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死霊組成  作者: ボナンザ
29/80

29話 魔導書の力

よろしくお願いします





アーリアナ王国の西、そこにアラベスタ領がある。


この領はラウム神聖帝国との国境を挟む防衛に重要な地で、その領都である城塞都市バウムドーセンは、高さ12メートル、厚さ3メートルの城壁に覆われた、難攻不落の都市として対帝国戦の要の都市でもある。


そしてこの地を治める領主ブルナン.アーグリア.ゴーン.シルベスタ侯爵は、現国王の伯父にあたる人物で、"百激の将''の異名を持つ大将軍でもある。


肩まである荒々しい黒髪に、髭のある鬼神の如く厳つい顔面は見る者を畏怖させる。


彼の異名の由来は、百の斬撃を自在に操ると言われる''鬼神裂波(キシンレッパ)''というスキルの持ち主という事もあるが、百戦無敗という驚異的な戦績がその1番の要因だろう。


だがそんな彼も齢75歳の老身だ。既に隠居して居てもおかしくは無い年齢。いや他の貴族ならば既に隠居し後継に全てを任せているそんな年齢。



しかし彼には、この歳になってもまだ退くに退けない理由があった。


王国はいま帝国との戦中、そしてアラベスタ領はその最前線。なのだが、その戦績がまったく好ましく無い。


連敗を続ける王国軍は大きく後退し、彼がかつて現役時に帝国より切り取った領地まで奪われる始末。


今は帝国内の事情かは分からないが、何故か戦線が停止ている状態だ。だからこの間に前線を押し上げたい。


だがその為の戦力が乏しく、それ等を率いる将の質がそれ以上に劣るのだ。



自身が前線から退いで15年、"百激の将''がもたらせた平和が王国の兵の実力を下げる要因となってしまった……


だが彼も後進の育成を怠った訳ではない。彼が育てた優秀な部下も、その上に立つ将が愚かではその力を発揮する事は出来ない。


先の帝国との争いで数々の武功を上げたブルナン侯爵。その力を恐れた王国上層部は、優秀だった彼の部下を官職に回し、彼の弱体化を図ったのだ。


その結果が帝国戦による連戦連敗の報……



「…… 前線の数キロに渡る後退に、最高指揮官バハロック殿の戦死…… 稀に見ぬ無様な負けっぷりだな…… 」


そしてブルナン侯爵は自身の前で平伏す自身の息子アーバレスを睨み付ける。



「それで貴様は、兵を残して逃げ帰って来たと言う訳か…… 」


アーバレスは戦場にアラベスタの領軍1万5千を置き去りに1人逃げ帰っている。1万5千の兵の内、生きて戻って来たのは8千程、精鋭揃いのアラベスタ領兵でなければこの半分も生き残れなかっただろう。


