74話 国分真江4 それぞれの思い
迷宮を前に廃屋の一つで夜を明かす事にした国分さん達一行。そんな皆が眠りに付く中で、1人焚き火を見ながら物思いに耽るギルバルト。
「……」
考えている事は過去の事か、これから起きる先の未来の事か、彼のその眼差しが心なしか少し哀しげに見えるのは気のせいだろうか。
シーンと静まり返った廃墟の中、パチパチと瞬く焚き火が彼の頬を赤く染める。
遺跡の魔物避け魔導具が生きているのか、どうやらこの付近には魔物の類は居ないらしい。
恐れていた死霊系の魔物の姿も見られない。どうやらここで夜を明かす判断をした事は正解だった様だ。
「……ん……んんん……」
そんな中、魔力を使い果たして気を失っていた国分さんが目を覚ました。彼女は半身を起こすと、寝起きの寝惚けた状態から覚める事なく辺りを見回している。
「おっ、どうやら目が覚めた様だな」
「…… えっ? へっ!? だ、誰!? ここはどこ? ま、まことは?! 何が起きているの?!」
慌てて手に持っていたメガネを掛けると辺りを見回す国分さん。三池さんが彼女が起きた時のために持たせていたのだ。
寝息を立てている三池さんに安堵すると同時にギルバルトを視界にとらえると、慌てて三池さんを守る様にその前に移動して警戒する国分さん。
「あ、貴方は……」
「まことは1人でここまでお嬢ちゃんをおぶって来たんだ。あまり騒いで彼女を起こすなよ」
警戒する国分さんをよそにギルバルトは冷静沈着だ。
それに何故かまことの事を呼び捨てにしている事にも驚いたが、何より今の現状に混乱が治らない。
「なんだ覚えていないのか? お嬢ちゃんは能力を使った影響で魔力を使い果たして、気を失っていたんだ」
ギルバルトは国分さんに、これまでの経緯を簡単に説明する。
「…… の、能力…… 」
ブックメイカーのスキルを使ってリザードマンの群れを退けた事を思い出したのか、国分さんが自身の奥にある目覚めたばかりの力を確かめる。
「…… 私のスキル……」
憧れていたスキルの事を思い出して、瞳に喜びの光が浮かぶ国分さんだったが、ギルバルトの次の言葉に我を取り戻す。
「まことは魔力を使い果たして気を失っていたお嬢ちゃんを、ここまで1人で運んで来たんだ」
「まことが私を…… 」
国分さんが自身の前で毛布に包まり眠る親友を見る。余程に疲れているのか、騒ぎにも起きる事なく寝入っている。
「良い友達を持ったな、彼女に感謝しろよ」
そう言うと焚き火に視線を戻すギルバルト。
国分さんは寝入っている三池さんの頬を優しく撫でる。三池さんが目を覚ます事はなかったが、彼女の可愛らしい寝息に安堵する。
「まこと…… ( ありがとう)
時刻は夜の12時頃か、まん丸で地球の物より大きい月が夜の廃墟を照らす。
辺りには彼等以外の生物はおらず、廃墟ならではの不気味な静けさが辺りを支配している。
「…… 」
「…… 」
目を覚ましている2人に会話は無く、静かな時間だけが過ぎて行く。
「…… そろそろ交代の時間だな。明日は早い、俺は寝るがお嬢ちゃん、あんたも寝ておいた方がいいぞ」
そんな沈黙を嫌うかの様にそう言うとギルバルトは、槍を枕に眠るカインの槍を蹴り彼を起こす。
「……ん……んん……」
「交代の時間だ、起きろ」
キツめな起こし方だがそれでも、本来の予定より2時間も多く彼を寝かせていたギルバルト。彼なりに疲れていた彼を気遣っているのだ。
「…… あ、ああ…… 」
カインはまだ寝足りないのか、気怠そうに起き上がると軽く筋を伸ばし頬をピシャリと叩いた。
騎士団の指揮に敗戦からの牢獄で、寝る間など殆ど無かったのだ。だが何故か今回は良く寝れた。
喉を潤し小量の水で目頭を洗い眠気を覚ますカイン。そして代わりに寝入るギルバルトの姿を凝視する。
「 …… ( 寝込を襲えば流石の奴とて…… )
一瞬そんな考えが頭に浮かんだが、頭を左右に振ってその考えを追い払う。
たとえ仕掛けたとしてもギルバルトならば即座に対応してくるだろう。彼の寝ようとしていても止まらない覇気がそれを物語っているのだ。
それに例え奇襲が成功したとしても、この場から1人で退却するのはリスクが高すぎる。
ここまで来れたのはギルバルトの経験豊富な知識が有ってこそ。今の段階で彼を失う事は後々を考えても悪手だろう。
(…… 今はまだその時では無い。そのチャンスは必ず訪れるはずだ。今はまだ奴の力が必要だ。癪には障るが、その時までは運命共同体として行動するのが得策…… )
どうしても焦ってしまう自分を落ち着ける様に頬を叩くカイン。そして焚き火の元に腰を下ろすと、パチパチと瞬く焚き火の炎を見る。
様々な記憶が思い浮かぶが、1番強く思い浮かぶのは自身の親族、一族の事。決して家族とは呼べない帝国主義で個人主義のレイシスト達。
皇族に連なる者は皆が、この炎に似た激情を有している。全てを燃やし尽くす紅蓮の炎、そんな激情が自分の中にも有るのだろうか?
