追い付かぬ。たまには昔の様に朝まで酒を飲みたいものだ…… )



そんなこんなで朝食抜きで、アーリアナ王国への旅路に戻った彼女達。馬車を操作するジーナにもいつもの余裕は見られない。



「まったく、朝食抜きではいざという時に力が出ぬではないか。とんだ迷惑だ……」


後ろの荷台で揺られながらダハラが、未だに朝食を食べれなかった事にグチグチと文句を言う。


神殿騎士の食事は質素だ。滅多に町にも出た事が無い彼女は、初めて食べるちまたの料理に魅了されているのだ。



「この干し肉美味しいですよダハラ様、お一ついかがですか?」


「ふん、そんな下賎な物…… 」


テスが干し肉を薦めるが高位貴族のプライドか、それを拒絶するダハラ。



「確か今日は夕の刻まで宿場には入らぬと聞いたが、それまで無食で保つというなら食べずとも良かろう」


「うっ…… せ、せっかくテスが薦めてくれているのだ。ならば頂こうか」


「ふっ」


分かりやすいダハラに少しだけジーナの気分が晴れる。案外にダハラはこの旅路での、ムードメイカー的な存在かもしれない。



今日はこの峠道で1番の難所を通過する。そして明るい内にその難所を通過したいため、寄り道をしている余裕はないのだ。


そして旅団に幾つかの商隊が加わり、崖と森に挟まれたこの峠道1番の難所に差し掛かると、その表情を変えるジーナ。


片方は高さ50メートルの崖、そしてもう片方は深い森に続く林。整備されていない林道は襲撃者が潜み易く、退路が限られたこの峠道1番の難所。



「ダハラ殿、これからこの峠道一の難所に入る。後方の確認とテスの事は頼んだ」


「あ、ああ。分かった」



ジーナの言に緩んでいた気を引き締めるダハラ。そしてそこまでせずともと言う位に後方の監視を始める。


先程まで騒がしかった傭兵団の方も、緊張の糸を張り巡らせて警戒にあたっている。



「……(このまま何事も無ければ良いが……)



複数の商隊が加わった事で、その数も100人を超える大所帯だ。並の襲撃ならば軽く蹴散らすだろう。


だがそんなジーナの思いを裏切る様に傭兵団の方から声が上がった。



「オークだ! オークの大群が来るぞ!!」



傭兵団の斥候の言う通り森に潜んでいたオーク共が、旅団を襲おうと溢れ出て来たのだ。


その数はおよそ300。



「チッ、オークの群とは運が悪い……」



オークは単体ならばCランクの冒険者パーティで狩れる魔物だ。基本は単独で行動するが、2〜3体のグループで動く事もある。


オークは人間を餌としか見ておらず、たまに女性を攫って慰めモノにする輩もいる。



「よ、予想以上に数が多いぞ!」


「バーブル王国の奴等、間引きを怠っていやがったな…… 」


基本的に街道の整備はそれぞれの国が行うのだが、長年の戦乱の世がそれを滞わせていた。



「退路に回り込まれるな! その場で押し留めて各個撃破だ」


ただのオークだけなら何の問題も無い。だがそれが群となると話が変わる。オークが群れるという事は、それを率いる強力な個体が居ると言う事。



「ブ、ブッチャーだ!」


「黒い個体が迫って来るぞ!」



黒い3メートル程の巨体の至る所に、今まで狩殺した獲物の頭蓋骨や戦利品を吊るしているオークの上位個体。


人間を百体以上食したオークが進化した姿と言われており、その禍々しさはまさに人間の屠畜人、ブッチャーと呼ぶに相応しい見た目。


そしてこのブッチャー種は、オークの群の斬り込み隊長的な役割を担っており、その怪力で前線を掻き乱すのがその役目だ。



オークの中で危険なのはオークジェネラルやキングの上位種。このレベルになると大群を操りバフの効果もあって、個の能力も高くなる。


このレベルのオークを討伐するにはAランクの冒険者パーティが必要だ。それが群れを成しているとなると数百単位の軍隊が必要になる。



今回の襲撃の数を見る限り、そのどちらかの個体が群れの長である事は間違いなさそうだ。


そしてブッチャーという強力な固有種が先遣隊として現れた事で、群れの長がキングである可能性が高まった。



そんな中、傭兵団が戦う旅団の中央付近から何者かの発した声が響く。



「我々は付いている! 何故なら此方には聖王国の筆頭戦士殿が居るのだからな。我々はここの守りを固める。筆頭騎士殿には長の討伐を頼みたい!」


「おお、聖王国の……」


「ひ、筆頭戦士殿どうか、お頼みします」



モーゼスがオークの相手をしながら、大声で長の討伐をジーナに依頼して来たのだ。


他の商隊が見聞きするこの流れで依頼を断る事は、聖王国の威厳にかかわるだろう。



「チッ、あの野郎…… このオークの襲撃を見越して私達を旅団に引き入れたんだな…… 」



事前に峠付近でオークが繁殖している情報を仕入れていたモーゼス。


この旅団にいる者でオークキングを倒せるのはジーナただ1人。モーゼスでも部下を巧みに使えば倒す事は出来る。だが彼等の目的はあくまでもローバルの護衛だ。


そこでジーナを旅団に引き入れる事で、その大役を押し付けようとのモーゼスの魂胆だったのだ。



それにオーク共との争いは彼女達の馬車を挟む様に前後で起きている。これでは逃げる事も難しい。


その内にこの馬車も争いに巻き込まれるだろう。どうやらモーゼスのお膳立ては完璧な様だ。



「…… 致し方ない、私は群れの長を仕留めて来る。ダハラ殿、この場は任せたぞ」


「…… あ、ああ、私に任せてもらおう!」


少し気負い過ぎなダハラが心配だが、危険な場所にテスを連れて行く訳にはいかない。それにダハラは腐っても神殿騎士なのだ、オークの5〜6体なら問題なく対処出来るはずだ。



「よいかテス、この争い事が終わるまでは決して馬車から降りてはならぬぞ」


「はい」


いくらオークでも争い事に夢中な間は中の見えない幌馬車に構う事はない。一先ず馬車の中に身を隠していれば問題はないだろう。



「では行って来る」



ジーナ程の経験が有れば本体の大体の位置は分かる。まるで疾風の様に長目掛けて駆け抜けて行った。




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