もはや殺気にも近いブルナンの睨みに、顔面を蒼白にして震え出すアーバレス。そして兵を残し大将だけが逃げ帰った事の言い訳をはじめる。



「……ぜ、前線は崩壊し、わ、私を逃すために兵が身代わりを…… 」


「将という存在はどんな事があろうとも、兵より先に戦場から退いてはならぬ。貴様にはそう教えたはずだが…… 」


「…… し、しかし父上……」


「黙れ。これ以上無駄な口を開くな」


「ヒッ…… 」


ブルナンのその一言に身体を縮こませ震え上がるアーバレス。そんな今にも泣き出しそうな息子の所作にブルナンも溜息しか出ない。



「屈強な兵を育てるのには時間と手間がかかる。しかしお前の代わりならどうとでも成る。この意味が分かるか?」


もういいとばかりに手で出て行けとジェスチャーをすると、アーバレスは逃げる様に執務室から出て行った。



「…… 彼奴は駄目だ、使い物にならぬ」


長男のアーバレスは彼が48歳の時の子供だ。病で亡くした前妻は子供が出来ない体質だった。それでも妾を取る事もなく夫婦仲良く暮らしていた。


妻の死ぬ間際の言葉、「…… 貴方の子供を残して……それが王国のためだから……」その言葉に従い彼は後妻を受け入れたのだ。


生まれたアーバレスは後妻が猫可愛がりをし甘やかして育てた。そのため争い事には向かないもやしに育ってしまった。


戦場ばかり駆け回り、子育てを疎かにした付けが回って来たのだ。



「ジュリアよ、其方との間に子が出来ておれば……」


ブルナンにはもう1人娘がいる。齢19歳で名をナスターシャという。


父に似た粗髮と母親譲りの赤髪が合わさった、彼に似て非常に荒々しい性格の娘だ。


スキルも自身の持つ鬼神烈波よりは劣るが、鬼神吼舞(キシンクブ)という鬼神の名を冠するスキルの持ち主だ。



だが男尊女卑の風習が根強く残る王国では、幾ら争い事に長けていようとも騎士には成れない。


一時期はその現実に絶望し塞ぎ込んでいたが、今は確か冒険者をしており、S級の冒険者にまで上り詰めたと聞くが……



「あの娘が男だったならどんなに良かった事か、だが如何にもならぬ事もある…… 」


溜息と共に次の一手をどの様に打つか考えを巡らせるブルナン。そんな彼の脳裏に若かりし頃に出会ったマスター.メナスの姿が思い浮かぶ。


そのマスター.メナスは全盛期の彼の猛攻を唯一防ぎ切った男。その時は弱小国家の雇われ軍師に過ぎない存在だったが、知略策略だけで彼の猛攻を防ぎ切ったのだ。


まるで守り方の基本を彼の国に教えるかの様に手も足も出なかった。もしあの時のマスター.メナスとブルナンが直接戦っていたら、完膚なきまでに彼はは負けていただろう。


そう彼に確信させるだけの存在感があった。



「…… 魔導書『死霊組成』を持つ黒幽斎という男だったか、見たのは遠目からの一度だけ。だがその一見で我は、勝てぬと悟らされた……」


その存在だけで強者を退かせる。それがキングランクの魔導書と、その所有者。



「やはりマスター.メナスは何としてでも我が陣営に加えたい」



そんな彼の執務室に"トランスシースルーバード"が手紙を携え壁をすり抜けて飛んで来た。


"トランスシースルーバード"とは壁抜けの能力を生まれながらに持つ連絡用の白い小型の鳥だ。


ブルナンはトランスシースルーバードの足に付けられた小筒の魔封を解き中の密書を取り出す。



「…… ほう、3系統の上級魔法を使う魔道士とな」


ブルナンは自分の寄子や派閥の貴族、敵対勢力の領地に間者を送り込んでいる。その間者の者から大変に興味深い情報が送られて来たのだ。



「2匹の猫を連れた魔道士…… さて吉と出るか凶と出るか」


そしてブルナンは密書に一筆認めると、"トランスシースルーバード"の足の筒に魔封を施し解き放った。


壁を何も無いかの様にすり抜けて羽ばたいて行くトランスシースルーバード。



「グリズム」


「はっ……」


ブルナンの呼び声に応える様に、突然に空から姿を現したのは全身黒尽くめの黒人の大男。


上から下まで黒尽くめの大男の黒人の名はグリズム。"黒き隣人''の異名を持つ凄腕の暗殺者だ。


身長が2メートルに膝の辺りまである長い腕。

「いつの間にか隣に立っている」を体現する透明化の"インビジブル''と、音を出さない"サイレンス''のスキルを持ち、格闘技を納め技にしているのか異様に膨れ上がった拳タコが特徴だ。