(仲間を失い、大切だった思い出の地まで失った我にこの先何が出来るのだろうか……)
そんな皇族の中でもカインは違った。長い歴史を有する皇族にあって唯一、心に炎を持たない変わり者。
他の皇族とは明らかに違う彼を彼等は嫌った。今が平和な世で、力が必要のない世界だったなら、彼は歓迎されていたかも知れない。
彼等を家族と呼び良き人生を送れたかも知れない。だがそうはならなかった。
学問に興味を持ち争い事を嫌う彼は帝国では異端。皇族にあっては決して相容れない存在。
争いの無い世の為になればと騎士団を設立したカイン。だが彼の志しに参道してくれた団員を、友とも呼べる仲間達を無惨にも死なせてしまった。
心の拠り所だったシノ公国のアカデミア。彼に生きる道を示してくれた大切な場所だ。だがその大切な場所をも、自身が知らぬ間に失っていた。
焚き火を眺める彼の心を喪失感が埋めていく……
「…… なあヨセフ、ボーホワイト、我はこの先どうすればよいのだ?」
かつての仲間の面影を思い、そう空に説いて見ても彼に返事を返す者は居ない。
「 ……我は…… 」
ただ静かな空間のなかで、時間だけが過ぎて行く。その静けさは、まるで彼の今後を物語っているかの様に感じるのは気のせいだろうか。
「…… ん……んん……」
そんな突然の誰かの寝息にカインが反応する。そしてなかなか寝付けないのか、寝返りを繰り返す国分さんがその視界に入った。
自分をマスターメナスだと云う面妖な服装をした女。それに帝国では異端とされる黒髪の持ち主。
この娘の護衛か、見た目は幼い子供なのに見た事もない形状の剣を持つ、恐ろしく強い小娘も一緒だ。
「森羅万象を歪め自在に操る超越者…… (あの力が我にも有ったならば……)
無力な自分を卑下すみながらも彼女から目が離せないでいる。
このまま彼女を帝国に連れて帰りその功績を認めてもらえれば、起死回生の一手に繋がるかも知れない。
あの時に見たリザードマンを退けた力は圧倒的だった、あの様な力は見た事が無い。
「…… (他の者が寝入っている今なら…… )
一瞬浮かんだ考えを頭の外に追いやるカイン。
例え他の者に気付かれる事なく彼女を連れて逃げ出せたとしても、この辺境の地から彼女を生かしたままに帝国へ連れ帰るのは、彼1人の力では無理だ。
彼も刹那の閃きに惑わされる様なそんなバカではない。その事も見越してギルバルトはこの遺跡を目指したのだから。
カインがギルバルトや国分さん達と行動を共にすると決めた段階ですでに、彼はギルバルトの術中にはまっているのだ。
(…… 焦るな、行動を起こすにはまだ早い。必ずチャンスは来る。その時までは我慢だ)
そう心の中で何度も自分に言い聞かせながらも、ギラギラとした獲物を狙う様な視線は離せない。
「う……ううん…… だめ、ダメだ、やっぱり眠れない…… 」
そんなカインの思惑など知る由もない国分さんが、寝返りを何度か繰り返した後に上半身を起こす。どうやら長く気を失っていたせいで寝付けないでいる様子。
「…… なんだ娘、寝付けぬのか?」
どんな思惑か、寝返りを繰り返す国分さんに声をかけるカイン。
「えっ? あっ…… う、うんこ王子…… 」
「 んっ? どうした、何か言ったか?」
ボソリと呟いたため彼には聞かれなかった様だが、明らかに引いている感のある彼女が気になるカイン。
まさか自分がその対象とは微塵も思っていない様だ。
「い、いえ、別に…… 」
「? 」
そのまま目線を逸らされてしまうカイン。
明らかに避けられている様子だが、彼に気付く様子はない。
現代世界に生きてきた国分さんにとって、糞尿塗れはイコール軽蔑の対象だ。いくらイケメンだったとしてもそれは変わりはしない。
だが中世の世の様な劣悪な、劣悪な環境に慣れた異世界人のカインには、その感覚は分からないし、理解出来ない。
糞尿塗れになろうとも皇族である彼が、自分が蔑まれるとは微塵にも思わないのだ。
そして彼に背を向け寝転がると、再び寝床と格闘を始める国分さん。
(…… 何故だ? なぜか我が避けられている様な気がするのだが…… まあ気のせいだろう)
それ以前に人間関係に、特に男女間の関係に疎い彼には分からない。
