23話 貴族と云う生き物
よろしくお願いします
暗く澱んだ闇の底、泥沼の様に闇が絡み付く深淵の底、何かを求めて彷徨い歩く黒い影がいた。
『…… スーザン…… レイラ…… マーロ、イルザ……ど、どこに…… も、もう…一度……き、君達に… 会い……たい……そ、そして…また……共に………』
言葉にならない言葉を残して彷徨い続ける黒い影。
死人形は一度死んだ者がネクロマンサーの秘術によって蘇った存在だ。そのため2度目の死は魂の破壊を意味する。
主人を守るため身を挺して死んでいった死人形達。
かつて有ったその存在を求めて黒い影は彷徨い続ける。
永遠の闇の中を……
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兵士達にバットス平原の経緯を聞いた僕達だったが、後味の悪い何とも複雑な気分になった。
僕は漆黒の闇に覆われた草原をみる。
"セプテム.アイ''によって殲滅された骸骨軍団だったが、今は新たに生まれ出た骸骨軍団が、獲物を求める様に草原を彷徨い歩いている。
「…… 呪われた土地か……」
今から30年前の話で、それに兵士達はグランの町の人間だ。それでもネクロマンサーには罪は無かったと兵士達は言い切っていた。
彼等の話しで当時のネクロマンサーは、病や怪我に苦しむ町の人々に、無償で治療を行っていたと言うのだ。
町の人々にとってネクロマンサーは賢者にも優る存在だった。
「オイラの死んだ婆ちゃんが言っていたんだ、『あの人は悪さを働く様な人間じゃない、生粋の善人さね。なのに領主は…… あの領主は、自分の欲望のために彼を殺したのさ』と……」
「俺も爺さんから聞いた。草原のネクロマンサーの事を悪く言うのは領主様一族か、それに群がる一部の奴等だけだ」
30年の歳月も関係なく英雄視されている感のあるネクロマンサー。
歴代に渡ってここの領主貴族が嫌われているのか、その領主の政治に余程の不満があるのか、詳しい事情は知らないがまあこの手の話に裏表は付き物だろう。
現実の世界でも加害者と思われていた者が被害者で、本当に悪いのは…… という話は良くある事だ。
しかしこの兵士達も良く話してくれる。僕が魔道士と知って安心したようだ。
「しかし先程の魔法は凄かったな」
「ああ、大魔法をあれだけ連発出来るんだ。大賢者ユーロン様以上かもしれんぞ!」
「まったくだ、オラ感動しちまったズラ!」
「…… は、ははは……… 」
どうしよう、僕への賛辞が止まらない。悪い気はしないが気まずくもある……
しかしここでこのまま彼等と話をして居ても埒が明かないので、彼等に町への行き方を教えてもらう事にした。
「…… すみません、僕達は町に行きたいのですが、町までの道を教えてくれませんか?」
「ああ丁度いまから交代の兵を迎えに行く所だ。よかったら一緒に馬車に乗って行くといい」
最初は町まで歩いて行こうと思っていたが、馬車に乗せてくれるとの事。馬車には興味もあったしこの際だから乗せてもらう事にした。
そして僕等が馬車に乗り込みバットス平原を経とうとした時だった。僕が持つ深淵探知の魔導具"エイビス''が反応した。
僕の背後の草原の方から色濃い闇の気配を感じとったのだ。
動き出した馬車から草原を覗けば草原の上空10メートル程の所に、ボロボロの黒い黒衣を纏った漆黒の骸骨が浮いて居るのが見えた。
闇の中でも月明かりを浴びてその存在が認識出来る。
魔導具の強い反応からしてかなり厄介な化け物だと思うが、気付いて居るのは僕とタマさんだけの様だ。
その漆黒の骸骨は去り行く僕を見送っているだけで、何かをするつもりは無さそうだ。
「……」
あの存在が何なのか、何の目的で姿を現したのか僕には分からない。
