24話 貴族という生き物は……
よろしくお願いします
早朝から何とも気が進まない……
今僕は領主が用意した馬車で仕方なく領主の屋敷に向かっている。
領主が用意した馬車は昨日の物よりはまあまあ乗り心地が良かったと思う。まあそれでも誤差の範囲だが……
因みにニャトランとタマさんは置いて来た。
この国の住人は獣人に対して差別意識を持っている様で、連れて行っても間違いなくいい扱いはされないだろう。それは確信出来る。
「ご馳走が食べられると思ったのに、残念ですニャン……」
ニャトランには何かがあったら、僕に構わず逃げろと伝えておいた。まあタマさんも一緒にいる事だし、スキルも有るので大丈夫だろう。
馬車に揺られる事15分、領主が住む屋敷が見えて来た。そんな屋敷を見た第一印象は成金豪邸。
無駄にデカい門に無駄に広い庭、何の女神か知らないが、その6体の石像に囲まれる様に配置された領主と思わしき石像……
悪趣味の極み、コレを考えた輩の頭を疑うレベルの酷い光景がそこにはあった。
「…… (こ、コレは…… )
僕は馬車越しに女神に囲まれる様に立つ、領主のモノと思われる石像をみた。十中八九本人より割り増しに作られたであろう石像は、意識高く天を指差し、優しげに笑みを湛えている。
今からこの石像の主に会うという現実に、僕はため息しか出なかった。
(…… ムーミムて名前もムカつくけど、この石像の不愉快さ加減は、その比じゃないな……)
僕の前に座る執事もそれを察してか、僕に話しかける事なく、死んだ魚の様な目で和かな笑顔を浮かべている。
(この人も苦労人なんだねぇ……)
そんな悪意味な庭に反して屋敷の方は比較的まともに見える。庭の悪趣味な改造も中途半端に終わっているし、ただ単に屋敷にかけるお金が無かっただけなのかも知れない。
「デボン伯爵様が応接間でお待ちです」
ただ自分の職務を全うするだけのロボットと化している執事に案内されて、僕は領主が待つ応接室に向かう。
その途中ですれ違う使用人は貴族の屋敷の割には数が少なく、皆が例外なく死んだ魚の様な目をしていた。
「……(う、うわ〜 ……)
心を殺さなくては務まらないブラック企業も真っ青な職場が領主の屋敷とは、僕はこれから先で起きるであろう出来事に覚悟を決めた。
「失礼致します旦那様、魔道士様をお連れいたしました」
「うむ、入れ」
執事がノックと共に僕の到着を領主に告げる。
この町の領主ムーミム.デボン伯爵は背が低く、ちょび髭を生やした小太りのおっさんだった。
身長を20センチ増やし、体重を20キロ減らせばギリギリの面影を庭の石像に感じる。
彼への印象はその程度だ。
そしてこの小太りのおっさんが最初に発した言葉に、僕の頭は思考を停止させた。
「お前が噂の魔道士か、なんだ黒髪じゃないか、顔も冴えない。それに随分と若いんだな、まあいい、ワシの元で働かせてやるから感謝しろ。コイツは手付け金の金貨だ、受け取れ」
そう言うとキラッキラッの金貨一枚を僕に投げてよこすデボン伯爵。
「…… えっ?……」
伯爵の突然の行動に事態を掴めずに放心していた僕に代わって、デボン伯爵の隣に移動していた執事が口を開く。
「…… 旦那様、話が急過ぎます。それに魔道士様を相手に、金貨1枚ではいくらなんでも安価、安過ぎでございます」
「うん、そうか? なら銀貨をもう5枚程足すか?」
そう言うと名残惜しそうに懐から銀貨の入った袋を取り出すデボン伯爵。
「…… 旦那様、それでも低過ぎるかと。 王都の相場ですと、今の百倍が妥当かと存じます…… 」
「百倍? それはいかほどだ?」
「…… 金貨100枚が妥当かと……」
「なにぃ!? き、金貨100枚だとぉ!?」
執事の一言に目を見開き立ち上がる伯爵。見るからに田舎の落ちぶれ貴族だし、町からあまり出た事がなく常識がないんだろうね。
「魔道士はとても希少なジョブでございます。数多の貴族が側仕えにと欲しがっております。正直、金貨100枚でも安いかと存じます」
そんな伯爵に社会常識を教える執事の人。どうやら僕が成りすましている魔道士というジョブは、この世界だと破格の存在だしい。まあ僕の魔法は魔導具有きだけどね。