そんなこんなで沈黙の時間は続き、国分さんも何とか寝ようとしているが、やはり寝付けない様子。
仕方なく頭を起こすとチラリとうんこ王子の方を見る。
そのカインは、廃墟の隙間から外を警戒するように見回している。どうやら再び起き上がった彼女には気付いていない様だ。
「…… (よかった、うんこ王子も悪い人ではなさそうだけど、ちょと気まずいよね…… )
視線を戻すと彼女は、このまま寝返りを繰り返していても眠れそうにないので、ある事を確かめる事にした。
それは自分の中に新しく芽生えたスキルという名の能力の確認。
彼女は自身のスキルで本を呼び出すと、そのページを捲る。
捲ったページにはあの時に彼女が書いた『太陽』という物語のタイトルと、『赤く燃える太陽、大地を焦がし大気を焼き尽くす灼熱の太陽だ。
突如としてリザードマン達の頭上に現れたその太陽は、リザードマン達を焼き尽くすと、僅かな焼痕を残して消えてなくなった』の文章が載っていた。
「…… やっぱり、夢じゃなかったんだ!」
夢ではなかった現実に思わず声を上げてしまう国分さん。慌てて周りを見回すが彼女の声で目を覚ました者は居なかった様だ。
「…… んん、やはり寝付けぬのか娘?」
唯一見張りで起きていたカインだけが彼女に気付いた様子。
「あっ、すいません声を上げてしまって……」
「ん? 何を謝るのだ?」
日本人ならではの気心使いが分からないカインは、なぜ国分さんが謝ったのか分からない。
「あ、気にしないで下さい……」
「そうなのか? おかしな娘だな」
微妙に噛み合わない2人の会話。だがそれでも、空気の読めないカインがお構いなしに話し掛けてくる。
「娘よ、其方達はこの周辺地域の出の者ではないな」
「えっ?」
「其方達の黒髪はこの大陸では畏怖と嫌悪の象徴だ。もしここが町中だったならば、其方達は有無を言わせずに捕まっている」
「なっ!? 」
カインがこの情報を国分さんに教えた一因には懐柔の意味もあったが、それ以上に彼の本来の優しさからくる人間性が1番の要因だ。
「それ程に其方達の様な黒髪は、この国では禁忌として扱われ迫害の対象だ。もし其方達が人里を目指しているのなら気を付ける事だ」
「…… 私達の黒髪が…… 」
過去の出来事によりこの国では、黒髪の者は忌み嫌われており迫害の対象だ。ある意味で彼女達が、この辺境の地に飛ばされた事は幸運だったとも言える。
「そ、そんな…… (私達の黒髪が迫害の対象だなんて、じゃあこの先私達はどうすれば良いの?)
流れ的に今はこの様な辺境の地に居るが、彼女達の本来の目的はセイジを探し出して、彼の力で元の世界に戻る事だ。
その為には情報を求めて人が居る町を目指す事が必然になる。だがカインの情報が事実ならばそれはリスクが高すぎる。
「まあそれでも、其方のマスターメナスとしての力があれば如何様もなろう」
「…… 」
成り行き上で仕方なくマスターメナスと名乗ったが、本当はただの女子高生。
この世界に来て目覚めた強力なスキルもあるにはあるが、まだレベルが低い為に魔力欠乏症のリスクを伴うため、そうそうには使えない欠陥の能力だ。
「あの様な強力な力を行使出来る。やはりマスターメナスの力は凄いな(…… 我にもあの様な力があったなら、皆を死なせずに済んだかも知れない……)
口では彼女を褒めながらも、内心では嫉妬に近い感情が渦巻くカイン。
「そ、そんな事は……」
「謙遜をするな、其方の力は偉大だ。我にも其方の様な力があったなら、もっと上手く事を運べていたかも知れぬな……」
そう言うカインの顔に何故か悲しみの色を感じた国分さん。自身も地球ではあまり良い境遇ではなかった。そのため人の痛みには敏感なのだ。
(この人もきっと根はいい人なんだろうね。薬師寺君から渡されたジャッジの指輪も反応していないし、王子様も楽じゃないのかな?)
そんな事を思っていると眠気が戻ってきたのか、思わずあくびをしてしまう。
「明日は早い。見張りは我に任せて其方は眠るといい」
カインの忠告に従い三池さんが眠る毛布に潜り込む国分さん。未知の世界での冒険に胸を躍らせながらも、彼女は眠りに着いた。




