71話 ある姫の憂鬱
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ローレシア大陸の西、ラウム神聖帝国の帝都のそのまたはじにある離宮。そこで客人に魔法を教わる皇女が居た。
第七皇女サーラ.セルフ. ラーイス.リムラウム、9歳になったばかりのお姫様だ。
彼女に魔法を教えているのは栗毛色の髪の東洋人の女性。そして彼女達の後ろには金髪の大男が護衛として睨みを効かせている。
「本当にサーラ様は魔法の覚えが早い。私が抜かれるのも時間の問題です」
「それはユリの教え方が上手いからよ」
サーラは大男の方にも武術の稽古をしてもらっており、彼女と2人の渡世人が出会ってから1年、彼等はとても良い関係を築けている様に見える。
仲良く魔法の授業を行う2人を護衛の大男も笑顔で見守っている。
サーラの魔法や武術の覚えが早い理由、それは彼女が後天的に授かったスキルにある。
この世界でも所持者が100万人に1人の超レアスキル"魔導鋼女''。
覚醒のきっかけはユリが持っていた異世界製のおもちゃのステッキだった。これは地球で面白半分に買った物だ。
何気に遊び道具としてプレゼントしたステッキ、何の力も宿っていないいたって普通のおもちゃだった。
後天的スキルの覚醒にはきっかけが必要だ。サーラはユリから、『このステッキは魔法少女に変身する為の道具よ』と教わった。
ユリとしてはただのジョークのつもりだったのだが、それがサーラに与えた影響は大きかった。彼女は魔法少女という言葉と存在を認識する事で、スキルの覚醒に至ったのだ。
このスキルは『ラファリーメイクアップ!』という掛け声と共に、自身を高位の存在へと変身させる能力。
10秒程の煌びやかな変身モーションの後に、ピンク色のヒラヒラがいっぱい付いた衣装姿に変身するサーラは可愛らしいの一言だ。
だが変身後の能力は百戦錬磨の渡世人をも驚愕させるものだった。
変身した後は全ての能力が変身前の能力の10倍に跳ね上がり、この世界の全ての魔法と武術が使える様に成るというぶっ壊れスキルだ。
その代わり変身には制限時間があり、10分経つと元の姿に戻ってしまう。そして変身も1日に一回限りと制限がある。
低レベルに落ちるが変身時に覚えた魔法や武術を平常時にも使える様になり、変身するスキル保持者のレベルによって、変身後の能力の向上と制限時間の長さが大きく変わってくる。
スキル保持者が強くなれば成るほどに、変身後の強さも変わる。今はまだ一部の魔法と武術しか使えないが、その秘めたポテンシャルは計り知れない。
かつて居たとされるスキル保持者はの中には、山を砕き海を割った圧倒的強者も居たという。
「まさか後天性スキルで"魔導鋼女''を覚えるとは…… いやはや末恐ろしい」
「貴方達との約束の為に。私は強くなって、自由になってこの世界を旅して回るの。だから誰にも負けない位に強くなって見せる!」
そう言う彼女の目は希望に輝いて見えた。
サーラは彼等を屋敷に匿う代わりにある約束をしていた。それはユリが完治したら鍛えてもらい、ここから連れ出してもらうというものだ。
因みに生まれ付いての彼女のスキルは極々平凡な物。先ず彼女の母親の生まれが悪かった。この世界でのジョブはほぼ100%遺伝で決まる。
彼女の母親は皇宮で働いていただの召使いだ。皇帝の気まぐれで彼女を身籠りはしたが、彼女を産むと後宮に閉じ込められその後は寂しく死んでいったという。
その母から受け継いだジョブは"糸紬''、糸の扱いと縫製などが上達するというジョブだが、皇族では勿論劣等スキル。
それ故に彼女の扱いも、皇室内では最悪の部類だった。それ故に腐り不貞腐れていた彼女を変えるきっかけとなったのが、彼等との出会いだったのだ。
ラウム神聖帝国の現皇帝のバルログには男女合わせて15人の子供が居る。その中で1番年下なのが彼女だ。
15人も居る皇子の中で1番幼くスキルも平凡。皇女でもあるサーラには政略結婚以外の使い道は無く、その相手も小国の更に自分より30も歳が上な国王の妾という最悪なものだ。
その小国には古の古代兵器ゴーレオンが眠っており、帝国も易々とは手を出せない。その為の政略結婚の駒としてサーラは選ばれたのだ。
「よいかサーラ、お前は今から5年後の10歳になった暁にサワラ国に嫁ぐのだ。良きに計らえ」
自身が5歳の時にその事実を皇帝から告げられたサーラ。初めて父に会ったその時に、その事だけを告げられた。
その初めての謁見以来3年、以降彼女は一度も皇帝の父に会っていない……
彼女は迫り来る最悪の運命の時に怯えながらこの3年間を生きて来た。
「ああ、私は何と哀れな…… 30も年上の爺様の所に嫁入りなんて、それも妾なんて最悪だ……」
