73話 国分真江4 焚き火
帝国の包囲網が迫る前に砦を捨てて、バルドゥトゥ山脈の中腹に有ると云われる遺跡を目指して進み始めた国分さん達一行。
チラチラと雪も目立ち始めた山道を歩き続けて数時間、一行の視界に遺跡の物と思わしき苔むした廃棄群が入ってくる。
その遺跡には人が踏み入った形跡も無く、必然的に彼等が遺跡の第一発見者となった。
「ふ〜、こんな所に未発見の遺跡が有るなんてな……」
「…… 本当にこの遺跡に転移装置があるんだろうな?」
なんだかんだで彼女達一行に着いて来たカインが訝しげにギルバルトに聞く。
途中にあった湧水の池で体を洗い糞尿臭は薄らいだが、まだ残る不快な匂いと傲慢な態度は変わらない第二皇子。
あの動乱に乗じて帝国領へ逃げる事も出来た筈だが、彼はそれをせずに何か思惑が有るのか、国分さん達一行に付いて来ている。
「ーー確かこの遺跡のある場所は、シノ公国が管理していたはず。あの学問に積極的な公国が遺跡の探索を怠るなんて、マキャヴリ殿には後で叱責の書簡を送らねばならぬな(アカデミアの皆は元気だろうか、また皆に会いたいものだ)
何やらこの遺跡の所有国に知り合いがいる様な口振りのカインだったが、ギルバルトの次の言葉に驚愕し口を塞ぐ。
「何だ、知らなかったのか? 学問の国シノ公国が、今から2年前に帝国に滅ぼされた事を」
「なっ、なにぃ!? し、シノ公国が帝国に……」
予想以上に酷く同様した素振りを見せるカイン。どうやら彼とシノ公国にはなんらかの関係があった様子。
この数年間の彼は、自身の騎士団を確立するために奔走していた。階級や伯位に関係なく、実力のある者を取り立てる。
平和の為の騎士団。その自分の理想とする騎士団を作るため全てを捧げて来たカイン。そのため彼がシノ公国の有事を知らなくても仕方がなかったのだ。
「…… そ、そんな、それではアカデミアの皆は……」
「ああ、皆殺しだ」
帝国に攻められた国は例外無く皆殺しにされる。その事は彼も知る必然なのだ。
「…… 」
かつてカインは自身の無力さに自信を失い、かの国のアカデミアで数日を過ごした事がある。
そんな彼をシノ公国の人々は、温かく向かい入れてくれた。
そこで彼は、考古学の楽しみと生きて行く為の道筋を学んだ。シノ公国に居たのはほんの数ヶ月の間だったが、彼にとって忘れ難い思い出となったのだ。
「…… ああ、なんて事だ…… 」
帝国は公国を攻めた事を彼に言わなかった。何故なら皇位継承権も無く、何の役にも立たない彼に言う必要が無かったからだ。
「…… お前さん達帝国が居なければもっと早くに発見され、調査されていた遺跡だ。お前さん達帝国の存在が、この近隣諸国の学問と科学、文化を100年遅らせた。これは揺るぎの無い事実だ」
「…… 」
シノ公国が帝国に滅ぼされた事が余程ショックだったのか、言葉を失い俯いたままのカイン。
出会って短い間柄だが彼の本質を見抜いているのか、そんな彼を見るギルバルトの目には憐憫の情が現れていた。
「…… (一度刃を交えれば分かる、部下思いの良い将だった)
剣を交えたからこそ、ギルバルトはカインの本質を見抜いていた。
( ……まあその大切な兵を殺したのはおれなんだがな…… コイツも不憫な野郎だ、弱輩とはいえ帝国の一部という事実に縛られてもがき苦しんでやがる。)
カインの将としての器に気付いたからこそ、ギルバルトは例の作戦を取らざるおえなかった。
ギルバルトはそんな彼の兵を殺した張本人だ。状況的に仕方がなかったとはいえ、兵を失う事の辛さは分かる。
「……( 気の毒だとは思う。だが、それでも、コイツが帝国の一部である限り俺は、復讐の切り札として利用させてもらう。それだけは決して譲れない)