彼は忍術なる異世界の技も使える。そしてそれまでの彼の生き様を語るかの様に深く黒い瞳は、一切の感情を感じさせない。正に生まれ付いての暗殺者。



「"猫連れの魔道士"を探れ。基本は懐柔だが、害あると判断した際は殺せ」


「はっ…… 」


短く一言だけ返事を返して再び姿を消したグリズム。


そんな彼に一瞥する事なくブルナンは、何事も無かったかの様にペンを取ると、書類仕事の続きを始めた。



ーーーーー



グラン領の領主ムーミム.デボン伯爵の屋敷から抜け出した僕は、魔導書の生贄を求めて森の中を彷徨い歩いていた。


魔導書の生贄の周期が短い。最近は魔導書由来の魔導具を使ったり、ゲートを異世界へ繋げるなど、魔導書の力を使い過ぎたせいだ。


そして都合良くと言っていいのか悪いのか、森の掃除屋と呼ばれるグリーンウルフの群れが僕の前に姿を現した。



『グルルルル……』


狼達は統率されており低い唸り声と共に、僕を囲うポジショニングをしてくる。だが僕に焦りは無かった。



「う〜ん手頃なゴブリンも居ないし、この狼達でいいかな…… 」


僕がアイテムボックスから魔導書『死霊組成』を取り出すと、それまで襲う気満々だった狼達の様子が一変した。


見えない何かを恐れる様に後退りする狼の群れ。

しまいには蛇に睨まれた蛙宜しく震えるだけで全く動かなくなってしまう狼達。


そして束縛から抜け出したリーダーが逃走を図ろうと踵を返した瞬間、魔導書が赤黒く脈打つ波動を放ち、一瞬で狼の群れを飲み込んでしまったのだ。



「…… 何度か見た事あるけどやっぱりエグイな……」


狼の群れは大小で20匹前後、こんなに大量の生贄は初めてだったので、度肝を抜かれたのは確かだ。20匹のグリーンウルフ、その全てを飲み込んで満足したのか、魔導書からの要求は無くなった。



「これで満足してくれてよかった……」



今回はやはり世界と世界を繋げるゲートを作った事で、魔導書もいつもよりお腹が空いた様だ。ゲートが不完全な物だった事もそれに拍車を掛けた一因だろう。



「…… さて町で分かれたニャトラン達と合流しなくちゃな」


魔導書の封印が解けた影響か、あれだけ大量に狼を生贄に捧げた事への罪悪感はない。



僕は"シグナル"という魔導具をアイテムボックスから取り出す。この"シグナル''は対となるもう一つの魔導具と魔導具の間に、一本の魔法の線が伸びる探索に適した魔導具だ。


ニャトランには事前に対となる魔導具を渡してある。これで後は魔導具の導きに沿って彼等を探すだけ。



「ニャトラン、あの後無事だったならいいのだけど……」


正直、あの貴族のオヤジともめるつもりは無かった。


だが成り行き上仕方がなかったのだ。誰だってあんなのを相手にすればブチ切れるに決まっている。


好き好んで子供オヤジの相手をする趣味は僕には無い。それでも短絡的だった事は否めない。


封建制だと思われるこの国で貴族と揉め事を起こしたのだ、今後この国での行動はし辛くなるだろう。



「まあ今はニャトラン達と合流する事を優先させよう」



ーーーーー



その頃、追い出される様に町を出ていたニャトランとタマさんは、彷徨い歩いた挙句にバットス平原に舞い戻っていた。



「酷い町にゃん…… 村長達が人の町には近くなと言っていた意味が分かりましたにゃん……」


この国で獣人は嫌われ者だ。かつて獣人の国とあった戦が関係しているのだが、ニャトランの故郷とは離れているため知る由はない。


そんなニャトラン達が逃げる様に彷徨った挙句が平原への再来だったのだ。



「にゃん? 何処かで見た事が有る景色にゃ……

まあどうでもいいですニャン」


基本猫頭のニャトランは記憶力に乏しい。そのため地理を覚える事が出来ないのだ……


そんなニャトランを呆れ顔で見るタマさん。

彼の「吾輩に着いて来れば間違いないにゃん」の言葉にまんまと騙されてしまった。


タマさんも彼を止めようといろいろするが、能天気なニャトランには全く通じない。止まらない。


まさかこんな事で巨大化する訳にもいかず、彼を守ために仕方なくその後を着いて行くタマさん。



そして彼等が辿り着いたのは草原の中央、色取り鮮やかな花が咲き乱れる小高い丘。その中央には誰が手入れをしているのか、綺麗な小屋が建っている。



「にゃ! ちょうど疲れたから、あの小屋で休むにゃん」


何の躊躇もなく小屋の中に入って行くニャトラン。だがタマさんは見た目は綺麗だが、この小屋から放たれている唯ならぬ気配を感じていた。


時刻は午前10時頃、夕焼けの時間まではまだ余裕がある、休むくらいなら問題ないだろう。



一抹の不安はあるがこのニャトランは放ってはおけない。


そして腹の子の父親を守る為にタマさんは、ニャトランを追う様に小屋の中に入って行った。






ありがとうございます。

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