40話 神アレス2
よろしくお願いします
冒険者にとって相手との力量差を図る力は、生死に繋がる重要なポテンシャルだ。この能力の有無如何で生死の境が大きく異なる。
方や相手の力が分かり過ぎる故に慎重で、怯えて動く事が出来ないAランカー。
方や相手の力量を測る術に乏しく、運と実力だけで上がって来た勇ましいBランカー。
本当の強者を前に生き残れるのはどちらなのか、
それは彼等が相対した相手如何としか言いようがない。
彼等にとって運が良かった事は、少年にしか見えない強者が、彼等に危害を加える気が無いという事だろう。
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「さあ覚悟しろよ。何者かは知らんが、冴えない黒髪のクソガキと優男なんざ俺が成敗してやるぜ!」
相棒のジェムに、フィジカルアップの補助魔法を掛けてもらい、パワーアップの自身のスキルを使ったボトムスが、ジリジリとにじり寄って来る。
彼が一気に来ないのは相棒の魔法詠唱を待っているからだ。ジェムが唱えているのは中級魔法のファイアアロー、詠唱時間は6秒程か。
ボトムスは相棒の詠唱が終わるタイミングを見計らっているのだ。長年2人だけでやって来たコンビネーションは伊達では無い。
「…… 僕としては話し合いで済ませたかったけど、仕方ないかな」
まさか冒険者がこんなぶっきらぼうで、話の通じない相手とは思わなかった。ただの話し合いをしたかっただけなのだが、こうなってしまっては仕方ない。
僕は手に氷結の煌玉を持つと、彼等の足を凍らせようと彼等に拳を向ける。
もちろん殺すつもりは無い、動きを封じるだけだ。
「国幽斎様、ここは私にお任せください」
だが僕の背後に立って居たアレスが突然、一歩前に出てそう言った。そんな彼の顔は何故か怒りに震えている。
「アレス?」
「…… この者は2度に渡り国幽斎様を侮辱しました。決して許される事ではありません」
どうやらアレスは、僕がクソガキと呼ばれた事に酷く腹を立てている様子。そして睨むだけでも人を殺せそうな眼光をボトムスに向けている。
「ヒッ…… 」
アレスに殺気混じりの眼光で睨まれたボトムスの歩みが止まる。ここに来てやっと相対している者の脅威が理解出来た様だ。
アレスとボトムスの力量差は、例えるならばドラゴンとアリ。どう転んでも彼には勝目はないだろう。
「…… (さてどうしようか、このままほって置いたら皆殺ししそうな雰囲気だね…… )
「この者達の相手、宜しいですね」
「…… 分かった、アレス君に任せよう。だが後で話しがしたいから殺さない様にね」
「…… 了解です」
ここでダメだと言うと彼のプライドを傷付ける事になる。だからせめて、殺さない様に彼等の相手をしてもらおう。
ゆらりとボトムスの元に歩み寄るアレス、その素振りにはまるで警戒の色がない。そんなアレスに相対して全く動けなくなってしまったボトムス。完全に蛇に睨まれた蛙状態だ。
「……ハァ……ハァ…… 」
一歩ごとに増す押し潰かの様な凄まじい重圧に、一歩も動く事が出来ないボトムス。それと共に押し潰されそうな程の重圧に、呼吸が激しくなっていく。
全身に滴る汗の量が尋常じゃない、俺は何を相手にしているんだと自問してもその答えは見つからない。
「…… ど、どうしたんだボトムス!? お前らしくもない」
突然動かなくなってしまった相棒に、珍しく声を出して発破をかけるジェム。
(この人喋れたんだね)
だが珍しい相棒の発破にもボトムスには動く気配がない。
アレスが殺気で縛り付けているのはボトムス1人だけ、あとの者達にはその必要が無いため、警戒する素振りも見せない。
周りの冒険者達も動く事も逃げる事も出来ず、この成り行きを見守っている。
ゆっくりな歩みだったがアレスが、ボトムスの1メートル手前まで迫る。それは彼の攻撃の射程を優に超える距離、既に死線は超えている。
「ボトムス!」
詠唱も終わりタイミングを伺っていたジェムがファイアアローをアレスに放つ。
「……ハァ…ハァ、ち、ちきしょうぉぉ!!」
相棒の援護に背を押されたボトムスが大金槌を振り上げる。
魔法が当たるタイミングでハンマーの追撃が来る。長年のコンビネーションから成るタイミングはバッチリだった。
だが彼等の攻撃がアレスに当たる事は無かった。
ジェムの放ったファイアアローは、其方を見すらせずにアレスが翳した手の平に吸い込まれた。そしてボトムスのハンマーは彼の人差し指一本で止められたからだ。
「…… なっ!……バ、バカな…… ストーンゴーレムを一撃で屠る俺のハンマーを…… 」
ボトムスの顔が驚愕に歪む。ボトムスのハンマーは別名"ブースト.ハンマー''という、ブーストの魔法の付与が付いたレア武器だ。
"剛力''というパワーアップのスキル持ちで力自慢の彼は、ダンジョンで手に入れたこのブーストハンマーただ一本でここまで登り詰めて来た。
今まで彼のパワーとこのハンマーで砕けぬ物は無かった自慢の武器だ。だがなんて事か、その自慢のハンマーが一見優男に見えるこの男に、指一本で止められてしまったのだ。
「ほう、この金槌がお前の自慢か、ならばこの金槌だけで今回は見逃してやろう」
アレスは人差し指一本で止めた大金槌を、そのまま指の先から噴出させた闇で消滅させた。
「なっ……」
ボトムスが柄の中ばから無くなったハンマーを呆然自失といった様子で見ている。
まるでナイフでスッパリと切られた様な綺麗な切り口。その些細に思える状態に、改めて相手との力量差を感じたボトムス。
「3度目はない。その旨、貴様の心にしかと焼き付けておくことだ。」
次はないぞと脅しも忘れないアレス。次に僕をバカにしたら本当に次は無いだろう。ボトムスもうんうんと首を縦に振っている。どうやら彼にもう戦意は無さそうだ。
しかし、アレスがこんなに好戦的に変わるなんて予想外だったよ。きっと生まれ変わった事で、彼の中で僕の存在が1番に価値観が変わってしまったのだと思う。
きっとその内に、アレスの中で以前の彼とのズレが直れば、自ずと元のアレスに戻ると思う。
戻るよね? そう思いたい。
ありがとうございます。




