50話 異世界漫遊記
よろしくお願いします
バットス草原を発って3日、僕達はアーリアナ王国の首都エデンバラを目指して、アレスの闇で作った馬車で街道を走っていた。
僕がこの大国と呼ばれるアーリアナ王国の首都を見てみたいという事もあるが、1番は情報収集のためだ。首都ならば国分さん達の情報も有るかも知れない。
そしてアレスは結局、僕達に着いて来る事になった。
僕としては、魂を修復中の彼女達と仲良く暮らして欲しかったので、着いて来なくてもいいと言ったのだが、「…… 国幽斎様は私の主人、どんな事があろうとも貴方様のお側に…… 」との事なので、彼と一緒に旅路を行く事になったのだ。
正直、彼の作る馬車が便利過ぎて手放したく無いと思っていたので、内心はほくそ笑んでいる。
(彼が着いて来たいと言うんだから仕方ないよね)
アレスの馬車は漆黒のステージコージ型の馬車で、6人が乗ってもゆったりな車内には、折りたたみ式のベッドがあるため睡眠も可能だ。
この馬車はアレスの闇製だ、その為どんな些細な衝撃や音でも彼が感知して即座に対応してしくれる。その為、サスペンションも更に改良が加えられてほぼ完璧な仕上がりだ。
「国幽斎様が快適であるならば、この程度の事は造作もありません」
有難い様で重いアレスの言。彼が本気を出せば音速を超える速度で走る事も夢では無いだろう。ほんの少しでも僕が揺れると、即座に反応するので正直気が気じゃないが、その分馬車の乗り心地は最高だ。
本来なら馬車で1月掛かる距離を10日で走破出来るこの性能、アレスさんには感謝しきりだ。
唯一の問題は、全てが漆黒に輝く黒檀色の外見か。馬車を引く馬もアレスの闇で作られているため真っ黒なのは言うまでもない。
今は街道沿いに有る休憩所で馬車を止めて、ここで一晩を明かすつもりだ。そんな僕等を先に止まっていた商人と思わしき一団が珍しそうに見ている。
まあ貴族の乗る馬車より遥かに豪華に見えるためその気持ちは分かる。
僕は馬車から降りると立ち小便を済ませて馬の元に向かう。
『ブルルヒヒ〜ン』
「…… 」
どこからどう見ても生きている様にしか見えないアレスの闇製のお馬さん。もしかしてアレスさん、生命創造まで出来ちゃったりするのかな……
当のアレスは、僕がアイテムボックスから出した食材で夕飯の支度をしている。
アレスは闇が有れば食べ物は必要無い。眠る必要もない様で一晩中見張りをしている彼の姿は、目がギラギラしていて怖い。
「国幽斎様、今宵はクリームシチューという物を作ってみました」
アレスには箱入りのシチューの元を渡してある。説明文の日本語も知力が高い彼は、僕が少し教えただけであっという間に覚えてしまった。
アレスが作ったシチューは、肉と野菜がちょうど良い大きさと形で切られ入っている。味付けもルーが有るとはいえ、絶妙なバランスに整えられており大変に美味かった。
「うん、美味しいよアレス」
「おお! 何と嬉しいお言葉…… このアレス、精神誠意……」
またアレスの病気が始まったので逃れる様にニャトランの方を見てみる。
「うみゃ! 美味いにゃん! ガッガッ」
余程に美味しかったのかニャトランは3杯目を食べている処だ。タマさんにはモンプチゴールドを与えている。
何でも食べる雑食なニャトランと違って、繊細なタマさんはモンプチゴールド以外は口にしない。
食事が済めば後は寝るだけ、地球の中世でも辺りが暗くなれば皆寝入っていたと云う。この世界でもそれは変わらない。
光源の魔石が高値なため、貴族や商家くらいしか夜間に灯りは灯せず、何もやる事のない平民や農民は早々と寝るのだ。
だが僕の場合は、マジックボックスにお祖父ちゃんが集めた魔石なる魔物の核や、魔導ランプがあるため光源に困る事はない。
それに現代っ子の僕に18時就寝は早過ぎる。だから暇つぶしにとマジックボックスに入れておいたトランプで遊ぶ事にした。
「にゃ〜! また最下位ニャン……」
運は有るけど頭は悪いニャトランは、一向にルールを覚える事が出来ず、常に最下位……
ポーカーなら彼の1人勝ちだが、ニャトランの手札がバレバレで、皆が直ぐにドロップしてしまうのでなかなか勝てない……
そんな楽しいトランプの次は魔道具作り。
アレスに光源付きの簡易小屋を作ってもらい、必要な道具が無くとも錬金術で作れる物を作る。
まあ他の人は錬金術すら使えないのだが、僕は魔導書の術式で、道具が無くとも中級までの錬金術を使える様になっている。
マジックボックスやこの錬金術といい、今や無くてはどうしようもならない。お祖父ちゃんありがとう。
