35話 ネクロマンサー6
よろしくお願いします
「…… イルザ…… 」
いま小屋は領主の兵士達に囲まれている。それを召喚した骸骨兵で凌いでいるのが現状。
イルザが消滅しても彼女達の中に誰一人として泣く者は居なかった。それは決して悲しく無かったからではない。
彼女達は涙が出ないと言う事もあるが何より、イルザの最後の言葉、「マスターをお願い」が彼女達に今やるべき事を示していたからだ。
「レイラ出るよ!」
いつもは天真爛漫なマーロが険しい顔付きで外を睨み付ける。その手には兵士から奪い取った槍が握られている。
「任せるニャン!」
レイラも爪を伸ばして臨戦体制をとる。イルザの仇を取る気満々な様子。
「2人共気をつけてね……」
「マスターは任せる」
「行ってくるニャン!」
スーザンは私の護衛そして見張りとして小屋に残る様だ。
「な、何を? お前たち……」
私の意思などお構い無しに行動する彼女達。
マーロとイルザの2人が無言のままに小屋を出て行く。その背姿からは私を守るとの強い意思が伝わってくる。
「私達は家族だよ、もう絶対に誰も死なせなんてしない!」
スーザンの強い思い。本当は自分も彼女達と共に戦いたい、家族を守りたい。
だが彼女には私を守るという使命がある。どうやら彼女達の中でスーザンの役割は事前に決まっていた様だ。
彼女達は自分達にとって1番の使命を、生きる目的『私を守る』をスーザンに託したのだ。
彼女達の強い思いが伝わってくる。ならば私も彼女達を信じて彼女達の戦いを見守ろう。
それが今の私に出来る全てだ。
それから3日3晩彼女達は代わる代わる戦い続けた。たとえ目が潰れようと、腕が斬り飛ばされ様とも彼女達は戦い続けた。
そんな彼女達に私が出来る事は、気休めにしかならない治療と声をかけてやる事それだけだった。
4日目の朝、レイラが幾人かの光魔法師を道連れにその命を散らした。
「…… マスターに出会えて…… よかった……ニャン……」
彼女は最後の最後まで私の為に勇敢に戦ってくれた。
だがレイラの犠牲で突破口が見えたかに思えた戦いも、助っ人の魔道士の登場で暗転する。
5日目の夜中、マーロが魔道士の火炎魔法によって焼き殺された。
「ま、マスター…… 大好き……だよ……」
火炎に焼かれ、死の間際に魔道士の片腕を斬り落としていった彼女。天真爛漫で負けず嫌いの彼女だしい最後だった。
それまでの魔道士の活躍で骸骨兵は壊滅し、私にはもう召喚する力は残されていない。
私自身も、もはや立つ事すら出来ない有様だ。
「…… こ、こんな時に恨めしい体だ……」
私達の中で戦えるのはスーザンただ1人だけ。生前の彼女に護身術として剣を教えた事がある。スーザンには私なんかより剣の才能があった。
彼女にその記憶が残っていたのか分からない、だが彼女は剣を握り戦い続けていた。
私を守るために彼女は戦い続けたのだ。
そんな彼女の最後は、接近戦は危険だと後方に引いた討伐軍による弓矢の一斉掃射。
私のいる小屋の入り口を守る様に立ち塞がる彼女の全身を、聖水で清めた矢に貫かれるという壮絶なものだった。
最後の最後に彼女が残した言葉「…… アレス…… 」が今でも私の心を締め付ける。彼女達の死で私の全ては虚無と化した。この世に生きていても何の意味も成さない。
後は自身がすべき事を全うするだけだ。大人しく捕まり彼等に身を預ければ、後は彼等が成してくれるだろう。
ネクロマンサーの秘術、100の魂と死を超越した痛み。100の魂は彼女達が用意してくれた。後は彼等がそれを成してくれる。
それから領主軍に捕まった私は一月の間生き続けた。
そのほとんどの日々が拷問に費やされた。
だがこの事実は、もって半月の命と予想していた私を大いに喜ばせた。
何故なら死を超えそれを願う程の痛みは、私に新たな力を授けてくれるからだ。
際限のない苦痛と憎悪は新たな私への貢物。