「金貨100枚…… そ、そんな大金が払える訳がなかろう!! このワシですら最近は肉も満足に食えておらんと言うのに、こんな名も知らぬ黒髪で冴えない小僧にそんな大金が払えるかぁ!!」
「……」
ちょいちょい黒髪だの、冴えない顔だのと僕の悪口が聞こえるのは気のせいだろうか……
「…… で、ですが物事には必要最低限という物がございます。流石に金貨一枚では、魔道士様に余りにも失礼。いくら何でも少な過ぎでございます。それに小僧なぞと……」
伯爵の余りに失礼な態度にすかさずフォローを入れる執事だが、伯爵の勢いは止まらない。
「う、うるさ〜い!! ワシが雇うと言うのだ、その価値をワシが決めて何が悪いィィ!!」
執事のど正論に、まるで子供の様に駄々をこねるデボン伯爵。そしてなんと、執事に目掛けてインク壺を投げ付けたのだ。
執事が自身の額から滴り落ちる血をハンカチで拭い止める。毎度の事なのか彼に動揺は見られない。
(……な、なんだこいつ…… )
こちらの世界でも常識のない子供おじさんが、世間に迷惑をかけて問題を起こしている。自分のわがままが通らないと大声を出し暴れ回る。
だがこのデボンはそれ以下だ、ここまでの愚か者が存在する現実に、僕はある種の寒気を感じていた。
これが貴族という生き物か。
「このワシが雇うのだ、そう、このワシの元で働けるのだぁ! それ以上の誉れはあるまいィィ!!」
仕舞いには血走った目で自己完結のとんでもない極論に達している始末。
自分の言う事が全て正しい、自分の考えこそが世の真理。心の底からそう思っているから達が悪い。
もはやこの屋敷に、この町に長居する必要は皆無だろう。それにこれ以上この場にいる事に僕自身が耐えられない。
「あ〜 あの、僕はこちらに仕える気は無いので、もう帰らせて貰いますね」
こんな子供おじさんの相手より国分さん達を探す事の方が先決だ。それにこれ以上勝手に話を進められてはたまったモノじゃない。
なのでここで帰らせて貰う。僕はそのまま踵を返すと応接室の扉に手を掛けた。
貴族に対しての礼儀としては間違っていると思うけど、こんなクソ貴族ならそれで構わない。それに僕はこの国の人間では無いので、この国の仕来りに従う必要はない。
礼儀を持って接するのも相手如何、それに見合わず値しない相手に礼を尽くす必要はないのだ。
「なっ!? き、貴様!! ワシの申し出を断ると云うのかぁ?! 無礼な! 兵だ、兵を呼べぇェ!!」
僕の態度に激昂したデボン伯爵が兵を呼ぶ様に指示を出す。
デボン伯爵様がこういう行動に出るであろう事はテンプレから分かっていた。だから僕はデボン伯爵に警告をする事にした。
「…… ふぅ、それがどういう意味か分かって居るのなら、相手になりましょう」
僕はバットス平原から町に来るまでの馬車の中やこの屋敷来る間に、魔導具"セプテム.アイ''の使用法について色々試していた。
その結果、煌玉一つなら自在に操れる事を知った。この煌玉の力は魔法のそれとは違う。魔法を真似て元素を自在に操れる様にした魔導具だ。
そのため煌玉の制御を僕自身がする事で、煌玉一つだけならその威力と範囲を自在に操れる事も分かった。
今、僕の手の平には氷結の煌玉がある。その煌玉が有る手を屋敷の壁に向けて力を放てば、屋敷の一部を凍らせる事も可能だ。
因みに今回は僕達が居る応接室の壁だけを凍らせてみた。部屋の温度は➖20度程か、中がまるで冷凍庫の様に寒い。
正直僕自身も寒いのだが、それは我慢して平気なフリをして誤魔化す。
「……ば、馬鹿な…… 無詠唱でこれだけの魔法を扱えるとは……」
僕が使った魔導具の力に、何故かデボン伯爵様ではなく執事の方が驚愕していた。彼もいろいろと苦労人さんだが、物事に対しての感覚は大した物だと思う。
肝心のデボン伯爵様は、顔面を蒼白にして机の影でガタガタと震えている。
「僕は争い事は望みません。ではさようなら」
そうとだけ言い残し足早に寒い応接室を後にする。それに僕には急ぎこの屋敷から離れなければならない事情が出来たのだ。
