60話 幸せと不幸
よろしくお願いします
それから私はモーガンの元に養子として引き取られる事になった。
彼は若い頃に妻と1人の娘を戦争で亡くしおり、私を娘として引き取りたいとナスターシャに申し出たのだ。
彼に信頼を寄せるナスターシャは、ベストの選択だと私を彼に託した。Sランクの冒険者でもある彼等は忙しく、私の面倒を見ている間は無いのだ。
後にモーガンが、滅びた古の遺跡から何らかの秘宝を持ち帰ったと噂が広まったが、どんな秘宝なのかまでは知る者は少なかった。
私の素性を知る者はあの遺跡の探索に参加した者のみ。その者達にも私についての情報は他言しないとの約束を交わしてある。
幾何かの金銭にドゥーム.ブリンガーの脅しが加われば、口を開く者も僅かだろう。
私を養子として迎えたモーガンは、私を決して女としては見ずに、自分の子供として誠実に接してくれた。
誠心誠意なモーガンの対応に、私も彼を父親として家族として接した。
ドゥーム.ブリンガーのジルが言っていた様に魔力が無くなったのか、植物魔法は使えなくなっていた。
私に寄生していた寄生樹を枯らす為に莫大な魔力を急激に止めた事による反動か、溢れ出る程にあった私の魔力が今はゼロに等しい程にしか感じられない。
それでもあの地獄から抜け出せたのだ、私としてはそれだけで満足だった。いや、私に家族と過ごす事の安らぎを与えてくれた彼等には感謝しか無い。
彼の処に養子として過ごしたのは3年と少しだったが、とても優しく楽しい日々だった。
その間に彼には様々な場所に連れて行ってもらった。
父の仕事の関係上、太古の昔に滅びた遺跡がその殆どだったが、ダークエルフの里とあの場所しか知らない私にとっては、掛け替えのない良き思い出となった。
それ以外にも夕日に輝く湖畔や朝日に眩しい山脈、パレルモの歌劇場や有名な吟遊詩人が居る町などにも父は私を連れて行ってくれた。
「エスメラルダ、これから君は様々な場所や物語を見て聞いて、そして楽しく笑って暮らすんだ。それらの経験は君の将来にとって、必ず良い肥やしとなるはずだ。」
「お、お父様……」
「今までの分も君は、幸せに成らなくてはいけない」
「……はい。お父様……」
幼少期以外の長い月日をあの地獄で眠りながら過ごしていたのだ。外の世界で見る物全てが美しく素晴らしく見える。
本当の父親が誰でどんな人かは知らないが、今の父は私の父親としてこれ以上ない存在だった。
そんな父だったが、アジレスコの町に極力私を連れて来ようとはしなかった。あの町の実情を私に見せたくなかったのだ。
それでも仕事の関係でどうしても戻らなければならない時がある。そうゆう時私は店の中だけで過ごす事にしていた。
馬車から見える景色で町の状況は分かっていた事もあるが、何より父に心配をかけたくなかったのだ。
だが私達の何度目かのアジレスコの町への訪問時、それを見計らった様に不幸は訪れた。
私が奴隷だった父の部下達と店の手伝いをしている時だった、ニッチェ.ベイカーという父の商売敵が店を訪れたのだ。
「! 」
ベイカーと呼ばれる男が驚愕の眼差しで私を見る。
「…… なる程、噂通りの上玉だな」
そう言うといやらしい目で舐める様に私を見て来るベイカー。コイツの瞳には覚えが有る。そう、あのエルガイムのジジイの目と同質の、酷く濁った欲望の目だ。
そしてベイカーはその淀んだ瞳のままに、私と父に宣戦布告をした。
「何が有っても、どんな事をしてでもお前をワシのモノにしてやるぞ。クケケケケ!」
そしてベイカーは、あの眼差しの印象だけを残して父の店から去って行った。
「済まなかったねエスメラルダ…… だが、もう大丈夫だよ」
ベイカーの行いに震える私を優しく抱きしめ、しばしの沈黙の後にそう言ってくれた父。私を安心させようとしているのだろう、それが強がりだという事は分かった。
3年間彼と家族として暮らしていたのだ、彼の為人は分かる。基本的に争い事が苦手な父はベイカーに怯えているのだ。
この町に住む者にとって、ベイカーに目を付けられるという事の恐ろしさを知らぬ者は居ない。彼に睨まれた者の運命は破産と破滅、もはやこの町での私の運命は決まったも同然だった。
そんな中でも、なんとしてでも私を守ると父は言ってくれた。
「でも無理はしないでねお父さん……」
「ははははっ、エスメラルダは何でもお見通しなんだね。でも大丈夫だ、決してお前にだけは手出しをさせない」
それからベイカーによるあらゆる嫌がらせが始まった。
先ず始まったのが店や馬車などへの業務妨害、そして嫌がらせは更にエスカレートしていく。買った奴隷を使った人体実験や、邪神への没入など様々な悪評の流布。もちろん全て父を陥れる為のでまかせだ。
それでも町の最高権力者や、町の権力者が集まった評議会が敵に回ればどうしようもない。このデマは、女神教の教会を巻き込んだ宗教裁判にまで発展した。
だが証拠が無かったため、処刑は免れた父だったが、この町での信用を完全に無くしてしまう。
父はアジレスコでの全ての権限を剥奪され、財産没収の上に追放と、本当の意味で全てを奪われてしまった。
父も最初は私の為に必死に戦っていた。だが彼が奴隷から解放して、自身の店で働かせていた者達にも裏切られた事を知った時、戦う気力を完全に無くししてしまったのだ。
ナスターシャ率いるドゥーム.ブリンガーに助力を頼む事も出来た。だが都合悪く彼等は、戻るのに2月かかる離れた迷宮へ遠征中でそれも頼めない。
そして何故か娘ではなく父の持ち物とみなされた私は、奴隷となり競売にかけられる事となったのだ。
「…… すまないエスメラルダ…… 私には最早、お前を守る事は出来ない……」
「お父様…… この3年間、私は本当に幸せでした……だから……」
「…… すまない…… 」
まさに八方塞がりだった父、失意のどん底で最後に力無くそう呟いた父の姿が忘れられない。最後に私をその胸で抱きしめてくれた父。細く窶れた父の最後の温もり……
それから暫くして父が首を括って死んだと奴隷商から聞かされた。
こんな時に魔法が使えないこの体が憎らしい。守られているだけでなく私自身も抗おうとしたが、魔力の無い綺麗だけのただの小娘に出来る事なんてたかが知れている。
だが奴の奴隷になれば復讐のチャンスが有るかも知れない。
あんな豚みたいな奴に抱かれるのは屈辱だが、父の仇を討つ為に抱かれてやろう。
その時になら奴を殺すチャンスが有るかも知れない。復讐の為に抱かれよう、それが今の私に出来る精一杯なのだから。
ありがとうございます。




