53話 約束は約束
よろしくお願いします
「グヌヌヌヌッ、や、約束は約束だ。何が欲しい? ワシの金か? それとも地位か? ワシが口利きをすれば、この町でそこそこのポジションの責務に付けるぞぉ……」
護衛の者は皆地べたに転がっている現状で、ベイカーに残された道は、自分で言った約束を守る事、それ以外に道はない。
「何だったらワシの新しい用心棒にしてやらなくもないぞ」
「…… (なんで権力者てのはどいつもこいつも、上から目線で物事を言うのかね……)
ベイカーは「負けた者は勝者に何でも、言われた物を差し出さなければならない」と自分で公言していた。
ならばその公言通りに彼からいただくとしよう。
「うっ……」
僕は悠然とベイカーに近くとニカッと笑顔を見せる。当のベイカーは近づく僕に引き攣った笑顔を見せる。
先程は彼の目の前で、用心棒の中でも1番強いブロンが一方的に潰されたのだ。近く僕に怯える気持ちは分からなくも無いが、貰えるものは貰う。
僕はベイカーの隣に正気無く立つダークエルフの手を握ると自分の元に引き寄せる。
「僕が貰うのはこの娘だ。文句は無いよね」
「なっ! なっ! 何だとおぉぉぉ!!」
僕が彼女を要求して来るとは予想もしていなかったベイカーが素っ頓狂な声を上げる。当の彼女も驚愕した表情で僕を見ている。
「だ、ダメだ! ダメだァ!! この娘を手に入れるのに幾ら掛かっていると思う、その娘だけは絶対にダメだぁ〜!!」
予想以上のベイカーの拒絶の声、余程この娘に執着心がある様だ。
ーーーー
(この娘をよこせだと? やらぬ! やらぬ! 絶対にやらぬぞぉぉ!!)
この娘を初めて目にしたのは1年前、ライバルの奴隷商のモーガンの所でだった。
奴が古代の遺跡から持ち帰ったという秘宝、それがこの娘だ。
このダークエルフの娘を、ライバルの奴隷商の元で見た時から、どんな事をしてでも手に入れるとワシは決めた。
その言葉通り、ワシの私財と人材を惜しみなく使い、ライバルの奴隷商に様々な嫌がらせや難癖を付けて破産に追い込んだのだ。
奴は古代の遺跡の探検が趣味で、この町唯一の良心の奴隷商と呼ばれていたが、正直言えば気に入らない奴だった。
奴の売り飛ばされた屋敷で奴が首を吊っているのを見た時は清々したものだ。あの娘も、死んだ自分の娘の代わり引き取り、養子として育てていたと聞く。
この娘を手に入れるのにどれだけの私財を投入した事か、奴を陥れるのに金貨1500枚、あの娘を競り落とすのに金貨2000枚、合わせて金貨3500枚を要した。
コレはワシの全財産の3分の1に値する。だがそれだけの価値がこの娘には有る。
まったく女の価値も分からん間抜けが、ワシがタップりと女として生まれた事の喜びを教えてやる。グッヒヒヒヒ!