私は100の魂と死を超越した痛みを糧に、全てを穢す漆黒の闇となる。そしてこの世に、死と呪いを媒介する超越者として生まれ変わったのだ。
ーーーーー
アレスと名乗る壮年の男は、これまでの自身の人生を語ってくれた。
いや彼のこれ迄の生き様がまるで追体験の映像の様に、その記憶が僕の頭の中に直接流れ混んで来るのだ。
決して嘘や偽りの話ではない。彼の真実を僕は見聞きし、追体験したのだ。その余りにも壮絶な彼の生涯に、僕は返す言葉が思い浮かばない。
「ハハハッ、慰めの言葉は要らないよ」
彼が何故自身の事を僕に話し見せたのか、その意図は分からない。だが彼があのネクロマンサーだという事だけは分かった。
「…… 草原のネクロマンサー、その人が何故に僕の前に現れたのか、僕に貴方の過去の話をして何の意味があるのか、その理由が分かれば幸いです…… 」
そう言いつつも腕に着けてあるセプテム.アイに手が伸びるのは無理からぬ事だろう。
そんな警戒混じりの僕なぞ気にする様子もないアレスは、カップに注がれたお茶を飲み干すと徐に口を開いた。
「…… この力を手に入れて分かった事がある。私の力では魂を修復する事は不可能。今の私では能力が足りていないのだ……」
「…… 」
魂の再生は魔導書にも載っていた。だがその事を彼に伝える気はない。
「それに私は正直後悔しているんだ。このリッチの姿には何の救いも無い」
あの時、彼女達と共に終われなかった自分。そんな自分に彼は後悔していた。
「君の事は"死招草''を伝って分かっていた。
君が異世界から来た事も、私と同じ脅威の力を有した闇の住人だという事も知っている」
どうやらあの草原には、至る所に死招草という探知機の役割をする草が生えている様で、その死招草を媒介して僕を見て居た様だ。
(なるほど、通りで僕の事を知っている訳だ……
だけど僕が闇の住人とはどうゆう事だ?
僕はただのモブだというのに……)
彼の落ち着いた雰囲気に僕の警戒心も緩んでしまう。だが次の彼の言葉で僕の中の心の緩みが引き締まる。
「気付いていない様だから教えてあげるよ。君が使っている力は闇由来の物、それを扱う君自身も闇の権化と化している」
「…… ぼ、僕自身が…… 」
言われてみれば思い当たる節はある。
この最近の魔導書漬けの日々で麻痺していたが、普通ではあり得ない日常を僕はあたかも当然の様に受け入れていた。
魔導書を当たり前の様に開き、魔導具を当たり前の様に扱う。大量の魔物を生贄として殺害する。これがどれだけ普通と掛け離れた事なのか、そんな事すら考えもしなかった。
それがこの世界に渡った事で、封印が外れ加速している。
「…… 君はまだ深淵の入り口に立ったに過ぎない、私が君を更なる深みに導いてあげよう。そしてこの世を漆黒へと染め上げて全てを無に還すのだ」
そう言うや否や今まであった小屋が消失し、アレスは漆黒のボロ布を纏った骸骨へと姿を変えたのだ。
姿を変えた彼は10メートルほど上空に舞い上がると、両の手から暗黒の波流を解き放つ。アレスが放った闇が辺りを包み込み、一面を漆黒の世界へと変えて行く。
「クッ!」
僕は咄嗟に手にしていた極光の煌玉の力を自身の周りに展開した。極光の煌玉は7つある煌玉の中で唯一の守りの煌玉。
極光の煌玉がドーム型の結果に変わると、天使の言語と云われるエノク文字の文字列がドームの表面に現れる。
そしてそのエノク語の文字列が、僕を護る様に輝きを放ちながら回り出したのだ。
"リフューズド.ダークネス''の結界は、闇属性の力を完全に拒絶する対闇特化の結界だ。闇だけでなく、他の属性にも防御能力は有る。
因みに魔法とは違う別体系の力だ。
展開時間は一度の展開で5分、3度使えるから合わせて15分と短いが、次の布石への繋ぎにはなるだろう。
『フッフフフ、素晴らしい力だ。私は君のその力を取り込んで、更なる高みへと昇華し、全ての痛みを無くした虚無の世界を創るのだ!』
ありがとうございます。




