46話 テスの冒険3
馬車の御者はジーナが務め、テスは彼女の隣で景色を見ながらはしゃいでいる。荷台にはダハラが1人、本を読みながら揺られている。
荷台には着替えに少しの食料、弓矢などの武器も積まれている。
聖王国の隠し球、言霊の巫女の隠れ旅に護衛が2人だけと云うのも少なく思えるが、聖王国でNo.2と3による少数精鋭での警護だ。
並の盗賊はおろか、一個大隊を相手にしても引けを取らないレベルだろう。それに人数を引き連れて居れば悪目立ちする事もある。少数精鋭の方が動き易く守り易いのだ。
「ジーナさんアレは何ですか? うわ〜なにかが回っているぅ!」
本当に13年間も幽閉されてたの? と思える程に元気にはしゃぐテス。
「あれは風車と云ってな、風の力でブレードを回して穀物などの製粉をする場所だ」
「製粉?」
「小麦などを粉にする事さ。テスもパンを食べていただろ? そのパンは小麦粉から出来ているんだ」
テスがする質問に彼女でも分かる様に丁寧に教えるジーナ。
「あのグルグルでパンが出来る!?」
「もちろん他にも材料が必要だぞ。私はそっち方面は疎いのでな、詳しくは話してやれんが……」
小さい頃より強くなる事ばかり考えていたジーナ、そのため家庭的な事に疎いのだ。
小国で国土も狭い聖王国、夕暮れ近くには国境の町ブリスターが彼女達の視界に見えてくる。
町は教会がデデンと町の中央にあり、その周りを商店や民家が取り囲む宗教国家らしい作り。
町には簡単な食堂はあるが酒場は無い。酒を不純とする教会の教えのため、その関係の商業はこの国では難しい。
まあその分裏稼業の稼ぎ頭になっているのだが、教会はその事実を黙認している。
たとえ宗教国家でも人が運営する限りは腐敗は付きもの、それが世の常と云うものだ。
「今日はここの宿で一泊して行こうか」
「はい」
「ダハラ殿もそれでよろしいか?」
「ああ、それで構わない」
そして宿の予約を取った後、3人が向かったのは小さな食堂。豆と肉の煮込みが美味しいと有名な店だ。
「美味しい!」
「うむ、評判通りの味だな」
「…… モグモグ…… 」
評判通りの美味しい煮込みだった。三者三様に満足したようで、膨れた腹に満足しながら宿屋に向かう3人。
そんな彼女達を終始観察する視線があった事にジーナは気付いていた。食事中から続いていたその視線は、店を出てからも続いている。
彼女達が女3人組と見て、絶好のカモと思ったのだろう。
聖王国からの旅人は、比較的に裕福な国という事で国外では狙われ易い。そのため冒険者や傭兵などをボディガードとして雇う。
それがたった3人の、それも女だけの旅人だ。襲ってくれと言っている様なもの。
「…… (野盗か人攫いの類いか、町の中では襲われまいが…… 明日は要警戒だな)
この者等を始末する事は容易い。だがその場面をテスに見せる事はなるべくなら避けたい。
彼女は長年の軟禁生活から抜け出したばかりで、争い事などの免疫は皆無だ。
ジーナとしては少しずつ外の世界に慣れていって欲しいのだが、世の中はそんなに甘くは無い様だ。
(ならばテスの視界に入らない様に対処すればいいだけの話か)
予想通り町に居る間は仕掛けて来る様子は無い。襲撃は国境を超えた先に有る岩陰の多い峠道付近だろう。
ならば警戒は不要と明日に備えてガッツリ睡眠をとるジーナ。冒険者時代の様々な経験で鍛えられた彼女の洞察力は伊達ではないのだ。
そして彼女の予想通り夜中の襲撃は無かった。
「ふあぁ〜〜ああ……」
「なんだテス眠れなかったのか?」
どうやら彼女は枕が変わると寝れない体質の人の様だ。
