28話 ある修道女の冒険
よろしくお願いします
「ーー で、巫女よ、女神様からの神託があったと聞くが?」
ラハブ.ラタークという狐の様な目をした枢機卿が、上から目線でテスに話しかけて来る。
権力欲が強く大司教の信頼も厚い。彼が実質教団を牛耳っている人物だ。そんな彼の態度からは、「この私に余分な手間を取らせおって」との感情が伝わって来る。
「言霊の巫女よ、お主自らが直接伝える程の神託が女神様からあったという事じゃな!?」
次に口を開いたのはユリアナ.タチアーナ.デバイン.ミンルーム.ライスムール女王閣下。表向きは教会と協力体制だが、基本教会をあまり良く思っていない人物だ。
教会にイニシアティブを取らせない様に、強引に話しに割り込む。枢機卿が睨み付けて来るがお構い無しだ。
そんな国内の情勢なぞどうでもいいテスは、どちらにも反応する事無く淡々と神託を話しきかせる。
『…… 草と闇に覆われし肥沃の土地、
かの地に森羅万象その全てを宿しし若き御子あり。
その者、世に救済と破滅を齎す者なり。
森羅万象の御子と言霊の巫女、
双星に生まれし神童はこの世に希望を齎す光なり。
解き放たれし言霊、
白銀と共にかの地を示せ。
それ無くして光は訪れず。
光途絶える時、この世は永遠の闇に閉ざされよう』
「「「…… 」」」
しばしの沈黙が場を支配する。そんな中で真っ先に口を開いたのは、普段はほとんど口を利かない大司教のダルロ.ド.バラ.3世だった。
「…… これは、誠に驚愕の内容じゃな…… 」
「森羅万象の御子とは?」
「存じませぬなぁ…… その様な者の話しは聞いた事もございませぬ」
「帝国の方に新たなマスター.メナスが現れたとも聞くが……」
「予言にはマスター.メナスの事は出ておらなかったぞ」
「…… その者と巫女との間に子をなせという事なのか?」
「闇に閉ざされるとは、何が起きるというのだ……」
「光の神童……ああ、なんて事だ…… 」
大司教の言葉を皮切りに各々がそれぞれの意見を交わすが、いまだに混乱明けやらぬ一同。
様々に意見が飛び交う場は、更なる混乱の渦に飲み込まれていった。
そんな彼等を無関心の眼差しで見ていたテス。
そのテスの死んだ魚の様だった瞳に、突如として決意の光が宿る。そして意を決した様に彼女は口を開いた。
「光の寵児、そして未来の旦那様を迎えるために、私は行きます」
自らの意思を取り戻した言霊の巫女の、まさかの言葉に場が静まり返る。まさか巫女自らが神託の人物を探しに行くと言い出すとは、誰もが予想だにしなかった展開だ。
だがそんな沈黙を破る様にある人物が反対の声をあげる。
「だ、ダメだ、ダメだ、ダメだ! そんな事は認めはせぬぞ!!」
反対の声を上げたのはラハブ枢機卿。誰よりも頭の回転が速い彼は、巫女が失われた際の教団の損失を瞬時に判断し、即座に反対の声を上げたのだ。
「なぜ止めるラハブ枢機卿殿、 神託でも巫女自らが出向くようにと出ていたではないか」
だがすかさず、ユリアナ女王がテスの援護に回る。教団にイニシアティブを取らせるつもりは無い。
「……うくっ、 そ、それは確かにそうだが、巫女の消失はこの国にとって計り知れない損害を齎す事になる。それだけは避けねばならぬ……」
巫女を失う事、それは教会の弱体化を意味する。
実質敵対関係と言っても過言ではない元女王の権力下で、それはどうしても避けたい事だ。
「損失…… それは教会にとってか? それともお主にとってか? 女神のメッセージを遂行する事こそ、女神の民の為に成るとは思わぬのか?」
「そ、それは……」
ここぞとばかりに教団を責め立てるユリアナ女王。
ユリアナ女王がテスを援護するには訳がある。教会と教団の力を少しでも削いでおきたいという事と、もう一つ理由がある。
それは長年の軟禁状態にあったテスを、気の毒に思っていたからだ。
正直彼女とは数える程しか会った事はない。だが彼女が軟禁されて13年、物を言わないテスが、死んだ魚の様な彼女の瞳が気になって仕方なかったのだ。
できる事なら救い出してやりたい。だがそれは立場上彼女には出来ない事だ。聖王国という国の事情上、表立って教会と事を構える事は避けたい。
だが今は違う、女神の神託という大義名分が出来た。この機会を期に彼女を救う為に動く事は、人道的と謳われ明君でもある彼女にとって至極当たり前の事。
