57話 眠れる遺跡の眠り姫
よろしくお願いします
私が呼び出されたのは幽迷の森の奥に有る幽迷の遺跡タプ.カプ。そこはダークエルフさえも近づかない秘境中の秘境。
そこには人喰いマングドラゴラと呼ばれる、人の魔力を糧に生きる寄生植物が生息しており、決して子供達だけでは近づくなと云われている場所だ。
そんな場所に呼び出されたのだ。私の足が怖さで縮こまった事を思い出す。
「…… さあ、この奥で長老がお待ちだ」
そんな私の背を急かす様に押すのは、私達に魔法を教えていたアレクグラナ先生。私を取り囲む様に歩く大人達の顔は何処か暗く、罪悪感に染まっている様に見えるのは気のせいだろうか。
そして私がやって来たのは不気味な植物が生い茂る禁断の場所"懺悔の間''。この場に有る植物はどれも人の形をしている様に見える。
いやこの植物は、元人だった者に寄生してその全身を覆った悍ましいものだったのだ。
「ヒッ…… 」
よく見れば悍ましい植物にはそれぞれ顔の様な物が有り、それぞれが憎悪に歪んだ顔をしている様に見える。
「! 」
有無を言わせず私の手が引かれて行き、不気味な巨木の元まで連れて来られる。私の魔力が高過ぎるため寄生樹には、この場所で1番大きな寄生樹が選ばれた様だ。
そして開口1番に長老のエルガイムが言う。
「…… エスメラルダよ、其方はここで永遠の眠りに着くのだ」
「な、何で……」
エルガイムの言葉と共に、不気味な巨木から蔓が伸びて来て私の手足に絡み付いて来る。
「ヒッ、ヒィィィ…… 」
「痛みは一瞬、その後は寄生樹に身を任せるのだ。そうすれば苦しまずにその寄生樹と一体化し永遠の眠りに付ける」
寄生樹に生かさず殺さずで体の養分を吸われ、仕舞いには寄生樹と一体化し、永遠に目覚める事の無い悪夢の無限地獄。
この場は植物魔法を得意とするエルガイムが作り出した処刑場。彼に反対する者や悍ましい過去を知る者、彼の地位を脅かす者は、皆が例外無くこの地獄に囚われている。
エルガイムが長老である為に、自分の思い通りに成る場所を作るために作り出したこの場所。そのエルガイムの歪んだ思想が、今度は幼い脅威を排除しようと動き出す。
「い、嫌だ! な、何で私がこんな目に…… 」
「邪神に穢された忌子よ、其方の存在は世に破滅を齎す。その為に犠牲になってくれ」
自分の地位を守るために犠牲になれと言うエルガイム。そんなエスメラルダを見る彼の目は、どこまでも黒く濁り底の知れない泥沼だった。
私の体に幾本もの蔓が絡み付き本体へと引き込んで行く。
「や、ヤダ! た、助け…… 」
助けの手を伸ばしても他のダークエルフ達は、私を一瞥しただけでこの場を去って行く。
「い、行かない……で…… (お願い!)
