65話 坊ちゃん
私は復讐者だ。
父を殺されたその恨みを晴らすため生きる覚悟を決めていた。この身を犠牲にしてでも復讐をやり遂げるつもりだった。
だが小僧に出会ってからその計画が頓挫している……
ベイカーから私を奪った小僧は、この町の評議会からの拘束要求を受けて未だこの町に残っている。
町の警備隊と揉めたりもしたが、すごすごと引き下がった末に留まる事にした様だ。やはり小僧程度の魔法使いでは権力に太刀打ち出来ないという事だろう。誠に惨めな話しだ。
その小僧が何故かこの町1番のホテルに案内された。私でも泊まった事のないホテルだ。
きっとこの小僧は、物事の判断の出来ない甘やかされた金持ちのお坊ちゃんなのだろう。あの執事のメガネの存在がそれを物語っている。
だから見境無くベイカーの様な権力者に喧嘩を売ったりする。 そしてその力の差を知り絶望に飲み込まれるのだ。
警備隊にも幾らか掴ませたのかも知れない。まあ何であれ、このホテルに泊まれるならば良しとしておこう。
外で野宿などされたら溜まったものではない。私は長年の植物としての生活で、野外での就寝はこりごりなのだ。
それにあのホテルレストランは料理が美味しいと有名だ。私はあの地獄から目覚めてから、食べ物に対しての欲求が強くなった気がする。
(150年の間、植物からの栄養だけで生きてきた反動だろうか? )
とにかく美味しい物に目がないのだ。それに丁度良く小僧達がレストランに行くと言う。
色々とゴタゴタがあったせいでどくに食事も取れていなかったから、正直お腹がぺこぺこなのだ。
(出来得る事なら父と共にこのレストランに来たかった……)
そんな事を考えて居ても父が蘇る訳ではないのだ。今は一先ず父の分も、レストランの料理を堪能するとしよう。
レストランに行くにあたり小僧が私に新しい服をくれた。正直私もレストランに行くのに奴隷用の麻服という事に抵抗があったのだ。
なかなかに気が利く小僧じゃないか、有り難く着させて貰うとしよう。小僧から渡された黒いドレスの様な服は、ヒラヒラの付いた子供ぽく感じる変わった服だった。
まあそれでも、今の麻服よりはましと思いたい。私は服を着ると鏡の前に立ちその姿を見るーー
「ーー悪くはない、悪くはないけど……(やっぱり少し幼く見える。だけどそれ以上に、私に合っているかも知れない……)
自分で言うのも何だが、私の妖艶な魅力を引き出している様に思える。私の新たな扉を開くかの様に私と相性がいいこの服。
あの小僧が分かっていてこの服を私に渡したとは思えない。だけど、だけど何故か癪に触る。
「こんな服如きで私を懐柔出来ると思ったら大間違いよ!」
私は負けない。この小僧にも、ベイカーのブタ野郎にも。誰にも負けはしない!
そんな決意で部屋に戻る私に笑顔は無い。それを感じ取ったのか小僧も先程よりトーンダウン気味だ。
(フフン、私の勝ちね)
そんなこんなしているとレストランの予約を取りに行っていた執事のメガネが戻ってきた。こんな早く戻って来るなんてやはりやり手の執事だ。やはりこの小僧はかなりの名家の出なのだろう。
(さあ、私の新しいドレス姿のお披露目よ)
だがこの小僧はレストランに獣人と魔獣を連れて行くと言う。この国で獣人がどの様な扱いを受けているのか知らないだしい。
まったく、世間知らずの坊ちゃんには困ったものだ。
「おい! 何でここに獣人や魔物が居るんだ?」
案の定レストランの客から罵声が上がる。この国では獣人は家畜以下だ。そんな家畜以下の存在が食事の場に現れる事などありえなのだ。
あの父の元で過ごしていた私なら問題は無いが他の者、特にこの町で商売を営む者達には受け入れ難い事。
1人2人の拒否の罵声がレストラン全体に広がっていった。罵詈雑言だけならまだしもナイフやフォークを投げる者まで現れたのだ。
(……もはやこのレストランでの食事は無理ね……)
そしてこの小僧の事だ、またあの時の様に癇癪を起こされて、巨大な火球でも出されたらたまったものではない。そんな事をされたら、世間知らずの坊ちゃんでは済まなくなる。
短い付き合いだが、小僧が非常に好戦的だと言う事は分かった。案の定、罵声を浴びせる客に腹を立てているのか、目の色が変わった。
だがベイカーの時の様に小僧を止めたのは猫型の獣人だった。何故だろう、感情のこもったこの猫の言葉には人を納得させる力が有る。
不思議と猫の言葉に従ってしまいたくなるのだ。猫の言葉で正気を取り戻した小僧達は部屋に戻るという。
という事でこのレストランでの食事は無くなってしまった。正直、期待していただけに落胆は激しい……
この先も小僧と行動を共にしていれば、この様ないざこざに巻き込まれるのは必然だろう。
(ハァ…… まったくもって迷惑な話しだ。何とかこの小僧の袂から離れる算段を立てなければ……)
レストランから出る間際も小僧がやったのか、客達の食べ物がみな凍り付いていた。瞬の間に広範囲を、それも任意の場所を狙って凍り付かせている。私の知らない魔法だ……
本来なら魔法を使うと周囲に微量の魔力が残るのだが、この小僧の魔法からはその形跡が感じられない。