あの娘を競り落とせた事で気分が良かったワシは、町の連中に娘を見せびらかす事にした。
下々の商人共が一生を賭けても手に入れられない上玉だ。羨ましそうに此方を見る視線が堪らん。
そんな優越感に浸っているワシの視界に、毛皮を剥いだら良い首巻きに成りそうな獣人を連れた小僧が入る。
今ワシはとても気分が良い。何時もなら即座に痛め付けて獣人を奪う処だが、今ワシはとても気分が良い。
「おい小僧、いい獣人を連れて居るじゃないか。ワシが買ってやろう、幾らだ?」
今のワシは気分が良いからな、あの小僧に良い小遣い稼ぎをさせてやろう。まあ、銀貨10枚程有れば良かろう。
「すみませんね、彼は僕達の仲間です。だから売るなんて事は有り得ません」
何とこの小僧は、言うに事欠いてワシの申し出を断るとぬかしよった。このワシの、ベイカーの申し出をだ。
バカなガキだ、死んで後悔するがいい。
「バカめ、大人しく売っておけば小遣い稼ぎになったものを。この町1の奴隷商ニッチュ.ベイカーの申し出を断った事を後悔させてやる」
ワシは例え小物だとしても手を抜いた事は無い。この小僧にはワシの自慢の殺人マシーンのブロンに相手をさせる。
ブロンは''超力''のスキルを持つ怪力人間、奴にかかればワイルドベアーですら力負けする化け物だ。敢えて武器は使わず、獲物の骨を素手で砕き散らす事が何よりの喜びであり生き甲斐の暴力装置。
この勝負に小僧が勝てたならワシの物を適当に譲ってやろう。それがこの町のルールだからな、仕方ないのだ。まあ勝てたらの話だが。グヘヘヘッ
だが生意気にもブロンを前にして余裕の態度を見せる小僧共、気に食わん面だ。
フククククッ、自分の骨が砕け散る音で初めて、ワシに逆らった事の重大さが分かろうて。
だがなんて事か、ワシの予想をら裏切って信じられない事にあのブロンが、手も足も出ずにあの小僧に打ちのめされているのだ。
ワシには早くて分からないが、あの小僧の後にバチバチと閃光の様な物が走っているのだけは見える。
あれよあれよという間に動けなくなってしまったブロン。まさかあのブロンが負けたというのか?
「ば、バカな!? (あ、あり得ん! そんな事があってなるものか……)
あり得ない話だが、一度はワシもブロンの負けを覚悟した。だが間抜けにもあの小僧はブロンに背中を見せたのだ。
(ガハッハ、間抜けめ! 今だブロン、その小僧を捻じ伏せるのだ!!)
だがチャンスだと思ったそれは、卑怯にも小僧の罠だったのだ。
何故か分からないが、小僧の手前で動きを止めて苦しそうな顔をするブロン。何が起きているのか分からないが、ブロンの足が地面に沈んでいく。
(な、何が起きたのか分からんが、頑張れぇ! 立てぇ、立つんだブロン!!)
「グギャゃぁ!!」
そんなワシの応援に反してブロンの体は潰れて行き、しまいには足があらぬ方向へ折れ曲がってしまったのだ。
グヌヌヌ、あの足で戦う事はもう無理だろう……
(…… まったく役に立たない木偶の坊が、貴様は後で魔物達の餌にしてくれる! こうなれば勝負なぞ関係ない、他の用心棒共でこの小僧を……)
そう思ったワシだったがワシ指示で動こうとして居た用心棒共が、一様に地面に寝転がり転げ回っている。
よく見れば奴等の足が斬り飛ばされて無くなっているではないか。
「なっ……」
何が起きたのか分からないが、ワシの側に戦える者が1人も居なくなったという事だけは分かった。
(…… こ、これもこの小僧がやった事なのか?
ワ、ワシは一体何を相手にしていると云うのだ……)
そんな現実逃避をしていたワシの元に小僧が近いて来る。それも何とも憎らしい笑顔で……
そして何を思ったのかこの小僧は、ワシの大切なダークエルフの手を取ると、ワシの最も大切な宝をワシの元から奪い取ったのだ。
「僕が貰うのはこの娘だ。文句は無いよね」
まさか小僧がこの娘を欲しがるとは想定外だった。この町では勝負での約束は絶対の掟が有るが、そんな事は知った事ではない。
この町では私が掟なのだ! この私が全てなのだ!!
「だ、ダメだ! ダメだァ!! この娘を手に入れるのに幾ら掛かっていると思う、その娘だけは絶対にダメだぁ〜!!」
この胸を焼く様な衝動、胸に穴が空いてしまっったかの様な焦燥、喪失感、そうこれは恋だ、きっとワシはこの娘に一目惚れしてしまったんだ。
あの日あの店で初めて見たこの娘に青臭い恋をしてしまったのだ……
(この娘はワシの物だ! 絶対に渡すものか!! こうなればワシの全てを使って、このコソ泥の小僧を排除してくれるわ!!)
ありがとうございます。