「素晴らしい! 国幽斎様は錬金術までも扱えるのですね!!」
「ま、まあね。今は中級の物しか作れないけどね……」
「大丈夫です。国幽斎様なら直ぐに上級錬金もマスター為さる事でしょう」
「はははは……(ハア……)
やはりアレスのテンションにはなかなか慣れない。もっと普通に接してくれでばいいのだけど……
そんなこんなで始めた魔導具作り、今回作ったのは夜用の予備の光源と、ニャトラン様に威力を下げたセプテム.アイ。タマさんの為に作った、魔除け効果と位置GPSナビゲーションシステム付きの鈴。
初級魔法しか使えない下位交換のセプテム.アイなら今ある材料と環境でも作れる。
GPSナビゲーションは常にニャトランと共に居るしっかり者のタマさんの方に付ける事にした。これらの魔導具は、2日間も彼等を待たせてしまった事への僕なりのお詫びだ。
「ニャ〜ン!! これでやっと魔法が使えますニャン!!」
僕のと違い初級魔法レベルの威力だが、魔法擬きが使える様になったニャトランが、喜んで居るので問題ないだろう。
「練習は明るくなってからだぞニャトラン」
「分かりましたのニャン!」
余程に嬉しかったのかニャトランは、僕が作ってあげたセプテム.アイのブレスレットを大切そうに撫でている。
「にゃ〜ん」
タマさんも僕の足に尻尾を絡ませてお礼をしてくる。
「ニャトランをよろしくねタマさん」
「にゃん」
泣き声と共にチリンと鳴る首輪の鈴。タマさんが任せろと鳴いた様に思えたのは気のせいじゃないと思う。
「…… この様なオーバーユニークをあっさりとお作りになる。やはり国幽斎様は…… 」
何やらアレスがブツブツと独り言を言っているが聞かなかった事にしよう。
時計は無いが今は地球でいう処の21時頃。それでもまだ早いが、他にする事もないので寝る事にした。
アレスなら暗闇でも関係なく馬車を走らせる事が出来るが、そんなに急ぎの旅でも無いので夜の移動は控える事にした。
馬車備え付けのベッドは、何処の高級ホテルだと言わんばかりにフッカフッカで、朝まで気持ちの良い睡眠が出来た。
ーーー
翌朝、少しの騒がしさと共に朝を迎えた僕。タマさんは騒ぎに気付いており、ベッドの上で外の警戒をしている。ニャトランは隣のベッドで寝息を立てながら熟睡中だ。
騒ぎが気になった僕が外に出て見ると、日がまだ昇っていないのか辺りはまだ薄暗い。
そして馬車から10メートル程離れた場所に、巨大な何が横たわっているのが見えた。
「…… あれは?」
光源をマジックボックスから出してその物体に近くとそこには、体長10メートルの一つ目巨人が全身から血を流して死んでいる光景が有ったのだ。
「…… こ、これは…… 」
死んでいたのは一つ目の巨人サイクロップス。彼等は山岳地帯に住んでいる種族で、こんな街道近くでは滅多に見ない。
たまに群れから離れた個体が人のテリトリーまで出て来て暴れるというが、このはぐれサイクロップスもそうなのだろうか。
今回はお隣の商団がp少し被害を受けた様で、倒されたサイクロップスを囲ってワイワイと騒いでいる。
サイクロップスの出現には商団の護衛の冒険者達ももちろん気付いており、サイクロップスの死体の検分をしている。
「…… 何だこの傷は? 巨大な針の様な何かで全身を貫かれている……」
「どうやればこんな傷が…… 」
「10メートルクラスのサイクロップスだぜ、そんな事出来る奴が居るのか?」
「さあな、だが実際にサイクロップスがこの通り死んでいるんだ」
「何にしろ死者が出なかった事は奇跡だぜ」
ワイワイガヤガヤとサイクロップスの死因について話し合う冒険者や商団の者達。サイクロップスの脅威はBランク。B級冒険者のパーティが何とか倒せるレベルだ。
「国幽斎様、こんな騒ぎになってしまいすみません…… 」
サイクロップスを倒したと思われるアレスが、騒ぎで僕を起こしてしまったと、申し訳なさそうに謝ってくる。
「そんな事は全然気にしていないよ。それよりあの化け物はアレスが倒したのかい?」
「はい。国幽斎様が寝ておられる馬車に向かって来ていたので、仕留めさせていただきました」
明け方とはいえ夜の闇はアレスにとって格好の武器だ。一瞬で周囲の闇を取り込み、闇を棘の様に変化させて全身を串刺しにしたのだ。
暗闇での一瞬の出来事だったため、彼等の中でアレスがやった事に気付いている者は居なかった。しかし夜の闇がそのまま武器にも防具にもなるアレスて……
そんな彼は何故かサイクロップスを倒しても、森の方を睨み続けて警戒をとかない。まだ何らかの脅威が彼方に残っているのだろうか?
