67話 刀作り
僕が刀作りをしようと思った理由の一つに、ベイカーの用心棒の大男との一戦も関係している。
僕が身に付けている魔導具の中には、争い事への恐怖心や葛藤を緩和する物が幾つかある。僕はこの世界に来てからそれらの魔導具を外した事はない。
その結果、あんな化け物みたいな大男に争い事の素人の僕があっさり勝ててしまった。
その事実が僕に待ったをかける。
あの時ブロンと戦った理由の一つに、今現在の僕の強さを測る側面もあった。
その結果、魔導書由来のオーバーユニークを装備しても、僕の実力では冒険者で言うところのAランク以上の存在には届かない事が分かった。
特に接近戦は戦う相手によって戦績が大きく変わるだろう。ひょとしたらこの先に僕の魔導具に対応し、それを上回る猛者も現れるかも知れない。いや必ず現れるだろう。
だがアレス曰く、「あれだけの魔導具を一度に複数扱える魔力と制御力は流石でございます。並の者なら扱えて一つ、それに例え扱えたとしても国幽斎様の様に完璧に制御するのは不可能」との事。
魔導具が有する力自体も魔導書由来の物なので、それらの魔導具の力は魔導書の後継者の僕の力と言っても差し支えは無い。
だがこの未知の世界で生きるために自分の身を守ってくれる確実な何が欲しい。アレスは居るが、彼に頼らずとも身を守れる様な魔導具なり、距離を置いて戦える魔剣などが欲しいのだ。
セプテム.アイなどの遠距離魔導具も有るが、やはり男なら刀を手にしてみたい。
魔導書由来のオーバーユニークは持つ者の力を飛躍的に引き上げる。魔導具を身に着けただけで、ただのモブがB〜Aランクの冒険者並の戦闘能力を得られる。
持つだけで一騎当千の力を得られる究極の武器。という事で今回は、根底的に低い僕の戦闘能力を補える武器を作るつもりだ。
「ーーという事で、申し訳ないけどアレス頼むね」
「おまかせ下さい国幽斎様」
彼と出会ってまだ1ヶ月未満だが、彼の僕への信頼度と彼自身の能力の把握は完全だ。
彼のポテンシャルには本当に驚かされる。亜神の力を持つ者がその力を振るう時、新たなる驚異は誕生する。
アレスを取り込む様に半径5メートル程の色濃い漆黒の正三角形のキューブが出現する。彼独自の力だ。
僕の『展開魔法陣.万物婚流』の様に馬鹿みたいに光を放つ事もない。全くもって羨ましい……
その閉鎖空間の様な闇の中で、アレスは様々な作業を行なっている。まず彼はアポイタカネに魔力伝導率が高い魔法鉱石を配合した合金を作る事から始める様だ。
本来刀作りには玉鋼が用いられる。だがこのアポイタカネは、玉鋼の様に刀に適した性質を持つ完全上位互換の金属。
更に魔法鉱石を混ぜ込む事で非常に魔力が通い易くなり運用の幅が広がる。アレス曰く、「魔力許容量が恐ろしく高い国幽斎様にはうってつけの素材です」との事。
アレスの闇工房は彼の特殊な高温の闇を介する事で、いかなる金属や元素でも融合が可能。彼の作る融合率100%の合金ならばかなり良い刀が出来そうだ。
そして待つ事15分、アポイタカネと魔法鉱石のアポイタカネ合金が完成した。
このレベルの合金を作るのに15分とは、信じられない速さだ。これ程までに優秀なアレスが仲間になってくれて本当に良かった。
「国幽斎様出来ました」
アレスがアポイタカネ合金の延べ棒を渡してくる。錬成仕立てにも関わらず、僕でも持てるほどの温度になっている。
「うん、素晴らしい出来だね!」
アレスが生成したアポイタカネ合金は青白く輝いており、たまに銀色の輝きを放つのは魔法鉱石の影響だろう。
僕はお祖父ちゃんが残してくれた数々の魔道具や素材を見てきた。その影響で素材を見る目は養われていると思う。
均一に青白い輝きを放ち、他の金属で叩くとキ〜ンと澄んだ良い音がする。かなり上等な合金だ。
何度も言うが、本当にこんなに優秀なアレスが、仲間になってくれて心から本当に良かったと思う。
では早速、彼に刀を打ってもらおう。
「この量なら二振りの刀が出来るね、じゃあ刀を打ってもらえるかな?」
「かしこまりました、教本を読んで予習は済ませております。お任せください」
都合が良い事にアレスはハンマーも闇に取り込んでいる。人だった時の彼は物作りが好きで、鍛治の経験もそれなりにあったと聞く。
アレスには事前に刀の作り方の教本と、刀の型紙を渡してある。彼は本場前に普通の鉄で何度か練習をかねて試していると言っていた。
ーー
『ーーすみません国幽斎様、私の納得のいく物が出来るまで本番は出来ません』
『ああ、アレスの納得の行くまで試してくれ』
『はい。必ず国幽斎様が満足出来る刀を作って見せます』
ーーそれが今から3日前の夜の話し。
彼は暇な時に金属の加工やプレスの鍛錬を積んでいるだしく、ベテランの鍛冶屋に劣らない彼なりのこだわりもある様だ。