聖女の結界があるため川を越えて来る事はないと思われるが、気が気ではないのが正直なところだ。
そして僕達の乗る馬車は、漆黒の空に漂う骸骨に見送られながらグランの町へと走り出した。
僕達の道案内をしてくれるのは、4人の兵の中で1番若いティモンという名の僕より2つ年上な好青年だ。
道中ティモン君に国分さん達を知らないか聞いてみた。彼1人の時に聞いたのは、彼等にあまり情報を与えたくないからだ。
だがティモン君は、最近は僕等以外には 町を訪れる者は居ないと言う。
「出る者は多いが、入る者は皆無…… 俺たちの町は終わりだよ……」
バットス平原の問題で廃れてしまったグランの町は、出て行く者は居ても来る者は稀だとも聞いた。
町を発展させるためにネクロマンサーを討伐したのに、逆に衰退してしまっては本末転倒だ。
それでも前領主の頃はそれなりに人も残っており、皆が町の産業のレンガ作りに精を出していた。
だが今の領主に代わった途端に悪政が始まり、止めどない民の流出が始まったのだとか……
新しい領主が行った愚行は、先ず町の産業だったレンガ作りを辞めさせ、自分が好きで金に成るからと専門知識が必要な葡萄酒作りを推し進め、町の財源を破綻させた。
それの穴埋めに無茶苦茶な増税を行うなど無能振りを発揮して、市民の流出に拍車を掛けたのだ。
今では全盛期の半分以下にまで減ってしまった人口を留める事に躍起に成っているのが現状。
まさに風前の灯といった状態のグランの町。
まあ異世界のなんの縁もゆかりも無い町の情勢より、同郷の知り合いの方が僕には優先。国分さん達を探す事の方が重要なのだ。
だが完全ではなかった異世界転移は、僕の予想以上に彼女達とのズレを大きくした様だ。
(やはりタイムラグと共に転移場所のズレも生じていたか…… 彼女達が無事だといいんだけど……)
一先ずは町まで行って酒場なりで彼女達の情報を探ることにしよう。
町までは馬車に乗って30分程。その道中の舗装されていない道は、僕のお尻に多大なる被害を与えた。
「グッ……( ヤバイ…… 僕のお尻が…… サスペンションに慣れた現代っ子の僕には、馬車移動は地獄だよ……)
僕が自身のお尻に多大なる被害を被っているその隣で、気持ち良さそうにタマさん共々寝入っているニャトラン。
そんな彼に軽い殺意を抱くのは間違っているだろうか……
夜の徒歩は危険を伴う、レーヌ川のこちら側には凶暴な魔物も出るのだ。
それに八つ当たりをしていてももしょうがない、ここは乗せてもらえてラッキーだったと自分を納得させておこう。
そんな町に着いた僕達を迎えたのは静寂だった。
中世の古都を思わせる石造の比較的広いと思われる町には人の姿は皆無で、飛び飛びだが薄らと灯りが灯る家の存在が、かろうじて人々の生活を感じさせた。
レンガ作りが産業だった頃の面影が随所に残っている事も、この町が寂れて見える要因だろう……
「…… (ウ〜ン、見事な程に過疎っているね……)
時間は夜の7時頃、地球の中世の世では日没と共に活動を終えて眠りに着いていたという。
この世界ではどうかなのかは分からないけど、余りにも静か過ぎる。普通なら賑わいの有る酒場ですら、すでに閉まっているのだ。
これでは情報を集める所の話しではない……
「これがこの町の現状だよ…… 明日の事なんか考えられない、皆がその日その日を生きる事で精一杯なのさ……」
「…… 」
正直返す言葉が思い浮かばない。生活を約束された兵士の言う事だからこその重みがある。
「……俺だってお袋や兄弟達の面倒を見るため、嫌々この町に残っているが、本当は出て行きたくてしょうがないんだ。それが本音だよ……」
年を取り新しい町にも仕事にも馴染めず、仕方なくこの町に残る者。養わなければならない家族が有り、自分の夢や将来を犠牲にして生きている者。