僕には分からないが彼には分かるのだろう。すでに朝日は登り、それに照らされたサイクロップスの周りには、更に人が集まって来ている。
「…… これ以上の騒ぎになる前に、ここを経った方がいいかもね」
「はっ、仰せのままに」
サイクロップスが出現した知らせが近くの町にも届いている可能性がある。そうなるとその町の兵士などが来るかも知れない。
その先には間違いなく貴族絡みの何ちゃらが待っている。もうあんな連中と絡むつもりは無いからね、僕達は足早に経たせてもらう。
アレスの話だとサイクロップスの皮や骨は、魔道具や武器の素材となるだしい。少し勿体無い気もするが、それでも貴族と絡むよりはマシだ。
サイクロップスの素材は商団の人達にあげる事にしよう。
出発間近にも森の方に睨みを利かせていたアレスだったが、満足したのか馬車を走り出させた。
走り出したブラックパール号、振動の少ない馬車だが少しの揺れは有る。
ユラユラと馬車に揺られながら流れる景色を眺める。街道沿いとあって道の周りは開けており、遠くの方まで見渡せる景色は素晴らしいの一言だ。
「馬車にゆったりと揺られながら進む街道、これでBGMでも有れば最高だね」
「ンハッ!」
僕の言葉を聞いていたのか、アレスが突然に馬車を止めた。そして僕の座る座席の前に跪くと、真剣な眼差しで此方を見てくるのだ。
「んん、ど、どうしたの?」
「国幽斎様…… 私にはBGMなる物が何で有るのか存じません。申し訳ありません」
そして深々と頭を下げるアレス。
「あ、アレス、大丈夫だよ。僕はそんな事気にしてないからね……」
「…… 宜しければBGMが何であるのかお教え頂ければ幸い。さすればこのアレハンドロ、必ずやBGMとやらを手に入れて、国幽斎様を満足させて見せましょう! 」
どうやらアレスは僕がポツリと漏らしたBGMという単語を間に受けてしまった様なのだ。
「あ、アレス、BGMと云うのはね……」
僕は音楽についてアレスに話して聞かせた。
「なるほど! 音楽ですか」
この世界にも音楽は存在しており、吟遊詩人がギターの様なボンブロという楽器を掻き鳴らし演奏するという。
その他には笛の様なチェロスや太鼓の様なポロなどの楽器があるそうだ。
残念ながらピアノやギター、バイオリンの様な楽器は無いそうだ。それでも吟遊詩人が居るという事には感動した。
「へ〜、吟遊詩人なんて居るんだね」
僕は音楽が好きだ。お祖父ちゃんの影響で洋楽ばかり聞いていたため、クラスメイト達とは合わなかったが、音楽は好きだ。
吟遊詩人がどんな曲を奏でて歌うのか物凄く興味がある。それにギター擬きの楽器も見てみたい。
「吟遊詩人は酒場や広場などで見かけます。私の記憶が50年前の物なので、今はどの様になっているのか分かりかねますが……」
「よし、ならば次の宿場は酒場か広場の有る町にしよう」
確か魔導書の魔道具の中に蓄音機の様な機能の物があったはず。それで音楽を録音させてもらえるかも知れない。
BGM用の音楽を求めて僕達の乗る馬車は走り出した。
ありがとうございます。