私に魔力が無い事も関係しているのかも知れないが、呪文を唱えた形跡も見られなかった。まったくもって私の知らない魔法体系だ。
案外にこの小僧は、私の想像を上回る以上の強さを持っているのかも知れない。
ホテルの部屋に戻ると買い置きの物を食べると言う。レストランでの食事を期待していただけにその落胆は大きい。
ここに来て干し肉や野菜の酢漬けでは腹も心も満たせない……
そして何気に小僧は、アイテムボックスから照り焼きハンバーガーとポテトフライなる面妖な食べ物を取り出した。
そうこの小僧はアイテムボックスを持って居るのだ。アイテムボックスのスキルは100人に1人の希少なスキル。
このスキルを持っている者はほぼ例外なく、貴族か商人が側使いとして高待遇で引き立てられる。
そうなれば本人はもちろん、その家族まで裕福な生活が約束される。
昔、アイテムボックスのスキル持ちを隷属して酷い扱いをした貴族がいた。その貴族はスキル持ちを酷使して過労死に追い込んだ。
だがその貴族は知らなかった、アイテムボックスのスキルが持ち主が死んだ後も機能し続ける事を。
アイテムボックスに全財産を入れていた貴族はその全てを失い、アイテムボックスのスキル持ちと同じ奴隷へと身を落とした。
それ以来ジンクスもあり、アイテムボックスのスキル持ちは貴族や商人から大切に扱われる様になる。
そんな経緯もあり、アイテムボックスのスキル持ちは大変重宝されるのだ。この私ですら持っていないスキルを持つこの小僧。更にこの小僧は魔法を使う事が出来る。
魔法を使える様になるジョブは魔法使い、魔法師、魔道士、賢者、大賢者。その他には聖女や勇者なんかも魔法を使えるだしい。
変わったところでは魔法剣士なる、魔法と剣術の両方を扱えるジョブもあると聞く。
その中のどのジョブなのかは知らないが、小僧が魔法を使える事は間違いない。
という事はこの小僧は最低でもダブルのスキル持ちという事になる。小僧が錬金術の錬成を使っていたため間違い無い。
錬金術師も魔法を使う事は出来るが、下位の魔法しか使えないはず。小僧が使っていた魔法はどう考えても上級以上、となればジョブではなくスキルで錬成を行なったという事。
普通のスキル持ちで100人に1人、ダブルとなると10000人に1人の割合だ。
ダブルのスキル持ちは王国内でも片手で数える程しか居らず、その皆が例外なく重要な役職に着いている。魔法を使えてダブルのスキルを持つ。今度からは少し、小僧の見方を変えてみてもいいかも知れない。
そんな事を考えていた私の嗅覚に、今まで嗅いだ事のない食欲をそそる匂いが漂ってくる。小僧がマジックボックスから出した、ハンバーガーという名の変わった食べ物だ。
他の猫達の方を見れば美味しそうにハンバーガーなる物に齧り付いている。
(…… なるほど、あの様に手に持って食べればいいのか、変わった食べ物だな……)
今まで見た事も聞いた事もない食べ物だが、この見た目と香りが私の胃袋を刺激する。レストランでの食事を期待していた今の私に、この香りに争う術はなかった
私は猫を真似てハンバーガーなる物を手に取るとそれに齧り付いた。
(なっ! 何だコレは!?)
ハンバーガーの余りの美味さに私は我を忘れて貪り続けていた。ハンバーガーの間に食べるポテトフライなる食べ物も別格の美味さだ。
そしてこのコーラーという飲み物も、シュワシュワしていて美味い。
気付いて見ればあっという間に、ハンバーガーとポテトフライを食べ尽くしてしまっていた。
(……ああ、失敗した……
もう少し味わって食べれば良かった……)
長年生きて来たが、食べ物一つでここまで心を奪われるのは初めての経験だ。
父との生活では旅が多かったせいもあるが、干し肉や野菜の酢漬けなどが殆どだった。街に行けばそれなりの物を食べさせてくれたが、この食べ物はその全てを凌駕している。
私が全てを食べ終わりその余韻に浸っていると小僧が新たに、チーズバーガーとストロベリーシェイクなる蠱惑的な食べ物を出して来たのだ。
どうやら足りなかったと思われてしまった様だ。
(クッ、私をバカにして……)
だが新たに出されたチーズバーガーなる食べ物の、蠱惑的な見た目と香りに私の自制が効かない。
このチーズバーガーも先程の照り焼きハンバーガーに優とも劣らない美味さだった。
そしてこのストロベリーシェイクの美味さと来たら、こんな極上の甘味は王侯貴族でもそうそうには味わえない至高の一品だ。
私は一滴も残す事なくストロベリーシェイクを飲み干した。
こんな極上な食べ物を知っているなんて、この小僧もなかなか侮れない存在だ。それに小僧が出したトランプなるカードや、ジェンガなる積み木崩しの玩具の何と楽しい事。
猫の話によれば、これらの玩具はみなあの小僧が考え出した物だと言う。私は腐っても商人の娘だ、これらの玩具の価値は計り知れないと言う事は分かる。
もし市場に出たならば億万長者も夢ではない。だが当の小僧にその気は無いらしい。と言うより強くそうなる事を拒んでいる節がある。
どうやら彼に欲は無いらしい……
いろいろと計り知れない小僧…… いや、今度からはちゃんと坊ちゃんと呼んでもいいかも知れない。