「…… まったく何で私が…… 」
ダハラの方は汚く軋むベッドが気に入らなかった様で、ブチブチと文句を言っている。
「国境の町とはいえ田舎の宿屋のベッドなぞみな同じ様なもの。今からその様では先が思いやられますな、ダハラ殿」
「フン……」
ジーナの嫌味にそっぽを向いて階段を降りていくダハラ。どうやらやはりこの2人は犬猿の仲の様だ。
そして昨晩に美味しい煮込み料理を食べた食堂で、朝食を食べながらこれからのミーティングを始める。
「ーーここを出たなら峠を越え、隣国アニスタ王国に入る。その後は海沿いの街道からアーリアナ王国を目指す。これで良いのだなテス?」
「はい、私の未来の旦那様はアーリアナ王国に居ります」
テスが何とも慈愛に満ちた笑顔で断言する。彼女の言を取って、彼女達の行先はアーリアナ王国に決まっている。
「旦那様ねぇ……」
ジーナもテスの言う事に嘘が無いと分かっていても、胸の奥の突っ掛かりが取れない様なモヤモヤ感が拭えない。
「はい。旦那様は私を待っております。早くお会いしたい…… そして2人で子を成すのです」
何とも言えない華やかな慈愛に満ちた笑顔でそう言うテス。
「ふ、不敬だ! そ、その様な事を……」
テスの言葉に突然に声を荒らげるダハラ。教会からは巫女の貞躁を守れとも言われているが、彼女の慌て様はそれだけでは無さそうだ。
「なんだダハラ殿は房事の経験は無いのか?」
「そ、そ、その様な事、あ、あるわけ無かろう!」
根が真面目で宗教深いダハラは、若い頃から神殿騎士になる為の努力しかして来なかった。
ダハラも22歳だ、決してそうゆう事に興味が無い訳では無い。ただその相手と機会が無かっただけと言い訳をしているのが実情なのだ。
「そうかダハラ殿は処女なのか、そうか、そうか……」
「あわわわ…… そ、その様な事を大きな声で……」
顔を真っ赤にして俯いてしまったダハラを他所に、朝から煮込み料理を美味しそうに食べるテス。
「フフッ、テスはマイペースだな。まあそれが其方の魅力でも有るのだろうな」
そんなこんなで朝食とミーティングを終えた彼女達が出立の準備を始める。昨晩あった視線は今日も感じられているが、まあ見張り程度の輩だろう。さして気にする事も無い。
予定通り出立した3人は昼前には例の峠道へと差し掛かっていた。ジーナは御者台に座りながら注意深く辺りを伺う。
テスは昨晩眠れなかった影響か、都合良く荷台で寝入っている。荷台にはダハラも乗っている為、心配はないと思われる。
彼女達が峠の中程、岩が道を狭める絶好の襲撃ポイントに差し掛かった時、岩山には不釣り合いな丸太が道を塞ぐ。
そして予想通りに20人程の盗賊が、馬車を囲む様に姿を表したのだ。
「ど、どうしたの!?」
突然の馬車の停止に驚いたダハラが、荷台から御者台に頭を出してジーナに確かめる。
「盗賊の襲撃だ、テスの事は頼んだぞ」
そう言うと腰に吊るした剣ファルサ.コブレを抜くジーナ。
「ジェイコブの話しだと上玉揃いだそうだぜ」
「へへへへっ、久しぶりの女だ!」
「ああ、俺たちで楽しんだ後は売り払って酒代だ!」
盗賊共が久しぶりの獲物に歓喜の声を上げる中、御者台に静かに立ち上がるとジーナは、盗賊達に向けて殺気を放つ。
一瞬で場の雰囲気が変わる。まるでドラゴンにでも睨まれたかの様に動けなくなってしまった盗賊達。
そんな彼等に向けて最初で最後の慈悲を与える事にしたジーナがその口を開いた。
「我は銀装の魔剣士ジーナ.アインザック。
命が欲しい者は失せよ。逆に命が要らぬ者はかかって来い、この私が冥土への引導を渡してやろう」




