32話 ネクロマンサー3
よろしくお願いします
それから故郷に帰る間にもう2人の蘇生を試みた。私が蘇生させたのはレイラという獣人の娘に、イルザというハーフエルフの娘だ。
レイラは奴隷狩りに故郷を焼かれ、命からがら逃げ延びた地で騙され、貴族に捕まり、生きたままに皮を剥がされて無惨に死んだ獣人族の娘。
イルザはエルフの奴隷の子供で、幼い頃より動物以下の生き方を強いられ、仕舞いには闇の娼館で拷問の末に殺された哀れな娘だ。
双方共に輪廻の輪に戻る事も出来ず、暗闇を彷徨っていた。
それを哀れに感じた私は、エゴかも知れないが彼女達を蘇らせた。どうしてもほって置けなかった。
魂には波長の様なものがあり、その波長が私と合った事も彼女達を蘇らせた一因だ。
「マスターはウチの大切な家族にゃん!」
「永遠の忠誠をマスターに誓います……」
無論、彼女達には蘇らせる前に了承を取ってある。蘇生には彼女達の意思も尊重したいからだ。
都合の良い事なのか、死んでから間が経っていた彼女達は生前の記憶を無くしており、生前の性格だけが残っていた。
名前は私が付けたものだが、彼女達も気に入ってくれた様だ。せめて辛い記憶に苛まれる事が無いのなら良かったと思いたい。
私との強い繋がりが出来た3人の娘は実の姉妹の様に仲良く、生前の不幸なぞ無かったかの様に明るく楽しく過ごしていた。
故郷迄の道程も彼女達と共なら苦にはならない、久しぶりに笑顔に満ちた毎日だった。
彼女達は戦闘能力も高く、アルカポに行く前に雇った傭兵達全員より彼女達3人の方が強い。そのため帰路は比較的安全に短時間で戻れたのだ。
だが正直、彼女達にはもう争い事に関わってほしくは無い。私の故郷に戻った暁月には、彼女達と共に争い事から離れた生活をしたいと思う。
蘇生を受けた彼女達に次は無い。もし何らかの事情で彼女達が死んだとしても、2度と蘇がえらせる事は出来ない。
2度目の死は魂の消失を意味する。魂が壊れてしまい私では感知出来なくなってしまうのだ。
そして輪廻の輪に戻る事も出来ない。その事も彼女達には話してある。
それでも彼女達は蘇生を了承し、私に付いて来てくれた。今度こそは守ってみせると私は密かに誓った。
そんな私達の視界に記憶に残る景色が見えて来る。
今は無きパール王国の残存。帝国に踏み躙られてかつての輝きは無いが、懐かしい景色は忘れない。
故郷に戻るのに1年の歳月が過ぎ、スーザンを蘇らせると誓ってから合わせて12年の歳月が過ぎていた。
私の生まれ育ったゼフラの町……
今は所々に家屋の瓦礫があり、当時の面影を残すだけの廃棄と化している。
「……」
町の廃棄には、病で行き場の無い者達が見捨てられた犬猫の様に体を寄せあい、静かに暮らしていた。
ただただ、死を待つだけの人々……
変わってしまった。あの頃とは全く違う、全てが変わってしまった私の故郷。
「…… 大丈夫だよ、私達はいつでも側に居るからね」
「マスターにはウチらが付いてるニャン!」
「いつでもお呼び下さい。マスターの為ならどんな事でも!」
故郷の有様に落ち込んでいた私を彼女達が励ましてくれる。
彼女達にはスーザンの事は話してある。彼女が私にとってどれ程に大切か、どれ程に彼女に会いたいのか、その私の心情を話してある。
それでも彼女達は私の側に居てくれると言う。そんな彼女達の新たな家族を蘇らせるため、私はあの場所に向かうのだ。
私は記憶を頼りに、スーザンが吊るされていた家屋の瓦礫の前に立っている。
幾つかの魂が彷徨う中に彼女のそれは有った。
12年の歳月は彼女から人間の知性を奪い、ただ世に恨みを募らせるだけの想念体へと変わらせていた。
それでも私にはその魂が彼女の物だという事が分かった。決して忘れる事のない彼女の面影を感じ取ったのだ。
私は時空の棺から彼女の遺体を取り出すと、死者の蘇生と肉体の再生を試みた。
死んで腐りかけていた肉体が再生されて行き、透き通る絹の様な肌へと変わって行く。
胸が高鳴る。期待で息が詰まりそうだ。
彼女に記憶は残っているだろうか?
