14話 奥の手は猫
よろしくお願いします
今日は相澤聖理奈も登校せず、クラスメイト達から何らかのリアクションが有るだろうと警戒していたが、放課後まで何事も無く過ごす事が出来た。
(なんか有ると思ったけど拍子抜けだね……)
昨日まで有った僕に対しての批判も聞こえてこず、心なしか皆が僕を怖がっている様に見えるのは気のせいだろうか……
どうやら"カウンター.マリス"が僕の知らないところで活躍していた様だが、僕の伺い知らぬ事だからしょうがない。
結局は放課後まで何事もなく過ぎてしまった。
(まあ、変に絡まれるよりはこの方が好都合かな。とりあえず国分さんが待っている図書館に向かいますか……)
国分さんが居ると思われる図書館に向かうと、三池さんに裾口を掴まれている彼女がいた。
常にセットの2人とはいえ、何ともシュールな光景に言葉が詰まる。
「…… や、やあ国分さん」
「さあ待っていたよ薬師寺君!
では早速、君の家に居るケット.シーに、いやニャンコに会いにいこうか!」
余程ニャトランに会いたい様で、血走った彼女の目が怖い……
だがそんな国分さんをまるで鵜飼いの様に操り、
ある合図を彼女に送る三池さん。
「わ、分かってるわよ真実、今薬師寺君に聞くからちょっと待って!」
彼女達、何やら僕に頼み事がある様子。
「ねえ薬師寺君、真実も君の家に一緒に連れて行ったらダメかな?」
「えっ、三池さんも……」
そうなると例の話しが出し辛いが仕方ない、今日は親睦会という事にすればいいか。
だがそれ以前に僕は、この三池さんが苦手なのだ。小さな体なのにまるで大男の様な、巨人の様な圧倒的な威圧感。
「ボ…… 」
「真実は私のボディーガードだからね、そうゆう訳だから頼むよ薬師寺君」
「三池さんがボディーガード?」
「ボ」だけで、三池さんの言おうとしている事が分かるのも気になる所だが、それ以上に僕は、三池さんがボディーガードという言葉に反応してしまう。
「実は真実は、草薙流抜刀柔術の師範代なのよ」
「草薙流抜刀柔術の師範代!? 」
「おっ、草薙流を知ってるなんて話が早くていいね」
草薙流抜刀柔術の名は聞いた事がある。合気道や古武術を極め、そこに抜刀術まて取り入れた現代の侍集団と言われる組織だ。
彼等は表舞台には出てこずに、裏から日本を牛耳っているとの噂がある。確かお祖父ちゃんの友達の1人に、その関係者が居たはずだ。
いやそれどころか、何故かその人物が僕の記憶に強く印象として残っている。
一見、眼鏡を掛けた初老の男性にしか見えなかったその人物を見たのは、その時のたった一回だけだった。
だがその後のお祖父ちゃんの言葉と共に、強く記憶に刻まれている。
『清司、お前にはあの男がどう見えた?
ワシにはあの者が、牙を剥きとぐろを巻いた龍に見えよる。よいか清司、もし草薙の者達と何らかの関わりを持ったとしても、かの者達とは決して事を構えるな、争うな』
いつもニコニコしていたお祖父ちゃんが、その時だけは真剣に怖い顔をしていた。
そのお祖父ちゃんが決して争うなと言っていた草薙の人間、それが彼女だというのか?
「…… で、でも名前が違うのはどうゆう……」
「真実の三池て苗字は、母方の名前なの。
まあ、家族間によく有るいざこざね」
結構デリケートな話だと思うが、あっけらかんと国分さんが話す。当の三池さんにも気にした様子は全くない。
「という訳なんだけど、真実も連れて行っていいかしら?」
そして三池さんがいつもの様に威圧を掛けてくる。まるで了承しろと言っているかの様だ。祖父ちゃんも生前言っていたし、僕に選択肢は無いように思えるのだが……
「……し、仕方ないかな。帰りも遅くなると心配だし、ボディーガードは必要だよね」
「よし、そうと決まったら早く行こう!」
「行……」
という事で国分さんのボディーガードとして三池さんも我が家へ着いて来る事になった。
「…… (まさか座敷童子にしか見えない三池さんが草薙流の師範代とは、あの小さな成りで国分さんを引き摺り回すパワーなのも頷けるね)
何とか自分を納得させつつ歩を進める。我が家までは片道1時間以上かかるため、モタモタしていたら日が暮れてしまう。
道中は異世界モノや漫画などの、当たり障りの無い話題で盛り上がった。
何と国分さんのお婆ちゃんが、死んだウチのお祖父ちゃんの漫画のファンだったらしく、その話で盛り上がっていたのだ。
「へ〜、まさか薬師寺君が国幽斎のお孫さんだったとは驚いたね」
