47話 テスの冒険、旅路
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「…… や、八つ裂きのジーナ…… 」
盗賊の1人がボソリと呟く、彼女の冒険者時代の通り名だ。
ジーナは冒険者の時に親しかった仲間を盗賊に殺されている。結婚間近だったカップルの冒険者で、男の方はその場で殺され、女の方は犯され廻された後に奴隷商に売られた。
それ以来ジーナは、盗賊野盗の類いには容赦無くその鉄槌を下している。
彼女の通り名は彼等盗賊野盗にとって、アンタッチャブルとして恐れられる存在だ。
このまま無言のままに盗賊を討ち取る事も出来たジーナ。だがそうなると、荒場をテスに見せる事になってしまう。
なるべくならテスには、其方の世界は知らずに居て欲しい。ジーナの優しさからの配慮だ。
まあ盗賊共に配慮するつもりは無い。これで退いてくれれば楽だな程度の認識だ。
だが盗賊共には彼女の慈悲は通じなかった様だ。
「…… グッ、ジ、ジーナなんざ関係ねぇ! ここでむざむざと獲物を逃してたまるかよ!」
「そ、そうだ!」
「い、いくら八つ裂きのジーナでも、これだけの数が居れば…… 」
その盗賊の男が最後まで言葉を言い終わる前にその男の首が、腕が、足が宙を舞った。
「へっ?」
「ならば死ね」
ジーナはその場から一歩も動いて居ないのに、5メートル離れた場所に居た男の首と手足が飛んだのだ。
何が起きたのかまるで理解出来ていない盗賊達は、一斉に言葉を失う。
「貴様等にこれ以上の温情は無用、野のチリと消えろ」
そうジーナが言い終わるや否や、今度は5人からの盗賊が一斉に八つ裂きになり宙を舞う。
「ヒッ、ヒャアァァ〜! ば、化け物…… 」
この後も無慈悲にジーナの剣は振るわれた。
盗賊達が全滅するのにかかった時間は、僅か5秒程。
相対した者がその影すら追えない"電光石火"からの高速の剣と、自在に変化する魔剣ファルサ.コブレ。この相乗効果は計り知れ無い。
ジーナはテスに荒場を見せたく無かった。それならば見えない速さで片付けてしまえば良い、彼女はそう考えたのだ。
荷台の隙間から状況を伺っていたダハラも、この一連の流れには言葉が出なかった。
それなりの使い手でも有るダハラでも、その剣筋を追う事は無理だった……
「…… (あの高速の動きと、軌道がまったく読めない魔剣の組み合わせ…… 私に彼女に勝つ糸口は有るのだろうか……)
まるで彼女に勝つ為の道筋が見えない。あれだけ鍛錬して来た自身の剣術が未熟に思えて仕方がない。
悔しげに奥歯を噛み締めても、その事実は揺るがないのだ。
「ダハラ殿、私はあの丸太を片付けて来る。テスの事は頼んだぞ」
もう伏兵は居ないと思われるが念の為にテスの守りをダハラに頼んでおく。
馬車の周りには文字通り八つ裂きにされた盗賊達の亡骸が乱雑に転がっている。この惨状をテスには見せたく無い。
道を塞ぐ丸太をどかすと、すかさず馬車を走らせるジーナ。
ダハラは昨晩寝れなかったのか荷台でウトウトしており、方や先程まで寝ていたテスが荷台から御者台に飛び出て来る。
何故か彼女は興奮している様にも見えるが……
「ジーナさんさっきの戦い、シュバシュバと凄かったです!」
「…… 馬車の荷台で寝ていたのではないのか?」
「騒ぎ声がしたから見てたんです。あの悪者達を斬り刻むジーナさんは素敵でした」
どうやら盗賊達との荒事をテスに見られてしまった様だ。と言うよりも、人に追えないスピードでの戦いが彼女には見えていたと言う事。
「…… まさかテスには私の戦いが見えていたのか?」
「はい。とってもカッコ良かったです!」
「…… 」
テスには女神の加護が有る。神々の加護を持つ者は、その神の力の一部を扱える様になるという。
この世界で崇める女神は6神。知恵の女神アラ、力の女神ユラ、豊穣の女神セト、戦の女神ジレ、魔法の女神メヌ、そして全能の女神アリアナの6神である。
「…… テスには女神の加護が有ると聞いたが、どの女神の加護を持っているのだ?」
この並外れた動体視力、きっと戦の女神ジレの加護だろうとジーナは予想を立てる。
「6つです」
「なに?!」
一瞬テスの言っている事が理解出来なかったジーナ。その後のテスの言葉で更に驚愕することになる。
「6神の女神様、その全ての加護を私は持っております」
なんとテスは6神の女神その全ての加護を持っていると言うのだ。
「…… あ、あり得ない、その様な事が……」
彼女が敬愛する女王ユリアナでも、女神アリアナの加護しか持っていない。それでも彼女が足元に及ばぬ程に強かった女王ユリアナ。
女神の加護を持つ者は、スキルを有する者よりも絶対的に少なく大変に希少だ。女神の加護はたとえ1神の物でも、所有者に多大な恩恵が有る。
その者等は勇者や聖女として世界各地で敬われ持て囃されている。その女神の加護をテスは6つも持って居ると言うのだ。
それがどれ程に世界に影響を与える事なのか、ジーナはそれを考えただけで頭が痛くなる思いだった。
「…… まったく、教会の怠慢さも度が過ぎるな……」
稀代の英雄に成れたであろう彼女を、13年間もの間幽閉していたのだ。その罪深さが分かると言うもの。
「でも先程のジーナさんは本当にカッコ良かったです」
何ともキラキラした目でそう言うテス、彼女は剣術に興味があるのかも知れない。
「テスは剣術に興味があるのか?」
「はい。塔の窓から見える訓練場で、毎日の様に騎士様が訓練されて居る所を見ておりました」
「そうなのか、ならば次の宿場に着いた時に剣の持ち方などを教えてやろう」
「うわ〜、それは楽しみです!」
本来のテスは天真爛漫で活発的な娘だったのかも知れない。13年にも及ぶ幽閉は、彼女からその全てを奪ってしまった。
ジーナはその事を考えると何とも切ない気持ちになった。
「…… これから色々と取り戻していこう。なあ、テスよ」
「? はい。」
キョトンと返事を返すテス。そんな彼女達を乗せた馬車は街道を進んで行った。
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