自らを犠牲に神託を伝えるだけの存在だったテス。彼女をそんな立場から救い出してやりたい、今がその最大のチャンスなのだ。
「テスの言葉は女神の言葉、それは主も知っておろう。妾は何の躊躇もなく信じておるぞ」
ここぞとばかりに攻め立てる女王にラハブは珍しく余裕を失う。
「う、嘘だ! そ、そう、こんな神託なぞ巫女の嘘に決まっている。この様な神託、有ってなるものかぁ!」
そんな女王の攻めに躍起になったラハブは、自らの無茶苦茶な持論を展開し認めようとしない。
「ほうでは主は、女神の加護で嘘を付く事が出来ぬ巫女が、それに反して嘘を吐いたと吐かすのだな?」
「グッ! そ、その様な… 事は…… 」
女神に選ばれた巫女を否定する。ラハブの言葉は遠回しに女神をも否定していると同じこと。巫女を手放したく無いという一心が、彼の言葉を誤らせた様だ。
「だ、だがしかし!」
「よい。ラハブよ、もう止すのじゃ」
味方だと思っていた大司教からの突然のストップの声に、トーンダウン必至なラハブ枢機卿。
「だ、大司教…… 」
「女神の御言葉は教会にとって絶対の真理。この一件は我々の許容範囲を超えている。後は言霊の巫女に任せるのだ」
「クッ…… 」
教団の運営に優れたラハブを大司教のダルロも信頼していた。だからこそ彼に全てを任せていたのだ。だが女神を蔑ろにすると成ると話は違う。信仰熱いダルロだからこそ、その一線だけは許さなかった。
「よし、これで決まりじゃな。よもや反対の意見を述べる者はおるまい」
大司教と女王の言葉で場が収まった。それと共にテスの旅出が決まったのだ。枢機卿をはじめ、教団の関係者が集まり何かを話しているが、この決断が覆る事はないだろう。
「テスよ、妾から其方に渡したい物がある。旅支度が済んだなら王宮を訪ねよ」
そう言い残すと女王は笑顔と共に宰相達を引き連れて去って行った。
何を思うかテスは去って行く女王達を見送った後、教会関係者を一瞥だけすると、挨拶もせずに自身の暮らしていた言霊の部屋へ向かう。
そしてテスは、自身が13年の間暮らしていた言霊の部屋に着くと黙々と旅支度を始めた。
13年間この部屋で住み暮らしていたが、持って行く物は数着の修道服と、何度も読み返して古びた聖書だけ。それ等を頭陀袋に詰めて身支度は終了した。
テスは最後に自身が住み暮らしていた言霊の部屋の中を隅々まで見渡す。
「…… 」
決していい思い出は無かった。だけど此処での日々は彼女にとっての全てだった。その事だけは紛れも無い事実なのだ。
「ありがとう…… そして、さようなら」
もう2度とここには戻らない、その決意と共に彼女は言霊の部屋を後にした。そしてテスが向かったのは女王が待つ謁見の間。
テスは女王の前に跪くと深々と頭を下げる。
「よいテスよ、其方は女神に選ばれし巫女じゃ。妾は其方と対等に話したい」
そして女王はテスに多額の旅費と、彼女の護衛として側仕えの者を付けてくれた。
「その者は妾が最も信頼する近衛兵の者。其方の助けとなろう」
女王がテスの護衛として紹介したのはジーナ.アインザックという女騎士。銀装の魔剣士と呼ばれる近衛騎士団随一の魔剣術の使い手だ。
騎士伯出の彼女を近衛騎士にまで取り立ててくれたユリアナ女王に絶対の忠誠を持つ忠誠熱い人物。
それにジーナは自身が差別を受けていた経緯もあり、身分に構わず誰にでも対等に接する女傑でもある。
そんな彼女の気質は、長年の軟禁生活で失われた人との時間を取り戻すための手助けともなる。テスの護衛にはピッタリな人選といえるだろう。
「私は敬語を知らん。だからテス、お前も私を呼び捨てで呼んでくれ」
「は、はい。ジーナ様、よろしくお願いします」
「ふふっ、まだ固いが今はそれでいい。徐々に慣らしていこう」
「は、はい」
それと共にユリアナ女王は多額の資金援助も約束してくれた。
「この程度でいままで其方にして来た事の償いになるとは思わぬ。だがせめて、この旅路が其方にとって有意義な物であって欲しい。世を見るのだテス、そして己を高めよ。女神共々に其方の無事を祈っておるぞ」
こうして後に"明星の聖女''と呼ばれる1人の修道女の冒険の旅が始まった。
ありがとうございます。