国幽斎とは漫画家時代のお祖父ちゃんのペンネームだ。
「それはコチラのセリフだよ。まさか国分さんのお婆ちゃんが、ウチのお祖父ちゃんのファンなんて、世の中は広い様で狭いな」
そんなこんなで僕が住む山間の村までやって来た。今日は今朝から暑かったため、日中はそれなりの暑さになった。
これまでは冷房の効いた電車内だったが、この時間はバスは無い。その為これからは歩きだ。
暑さを鎮めるために、村唯一のお店でアイスを買い食べながら我が家を目指す。
「しかし暑いねぇ…… 」
「暑……」
「今年は記録的な暑さになるってテレビでもやっていたよ…… 」
「午後の6時でコレだもの、本当に7月なのかね…… 」
山間に入り比較的涼しくなってもまだまだ暑い。皆でヒイヒイ言いながら歩き続けて、何とか我が家までたどり着いた。
「麦茶を用意して来るから日陰で待っていてよ」
どうせ買い置きして置いたジュースやアイス類は、あの猫に全て食べられて全滅だろう。
仕方がないので実家の方の冷蔵庫から、ホームランバーと麦茶を用意して彼女達に配る。
「ング、ング、ング、ぷハァ〜! 生き返ったよ」
「美…… (美味しいと言っているのだと思う……)
「じゃあ早速ニャトランの元に向かおうか」
一休憩を挟み皆落ち着いたところで例の猫がいる地下室へ向かう。
地下室は10メートル程の階段を降り、5メートル程の通路を渡った先の頑強な扉の向こう側に有る。
「凄い厳重な扉だね…… 」
扉は厚さ80センチの軍の施設で使われる様な品物で、この扉を開けるのには僕が持つ鍵と、7桁の暗証番号が必要だ。
それ以外にも侵入者を自動で排除する、自動迎撃装置も組み込まれており、地下室の守りは過剰な程に厳重だ。
僕と一緒で無ければ地下室への侵入は不可能だろう。
「さあいよいよ猫ちゃんとのご対面だね!」
暑さも疲れもどこへやら、国分さんのテンションはマックスな様子。そんな中でも警戒心を解かない三池さんは、国分さんの裾口を掴んで離さない。
一見、国分さんの方が保護者に見えるが、内実はその逆。三池さんはプロのボディーガードの様に、四方に視線を走らせながら辺りを警戒している。
「さ、さあ扉を開けるよ。少し離れて居てね」
ガキン! ギギギギギ……
何とも重厚感ある音と共に地下室への扉が開かれた。重厚な扉の向こうには普通の扉がもう一枚あり、その向こう側が居住スペースなのだ。
「あ、あの扉の向こうに二足歩行の猫が居るのね! ま、待ち切れないわ!」
国分さんに促される様に僕が扉を開け放つとそこには、いつもの様に仰向けで寝転び腹にタマを乗せたニャトランが、イビキをかきながら寝入っている姿があった。
猫達が眠るソファの周りには、食べ物のカスやゴミが散乱しており酷い有様だ……
「「「…… 」」」
食っちゃ眠、食っちゃ寝の繰り返しだったのだろう。あれ程お客さんを連れて来ると言っておいたのにこの猫は……
「堕……」
「そ、そうね、い、いやきっと疲れて寝入っているのよ……」
僕らが来たのに起きる気配の無いニャトラン。きっと昨晩は徹夜でアニメを観ていたに違いない。
どうやらこの猫はあちらの世界でもこの様な生活を送って居た様子。全ての世話を妹のニャーレンに任せて、自分は食っちゃ寝の毎日だったのだろう想像は出来る。
やはりこの堕猫は早々に元の世界へ送り返すべき案件だ……
「……ニャトラン、おいニャトラン起きろ!」
ニャトランのモフモフなお腹を譲って起こす。
「……う……ウニャ…… ウニャン?……
ああ清司殿ニャ…… 今お帰りですかニャン?」
口の端に涎の跡を残しボッサボッサな毛皮のニャトランが起き上がり、目をゴシゴシとシゴく。
普通なら可愛い仕草なのだが、国分さんに反応はない。その前の堕落しきったニャトランの姿を見た後では、それも無理からぬ事だろう。
「…… 国分さん、彼が例の異世界人だよ」
「…… へ、へ〜 、彼がそうなんだ……」
明らかに落胆した感が否めない国分さん。
猫が喋っているというのに、その返事にも先程までのワクワク感は感じられない。
「ようこそいらっしゃいましたお嬢様方。
吾輩はケット.シー族のニャトランニャ。どうぞお見知りおきをニャン」
ササっと渡して置いた櫛で、身嗜みを整えたニャトランが彼女達に挨拶をする。そんな彼女達の気変わりなぞ気づくはずも無なく、ニャトランの今更感は否めない。
ありがとうございます。