たとえ敵の将と剣を交えその人となりを知ったとしても、最愛の娘と祖国を奪った帝国に対する彼の恨みは計り知れない。
そんな彼等の背後には、気絶したままの国分さんを小さな体で楽々とおぶっている三池さんが無言のままに続いている。
最初はギルバルトが国分さんを背負うと言ったのだが、小池さんは断固として譲らず今の現状となったのだ。
「…… あんな小さな体で大したもんだ。クックククッ、(まったくあのバカ(カイン)といい、お嬢ちゃん達といい、何でこんな事になってるんだろうな…… )
ここに辿り着くまでに魔物による数度の襲撃があったのだが、それでも何とかここまではギルバルトとカインの2人だけで捌けていた。
だがこれから進む遺跡は未知の領域、ひょっとしたら幾多の凶暴な魔物の棲家になっているかも知れない。
そうなれば少しでも戦力が欲しいところだが、三池さんに背おられた国分さんが目覚める様子はない。
「遺跡に入る前に休憩しよう」
未知の遺跡の中には何が有るか分からない。魔物に罠、ひょっとしたら強制転移の罠も有るかも知れない。転移装置が有ると云われる遺跡だ、あり得ない話ではないだろう。
それらの驚愕に挑む前の休憩、それぞれが頃合いの良い遺跡の残骸に腰を下ろして体を休める。
三池さんもここまで自分より大きな国分さんを背負って来た。疲れた様子は見せないが、国分さんを下ろすと腰の水筒に手を伸ばす。
この水筒の水は途中の湧水を汲んできたものだ。自身が飲んだ後、国分さんの顔にパチャリパチャリと水をかける。
「…… 」
それでも目を覚さない国分さんに心配そうに眼差しを向ける三池さん。
「魔力を使い果たした影響だ。魔力欠乏症は重度だと一晩は目を覚さねえ、疲れたなら俺が代わるぞ?」
「……」
それでも三池さんは無言のままに首を横に振り、ギルバルトの申し出を拒否する。
「はあ、そうかい、なら好きにしな…… 」
そんな三池さんの頑固さに、ギルバルトも溜息混じりにお手上げのジェスチャーをする。
現代思春期の女の子の心情など分かるはずもないギルバルトは、気を紛らわす為に近くにあった遺跡の石像を見た。
全身に緑色の苔がむした何かの石像だ。その周りには砕けて散らばる壺や食器類の残骸も見れる。
「…… ここの遺跡にもかつては人々の暮らしがあったんだろうな…… 」
彼のその呟きに返事を返す者は居なかったが、何故かその残骸から目を離す事が出来ないギルバルト。
そして再び歩き始めた一行、都合の良い事に遺跡に入ってから魔物の気配は無い。
恐ろしく広い廃墟の町。どうやらこの遺跡の何処かに魔物避けの魔導具などがあり、人知れず今だに機能している様だ。
それからどれ位歩いただろうか、辺りには夕焼けの残滓が残り夜の到来を告げている。
これからの遺跡の探索はリスクを伴う事になる。
ならばこの遺跡の地上付近で夜を明かして、万全の状態で探索の開始を翌日に持ち越した方が得策だ。
「魔物は居なそうだが外で夜を明かすのは危険だ。どこか寝泊まりの出来そうな廃屋を探そう」
まだ屋根が残り比較的に頑丈そうに見える廃屋で夜を明かす事にした一行。廃墟群に魔物が潜んでいる形跡は見られない。
この場所は標高も高い為、夜は予想以上に冷える。逃げる様に砦からここまで来たのだ、もちろんキャンプをする為の道具など持って来ていない。
枯れて朽ちかけた薪を集めると火を起こす事にした一行。そして食事はギルバルトが砦から持ち出した何かの動物の干し肉だ。
少し生臭さが残る怪し気な干し肉……
「…… うっ、こ、この干し肉は何の肉なんだ?」
「…… うっ…… 」
ギルバルトが投げてよこした干し肉のすえた匂いに、思わず顔をしかめるカインと三池さん。