私の事を覚えていてくれただろうか?
昔の様にアレフとまた呼んでくれるだろうか?
様々な思いが交錯する中、遂に私は再び彼女と出会う事が出来た。
だがそんな私の期待とは裏腹に、蘇ったスーザンに記憶は残っていなかったのだ……
「…… おかえりスーザン……」
「……?……」
「とても…… とても君に会いたかったんだ…… 」
「…… あ… う…… あうう? 」
まるで生まれたての雛鳥の様に無垢な彼女。
私の事も形式上の主人としか認識していない様子。
「…… スー…… 」
彼女からは個性も感情も、自我ですら感じられない。彼女が死んでからの年月が経ち過ぎた結果、完全に自我を喪失してしまった様だ。
魂はとてもデリケートだ。マーロやレイラ、イルザは死んでから5年以内での復活だった。
そのためレイラとイルザに至っては、生前の記憶は無くとも自我や個性などの性格は残っていた。
だがスーザンの魂には自我も個性も残っておらず、ただの想念体と化していたのだ。
あのままあの場所に留まっていたならば、他の魂達と融合してレギオン化(多重憑魂)していただろう。
因みにレギオンとは複数体の魂が一つになり、怨みや怒りなどの想念に支配され、生者を狂い死なす叫びを上げながら飛び回る死霊の一種だ。
大虐殺などがあった廃墟や、冒険者がよく死ぬ迷宮などで生まれ易い。
こうなってしまうと分離は不可能で、誰かに討伐されるか、更に強力な魔物の餌として取り込まれるかの運命しかない。
きっと魂のメモリーの限界は、肉体などの器が無ければ5年程で潰えてしまうのだろう……
アルカポの死霊共もそうだった、古く死んでから時間が経った者ほど自我を無くし、強く厄介な魔物と化していた。
それとも、私にまだそれだけの力が無いだけなのか……
「…… 」
私の頭の中で走馬灯の様に、彼女と過ごした日々の記憶が流れて行く。
もう彼女の中には私は居ないという現実が、ここまで張り詰めて来た私の心をうち砕くだいた。
「…… 遅かった…… 遅過ぎたのだ…… 」
キョトンとした目で私を見つめるスーザンの姿が、尚更に私の心を締め付ける。
もう2度と以前の彼女には会えないという事実。もはや絶望感だけが頭の中を支配していた。
だがそんな打ちしがれていた私を救ってくれたのは彼女達、新しく出来た家族だった。
「泣かないでマスター、私達は何処にも行かないよ」
「マスターにはウチ等が付いてるニャン!」
「マスターを支えて見せます、私達の全てで……」
強く繋がっているからこそ分かる、嘘偽り無い彼女達の気持ち。
「…… お、お前達……」
3人が私に抱き付いて来た。体温は無いが彼女達の心の暖かい温もりが伝わって来る、彼女達の優しさが伝わって来る。
そしてマーロがスーザンの手を取り私達の輪に導き入れる。
「記憶が無いなら私達で作ってあげればいい」
「ニャヒヒヒヒッ、そうニャン。スーザンはもうウチ等の家族ニャン!」
「私達4人でマスターを支えるのです!」
記憶が無いなら作ればいいと彼女達は言う。
確かにその通りかも知れない、記憶が無いのなら私達で作って行けば良いのだ。楽しく、暖かな家族としての記憶を。
「…… そうだね私達で作って行こう、楽しく暖かな思い出を」
「うん、任せて!」
「はいニャン!」
「はい、頑張りましょう!」
私は1人輪の中でキョトンとしているスーザンに手を伸ばす。
「おいでスーザン、君と私達4人で一つの家族だ。私達5人で家族としての思い出を作っていこう」
「…… あ……うう……」
スーザンの意思の無い虚無な瞳に、一瞬だが光が戻った様な気がするのは気のせいだろうか。
そして何が起きているのか理解出来ていない彼女を加えての、私達の新天地を目指した旅が始まったのだ。
ありがとうございます。