最後にこの場と外の世界とを隔つ様に、植物魔法で操る植物が、壁を形成して光を絶っていく。
徐々に暗闇に覆われて行くこの牢獄の中で、私は自身の身体が寄生樹に侵されて行く生き地獄を味わっていた。
身体に植物が侵入するチクとした痛みと、徐々に薄れて行く意識の中で、寄生樹に寄生された者達の顔を思い出していた。
怒りと苦痛に歪んだ顔、何故なら今私も彼等と同じ顔をしているからだ。そして必ず復讐をしてやると幼い心に誓ったのだ。
ーーーーー
「……」
私がこの地獄に囚われて何年の月日が流れただろう……
寄生樹に寄生されながらも私には薄らと意識があった。それは私の並外れた魔力が、寄生樹からの束縛を上回ったからに他ならない。
魔法の授業で習った回復魔法が自動で発動して、寄生樹に侵され傷付いた身体を治してくれた事もその一因だ。
目覚めては眠り、目覚めては眠りを幾度となく繰り返す。その間隔が少しずつ狭まって来ている。
どうやら私の魔力量がこの寄生樹の許容量を超えた様だ。本当に少しずつだが、私の身体が体内に侵入した寄生樹を排除している。
あの幼き日の兄妹達との日々の記憶も、この状況下にあって私が狂わなかった要因の一つだ。後どれ位の月日が掛かるか分からないけど、この寄生樹の呪縛から解き放たれるのも時間の問題だろう。
この事態はエルガイムのジジイも予想だにしなかった事。私は奴の意に反してこの地獄から生還する唯一の者となるだろう。
その暁には、必ずあの里に戻りあのジジイを私と同じ目に合わせてやる。薄らとした意識の中でも奴等への復讐の炎だけは消えない。
そして私がこの地に幽閉されてから150年程の月日が経ったそんなある日、この地獄の様な場所に訪問客が訪れた。
訪れた彼等は人間の探検隊の様だ。
きっと古のアーティファクトを求めて、この人喰いマンドラゴラの森までやって来たのだろう。
探検隊の人数は20〜30人。中の数人は武装しており、冒険者を現すと思われるネックレス状の認識表をぶら下げている。
ずっと昔、まだ幼い頃に一度だけ見た事があったため覚えていた。
探検隊の中には数名女性もいる様で、その中の1人が冒険者のリーダーなのか、その女性が先頭に立ち的確に指示を出して冒険隊を先導している。
そして冒険隊の中の1人、初老の男性が喜び勇み、遺跡へと駆け寄って来た。
「……凄い! この遺跡は今から2000年以上前に盛えて居たというダークエルフの国、ドーレン.フェクションの物かも知れん!」
遺跡の表面に絡み付いた苔や蔦を剥がしながら興奮気味に叫ぶ初老の男性。
「モーガン殿、まだ安全の確保が出来ていない内からの単独行動は謹んでくれ」
冒険者のリーダーと思わしき女性が、先走った初老の男性を嗜める。
「あ、ああ済まない…… だがこの発見はそれだけ凄い事なのだ!」
道中もこんな感じだったのだろうか、女性リーダーは呆れた表情で首を振っている。
「……ふむッ面白い、この植物は魔法で生み出された物で、この壁は……」
初老の男性が手に火の付いた松明を持つと、植物で出来た壁と思わしき箇所にその松明を近付ける。
すると植物がまるで生きているかの様に蠢き出し、遺跡に侵入しようとしていた初老の男性に襲い掛かって来たのだ。
「ヒャアアァァ〜!!」
だが無数に迫っていた植物の蔦は初老の男性に触れる前に、リーダーの女性に全て切り落とされてしまった。
剣を持つ彼女の腕が、一瞬だが4本に見えたのは気のせいだろうか。
「だから言ったのだ、コレからは私の指示通りに動いてくれ」
「あ、ああ済まない、分かったよ…… 」
初老の男性が彼女達の雇い主だと思われるが、雇い主相手に物怖じしない彼女。まあまあにいい関係に見えるのは、双方が互いに信頼し合っているからだろう。
「さあ先に進もう」
そして襲い狂う植物を排除しながら遺跡の中を進んで来る冒険隊。
実は私は、彼等の一連の行動を植物越しに見ていたのだ。長い地獄の様な年月で私の魔力と同調した植物達。
今はただ視覚と聴覚を借りる事しか出来ないが、このまま時間が経てばきっと、あのエルガイムのジジイの様に植物を自在に操れる様に成るだろう。
だけど今の私は、現世の夢の中で魔法の勉強中。
過去の夢、在りし日の兄妹との魔法の勉強、そんな儚くも失ってしまった昔の夢を見ながら彼等の到着を待つとしよう……
ありがとうございます。