最近では癇癪を起こし物や召使いに当たるのが日常と化していた。不貞腐れなければ居られない、彼女の最悪な未来を思うとそれも致し方のない事だろう。
だがそんな彼女に転機が訪れる。何と彼女が住み暮らす離宮に異世界から、突如として2人組の男女がワープして来たのだ。
金髪のマッチョな大男に、意識が無いのか彼に抱かれている黒髪の女性。
「…… どこだここは? (組織に連絡を取らなくては……)
突然現れたマッチョの男は抱き抱えていた彼女を地面に下ろすと、彼女を護る様に背中の大剣を構え辺りを見回す。
そんな彼の視界に、たまたま庭に散歩に来ていたサーラの姿が入る。周りには彼女の他には誰の姿も見られない。
本来皇女となれば護衛の者を連れて歩くのだが、ここは彼女の屋敷の中庭、警戒なぞする必要はない場所だ。
それに召使い達にも嫌われており、屋敷内では常に1人ぼっちのサーラ。
「…… 其方達は誰?! どうやってここに入って来たの!?」
彼女生来の性格か、あまり慌てた様子も無く、警戒するマッチョの男に声を掛けるサーラ。
皇族の血族という事は伊達ではないようだ。
こんな町はずれに住む皇女を攫いに来たとは思えない。それ以前に攫ったとて何の価値もない。
そんな自身の安否以上にサーラは、突然現れたこの2人の男女に強い関心を抱いていた。
サーラに声を掛けられたマッチョの男は最初こそは警戒の色を出していたが、この場に居るのが彼女だけだと分かると、素早く考えを巡らせ逆にサーラに話を振ってくる。
「ここはお嬢ちゃんの家かい? 出来ればこの場所の詳細と年号を教えてくれないか?」
「……うん? (場所は分かるけど、年号?)
面白い事を聞く者達だとじっくりと彼等を観察する。男の方は警戒と油断半々といったところだが、女の方は眠って居るのか未だに目を覚さない。
「ここはラウム神聖帝国の帝都ハーデンスレイン。そして今の年号は860年の水無月よ」
「…… ラウム神聖帝国て事は、アーゼナルのローレシア大陸か。それにしてもラウム神聖帝国とは、付いてないな……」
完全なゲートではなかったため、飛ばされる場所の選択は出来ない。ゲートを括る際も幾つかの候補を想定していたが、アーゼナルワールドの帝国領土はその中でも最悪な部類だ。
反女神主義に、旧神ナーラブの血筋を引くと言われるナーラブ人以外を拒絶する国風。特に東洋系の黒髪の者を極端に嫌う。
何でも2000年前の大災害時、黒髪の魔王に当時の帝国を半壊にまで追い込まれた苦い経験がある。それ以来黒髪はかの国ではタブーとされているのだ。
「チッ、ゆりには最悪に相性が悪い国だな……(時間軸に大きなズレが無かった事は幸いだったが)」
どうゆう関係かは分からないが、相棒の女性の事が余程に大切なのだろう。心配そうに彼女を見ている。
「大丈夫よ、この屋敷の中に居る限りはバレないから安心して。その人が動ける様になるまでここで匿ってあげる」
屋敷の主と思わしき少女からの突然の申し出。
「…… いいのか? 見ず知らずの者を匿ったりして(身なり素振りから、かなり身分の高いお嬢ちゃんだという事は分かるが……)
突然の少女の申し出に訝しげに彼女を見る大男。この段階で怪しまない方が腑抜けというもの。
「現段階で私が無事な事が貴方達が無害であるその証拠。私は信じられないと思うけど、見ず知らずの貴方達を信じるわ」
サーラは"糸紬"というスキルと妾の子という事で軽んじられているが、頭のキレと先を見通す先見の明は数居る皇太子、皇女の中でもトップクラスだ。
そんな彼女は迫り来る期日と退屈な毎日に変化を求めていた。そこに突如として現れた渡世人と思われる2人の男女、彼女の心が何らかの期待で高鳴るのが分かる。
大男の方も現状、サーラに頼るしか道はない。渡りに船、意識の無いゆりの為に彼女の申し出に乗っかるつもりの様だ。
「それと、貴方達を匿う代わりに約束して欲しい事があるの」
「約束?」
「そう約束。貴方達を匿う代わりに私を鍛えて、そしてここから連れ出して欲しいの」
サーラからの突然の申し出だったが大男に深く考える間はない。
未だに状況は理解出来て居ないが、大切な相棒が動けない今、彼にはサーラの申し出に乗るより選択肢はないのだから。
「…… ああ分かった。その約束を果たそう」
「本当ね!?」
「ああ、必ず守る(あの小僧達もきっと生きているだろう。ここは一先ずユリの回復が先決、その後の事は…… まあユリが回復してから考えるとするさ)
何より相棒が第一の大男。これからの事を考えるとため息しか出ないが、急がば回れの精神でこの状況を乗り切る事を決めた様だ。
(凄い! これは凄い事よ、何か面白い事がきっと起きる。それが楽しみでたまらない!)
変わり映えの無い日常に突如として起きた出会い。後に『厄災の魔法少女』と呼ばれるサーラの運命が今動き出した。
ありがとうございます。