3日で刀作りを極められたのかどうかは分からないが、僕に組成されて亜神クラスの力を有する彼が行けると言っただ。僕はそれを信じて待つだけだ。
アレスが出した漆黒の三角キューブが規則的に回転している。不思議な事に5メートルの大きさの割に部屋や家屋への影響は見られない。
きっとこの三角キューブは結界の役割も果たしているのだろう。
そしてどうやらあの三角キューブ内は、僕の"All things in the world'と同様に時間の経過が濃密で、あちらの世界の150時間がこちらの世界では15分となる超高密度な時間の世界の様だ。
アポイタカネ合金を作るのに15分と掛からなかった理由がこれだ。
なんとアレスは僕に組成された時に''All things in the world''の仕組みを理解し、それに近い力を自在に扱える様になっていたのだ。
組成して生まれ変わってまだ1ヶ月程しか経っていないが、本当に末恐ろしい男である。
それと申し訳ない話しだが、アレスが作業している間は、ニャトランとエスメラルダと共にトランプで暇つぶしだ。
「にゃ〜あん! また最下位ニャン……」
「…… プククク、猫さん弱いです……」
ニャトランは最初の頃に比べればいくらかマシにはなっているが、やはり弱い……
分かり易いニャンコなのだ。
その後も簡易ボーリングやジェンガ擬きなどで時間を潰す事1時間、突如として三角キューブが消えアレスが姿を表した。
「国幽斎様、完成しました」
アレスが鍛刀した刀は、型紙の通りに緩やかな反りが入り、青白く輝きを放っている。刃渡90センチになる長巻だ。
「……おお、なんて素晴らしい…… 」
僕がアレスが鍛刀した刀に見入っていると、彼が仮の柄を付けた打立ての一振りを僕に差し出してきた。
刀には簡易的な柄が付いており握る事も出来そうだ。そう彼は僅か3日程で刀作りをマスターしてしまったのだ。
まあこちらの世界の3日は、アレスの能力内の世界では30日なのだから便利な力だ。
「どうぞこの刀の切れ味をお確かめ下さい」
その事実に驚愕しながらもこの素晴らしい刀から目が離せない。
そして僕はアレスから受け取った刀を上段に構えると、アレスが持つ試し斬り用の鋼鉄製の大剣の刀身目掛けて刀を振り下ろしたのだ。
刀はチンという軽い金属音だけ残し、何の抵抗もなく大剣を切り裂いた。
僕は刀を振り下ろす際に少しの迷いも無かった。この刀を手にした時からそうなると分かっていたからだ。
だが振り下ろした刀の余波で、少し離れた場所にあった壺が真っ二つになっていた事には驚いた。
刀を扱った経験のない僕でもコレなのだ。もし刀剣術の達人が扱ったなら、その効果は絶大だろう。
「ニャ! にゃニャにゃ……」
「……な、なんて切れ味なの……」
脇で見ていたニャトランとエスメラルダも驚愕の表情だ。
「……す、凄い切れ味だよこの刀は……」
「このアレス、国幽斎様に満足していただけて恭悦至極でございます」
僕の驚愕した表情に心から満足そうなアレス。刀の造形も研ぎも完璧な仕上がり。それだけこの二振りに彼が掛ける思いが強かった事の現れだ。
僕が渡した教本と型紙、僕の意見を参考に刀の完成形を想像する。そして寸分違わない精度で想像通りの物を作り出す。
組成された影響も有るが、やはりアレスはクリエイティブ関係の方が向いていると思う。
「よし! 後は僕の仕事だね。最高の刀に仕上げるよ」
後は魔道書の力『展開魔法陣.万物婚流』を使って刀に力の付与付けをする。
これ如何によっては、せっかくの名刀も台無しになってしまう大切な仕事だ。アレスの思いに応える為にも決して失敗は許されない過程だ。
いつもは魔導書と作成魔導具との間に、ワンクッション別の空間を挟み付与付けを行なっている。そうしなければ魔導具作りに使用している素材が耐えられないからだ。
だが今回の刀は『展開魔法陣.万物婚流』の力を使い直接魔道書の力を注ごうと思う。間違いなくこのアレスが打ち上げた刀なら、きっと魔導書の力にも耐えられるはずだ。
本当はこの力を使わない予定だった。使いたく無い。魔導書の力は絶大だが、その代償が計り知れないからね。
だがこの刀はアレスが渾身の力を注ぎ込んで打ち上げた刀なのだ。彼の思いに応える為にも僕が手を抜く訳には行かない。
「『展開魔法陣.万物婚流』」
魔道書から放たれた光が一瞬の間に世界を白く染める。9冊に分かれた魔導書もこの瞬間一冊の魔導書に成る。
今回使う力はアレスを組成したモノとは違い、万物に力を注ぎ込みそれを安定定着させる力だ。
今回はアレスの時より時間もかからないだろう。こちらの世界で10日程、元の世界では1時間にも満たないそんな程度の時間だ。
だが一切の手抜きは無い、全力で能力の付与付けをする所存だ。