それはデボン伯爵様が不快だった事もあるが、実は魔導書が生贄を欲して疼き始めたのだ。
魔導書が生贄を欲する間隔が明らかに短くなっている。魔導書の力を使えば使う程にその間隔が狭まっている。
今回はゲートを開いた事がそのトリガーだった様だ。
焦る僕は急ぎ足を進め、屋敷の出口を目指す。庭に出ると例の石像が目に入った。相変わらずムカつく石像だ。
「ふぅ、やっとここからオサラバ出来る。ここを出たら人気のない森を目指そう」
だがデボン伯爵のムカつく石像を通り過ぎ、出口の門が見えてきた僕の前に、予想通り幾人かの兵士が立ち塞がった。
「待てぇ〜! 貴様ぁ〜 逃さんぞぉォ!!」
焦る此方の事情などお構いなしに、デボン伯爵様が兵士を連れて僕を追って来たのだ。
「ハァ…… 」
「其奴を捕らえろ! そして牢獄にぶち込むのだ!!」
デボン伯爵様の命令で僕を取り囲む様に動く兵士達。その数は20人程か、きっとこの領の全戦力だろう。
数を揃えた事で優位に立てたと思ったのか、先程まで震えて居たとは思えない威勢の良さでデボン伯爵様が吠える。
この世界の兵隊は地球人に少し毛が生えた程度のステータス。だがスキルなどの影響を考えると、地球人よりは上だろう。
それでも誤差の範囲内だと僕は見切っている。スキル持ちもそうそうは居ないからね。
だが僕の持つ魔導具の力は、彼等が束に成ってやっと一体倒せるかどうかの死霊兵を一方的に蹂躙出来る程のレベル。
相手との力量差すらも測れないデボン伯爵様に僕の我慢も限界間近。兵の中にはティモン君も居ない様なので少し強めに能力を使う事にした。
僕が使ったのは重力の煌玉。この世界の重力は地球の物と大差は無い。僕は僕を避ける様にドーナツ型の重力場を作り、彼等にこの世界の重力の1.5倍の重圧をかけてあげた。
「グッ、ガァぁ!」
例えるなら体重60キロの者が90キロになる重圧。皆動く事が出来ずその場にへたり込んでしまう。
皆一様に苦悶の顔を見せる中で意地かプライドか、伯爵だけは睨み付けるような鋭い眼光を向けてくる。腐っても貴族という事か。
「その目気に入らないね」
「ぐゔぅぅ……」
そんな反抗的な伯爵の重圧を少しだけ上げる。僕に拷問の趣味はない、だけどこのおっさんはムカつくので、少し懲らしめも兼ねての行いだ。
大丈夫、殺しはしない。気を失う程度で済ませるつもりだ。
「…… 魔道士殿、どうかお怒りをお鎮めください」
だがそんな僕の魔導具の範囲外から、重力の枷に囚われて居ない執事が僕に語りかけて来た。この人には武術の心得が有るのか、僕の魔導具の射程を見切っている様子だ。
「貴方様の不愉快、それは分かります。しかしこのまま伯爵様を殺めては、貴方様の輝かしい未来に傷が付いてしまいます。どうかここはお怒りをお鎮めください。どうか、どうか……」
前から思っていたがこの執事は何が違う。頭が切れる処もそうだが、この領の人々とは何が違うのだ。
殺すつもりは無いけど、貴族殺しは重罪だと聞いた事がある。何かの間違いて死なれても困るので、執事の手前許してあげる事にした。
僕はもっともらしく重力を止めるとその代わりに、庭の石像に5割程度の落雷を落とした。
ドゴ〜ン!! という大地を震わす音と共にデボン像を粉々に砕き散らした迅雷。キーーンという甲高い音と共に、大地を震わす雷の振動はしばらくの間続いていた。
「…… 最終警告だ、3度目は無い」
少しかっこつけて捨て台詞を残す。背中が少しスースーするが気にしない。
執事が「…… 雷魔法まで……」とぶつぶつ呟いていたが、気にせず屋敷を後にした。
幸い魔導具の脅しのおかげで追手が来る気配は無い。僕は足早に町の外に出ると、生贄を求めて森へと歩を進めた。
「ニャトラン達には悪いけど、今は生贄を探す事の方が優先だ」
魔導具を使い過ぎているのか、魔導書が生贄を欲する間隔が短くなっている。今回は中型の生物1匹程度では満足しなそうだ。
「ゴブリンの巣でも有ればいいけど……」
そして僕は哀れな生贄を求めて森に足を踏み入れて行った。
ありがとうございます。