何とも世知辛い話しだとは思うが、正直言って僕にはどうでもいい事だ。
何度も言うが物事には順序がある。僕にとって最優先なのは国分さん達と元の世界に戻る事だ。
今さっき着いたばかりのこの町の為に、何かをしようとは微塵も思わない。
気の毒だとは思うが、「はいそうですか」で終わり。僕がこの町に対して唯一思う事は、せめて宿屋だけは開いていてくれ、それだけだ。
好青年のティモン君と分かれた僕達は、宿屋を目指して歩き出した。彼の話しでは「今から教える宿屋なら、ギリギリこの時間でも開いていると思うよ」との事。
そんな彼の言葉を信じてたどり着いたのは『石の奏で』という宿屋。いかにも偏屈ジジイといった番頭が1人だけの寂れた宿だった。
異世界飯を期待していたが、食堂などは無さそうだ。
「…… 料金は先払いで、一泊銅貨10枚だ……」
「……」
ブスッとした表情でそうとだけ告げる宿屋の番頭。歓迎の気持ちは皆無だ。
「じ、じゃあ一部屋一泊2人と、ペットの猫1匹で…… 」
「……ペットが居るならプラス5銅貨だ……」
「……」
番頭がニャトランとタマさんを睨み付ける様に見た後にそう告げる。
「じ、じゃあそれでお願いします」
お金はありがたい事にティモン君が50銅貨を貸してくれた。大魔法を見れたお礼と言っていたが、彼には感謝である。
「……フン…… 」
番頭は雑多に銅貨を掴み取ると部屋の鍵を投げて渡して来る。
「…… 」
そして部屋に向かったはいいのだが、ノミとダニが巣食う藁葺きの質素なベットが僕達を迎えた。
シャワーを浴びたくとももちろんある訳がなく、トイレも落とせばお釣りが返って来るぼっとん式だ。もちろんティシュなどのお尻を拭く為の紙は無い……
「……地獄だ…… (異世界生活は僕達現代っ子には地獄以外の何物でもない……)
トイレは我慢してベッドに寄っかかる様に眠りに着く。ノミとダニ塗れて寝るよりはよっぽどましだ。
夕飯はアイテムボックスからおにぎり一つと猫缶を2つ。ストックは充分にあるが、いつ元の世界に戻れるか分からないので節約だ。
「…… しもじいですニャ、焼き鳥が食べたいですニャン…… 」
そう言うとチラッチラッとこちらを見てくるニャトラン。贅沢を言われてもない物は無い、けど焼き鳥の串一本ずつならいいかな。
そして寝付けぬ夜を過ごした僕とタマさんだったが、唯一能天気なニャトランだけは気にした様子も無く、ベッドでぐっすりと寝入っていた。
彼の能天気さが全くもって羨ましい限りである……
そして翌朝、更なる不幸が僕達の元に訪れようとは予想だにしなかった。
「大魔道士殿、この町の領主ムーミム.デボン伯爵がお会いになるため、屋敷に参上せよとの仰せです」
「…… 」
凝った肩や首をほぐしながら宿屋の一階に降りた僕達。
そんな僕等をなんの前触れも無く宿屋の入り口で待ち伏せていたのは、この町の領主デボン伯爵家の執事と兵士数十人。
突然に僕の前に出た執事が、あたかも当然とばかりに領主の屋敷まで来いという。
兵士達も僕を逃さない様なフォーメーションをとっており、この強制イベントからは逃れられないという事を僕に悟らせた。
兵の中には昨日世話になったティモン君の姿もあり、小さく手を合わせて済まないとのジェスチャーをしている。
どうやら彼経由で僕の存在が領主にバレてしまった様だ……
見たことすらない領主からの強制命令。
(……成程、これが異世界アルアルというヤツか……)
このまま拒否して逃げる事も可能だ。だがその場合は最悪何人かの兵を殺める事になるだろう。
兵士の中にはティモン君も居る。流石にその覚悟は僕には無い。仕方ないのでここは大人しく領主に会う事にした。
「…… では参りましょう(鬼が出るか蛇が出るか、気は進まないけど行くとしますか。ハァ……)
ありがとうございます。