「トカゲの尻尾から作った干し肉だ。食い物はこれしか無ねぇからな、文句を言わずに食え。」
どうやら砦を襲っていたリザードマンの尻尾から作った干し肉の様だ。それを聞いて更に顔を顰める2人。
「これから先は食事も満足に出来るか分からんからな、こんな物でも食べれる時に食べておいた方がいいぞ」
「うっ…… し、しかし……」
ギルバルトがその据えた匂いに躊躇する中、三池さんは国分さんをここまで背負って来た疲れも有りお腹が空いていた。
「…… 」
少し躊躇したあとに三池さんは、リザードマンの尻尾の干し肉に齧り付く。
匂いはアレだが味は予想より良かったのか、そのまま勢いよく干し肉を食べる三池さん。
「ハハハッ嬢ちゃん、匂いはキツイが味はなかなかの物だろ?」
「う……」
そんな三池さんを満足そうに見るギルバルト、一切の不純の無い優しい眼差しだ。
「ま…… 」
「ん?」
「……私……まこと……」
少し照れ臭そうに自分の名を教える三池さん。
「なんだ、俺に名前を教えてくれるのか?」
珍味好きの日本人の三池さんの味覚に合ったのか、偽りの無い優しい目をしたギルバルトを信じる事にしたのか、彼女は自分の名前をギルバルトに教えた。
「まことか、良い名だ。 俺はギルバルトだ、これからもよろしく頼むぜ」
「う……」
それと共に、これまでのギルバルトの行動を垣間見て来た判断、「この者は信用できる」とそう思い、名ぐらいなら教えてもいいと判断したのだ。
見知らぬ異世界にいる以上は彼の知識は役にたつ。そこまで考えての判断かどうかは分からないが、今だけでも仲良くしておいて損は無いはず。
「…… 」
そんな2人を見ていたカインも、渋々と干し肉に齧り付く。
まだショックから覚めた訳ではないが、今の状況的にもそうそうには落ち込んでいられない。
彼も一騎士団の団長だった男だ。体力の管理が如何に大切かは分かっているつもりだ。
「…… (我はここで終わる訳にはいかないのだ。死んで行った騎士団の皆の為にも、無くなってしまったアカデミアの皆の為にも……)
そんな思いと共に生臭い干し肉を腹に収めていくカイン。彼なりに現状を打破しようと必死なのだ。
無言のままに干し肉を食べる3人の頬を、パチパチと焚き火の明かりが照らす。
未だに国分さんが目を覚ます様子はなく、それぞれにこれから先の事を考え想いに耽る、そんな静かな時間が過ぎていく。
「明日は朝一で遺跡に挑む。まことも疲れているだろ、後は俺達に任せて寝な」
さっそく教えてもらった名前で三池さんを呼ぶギルバルト。知り合った者同士、互いに距離を縮め様と思う事はおかしな事ではない。
そしてコレを使えとばかりに、唯一砦から持ち出せた少しオヤジ臭い毛布を投げ渡す。
まあ当の三池さんに、これ以上彼と仲良くなるつもりがあるかどうかは分からないが……
辺りはすっかりと暗くなり焚き火の炎と、崩れかけた廃墟の隙間から照らす月明かりだけが彼等を照らす灯りだ。
この世界では暗くなれば眠りに付く。光源もとぼしくやる事もないのでそれが常識。
「お前は5時間後に俺と見張りの交代だ。俺が起こすまで寝ていろ」
「ああ、了解した」
現状では運命共同体の彼等。寝首をかく様な愚かな真似はしないと分かっている。
それに戻ろうにもここまでに戦い退けてきた魔物と、今度はカイン1人で戦う事になるのだ。
ギルバルトの確かな知識と戦力が有ったからこそここまで来れた。1人では死にに戻る様な物だろう。
カインは槍の柄を石に起き枕代わりにすると横になり目を閉じた。
三池さんも未だに目を覚まさない国分さんの元に行くと、ギルバルトから投げ渡された毛布を彼女に掛けてあげる。そして自分もその中に潜り込むとその目をとじた。




