第3話「侍くずれの〈野盗り〉」
イヅが村の広場に辿り着いた時には、すでに事態は悪化していた。
頭部のない二機の〈からくり〉が入り込んでいて、しかもその内の一機が武骨な三本指で若者を掴み上げていたのだ。
若者には片方の太腿から先がない。〈からくり〉の高さが十尺程度とはいえ、気まぐれに振り回されたり、落とされたりでもしたら――
「おい、何度も言わせるな! さっさと食糧をよこせってんだよ! こんな辺鄙な村でも、それぐらいはあるだろうが!」
「そうだ、そうだ! もたもたしていたら、相棒がぽぉんと放り投げちまうかもしれないぜ?」
聞くにも堪えないだみ声が、村人たちを震え上がらせる。ワカが作った農具を震える手で握っているものの、〈からくり〉相手には無意味かつ無謀だ。
それに——この村の者は戦に向いていない。
彼らは例外なく体と心に、傷や病を負っているのだから。
「みんな、おらに構うでねぇ! こんな奴ら、石でも投げつけちまえ!」
若者が声を絞り出すが、村人たちは怯えるばかりだ。
その中で、彼の言葉通りに石を拾う者もいた。どこかぼんやりとしていて、ひょいと放り投げたものの、〈からくり〉の足元に届きもしない。しかも、その石を不思議そうに眺めている始末だ。目の焦点が合っておらず、今、何が起こっているのかもわかっていない様子だった。
それを見——二人の〈野盗り〉は大声で笑った。
「こりゃいい! 見世物としては悪くねぇや!」
「よくよく見れば、どいつもこいつもみょうちきりんな連中ばかりだぜ! これじゃあ、誰も寄りつきやしねぇだろうよ!」
「なんですって……!」
イヅが前に出ようとして——肩を掴まれた。振り返ると隻腕の大男カシラと、杖をついた老人——ギサクがいた。両の瞼がぴったりと閉じられており、カシラの服の裾を掴んでいる。
「落ち着け、イヅ! ここでお前が怒ってもどうにもならねぇ」
「でも、カシラ……!」
なおも反駁しかけたイヅに、ギサクが心もち面を上げる。
「イヅ、聞くのだ。……食糧程度で済むのなら、安いもの。命には代えられん」
「でも! 食糧だって、みんなの命をつなげるためのものでしょ! 苦労してきたのに……あんな連中に渡してもいいの!?」
「わしとて、本意ではないよ。だが、そうするしかない」
ギサクはカシラに付き添われ、道を開けた村人の間を通って、二機の〈からくり〉の前に立った。
「なんだぁ、お前?」
「食糧はやる。だから、村の衆には手を出さんでくれんか」
「……だってよ。どうするぜ、相棒?」
「手を出すな、ねぇ? ……へへっ、まぁいいだろうさ」
〈からくり〉の三本指がぱっと開かれ、若者が地面に叩きつけられる。さらに、木と鉄で構築された〈からくり〉の足で蹴り飛ばした。若者は不格好に横転し、苦痛に悶えている。
示し合わせたように、またしても〈野盗り〉が笑った。
「大丈夫か!?」とカシラが駆けつけ、片膝を落として若者の状態を確認する。骨が折れているのか、呼吸も絶え絶えだった。「てめぇら……!」と〈野盗り〉を睨み上げても、彼らはにやにやとしている。
「言っとくが、手は出してねぇぞ? いつまでもちんたらやっているから、そのお仕置きだ!」
「そうそう、お仕置きお仕置き。また足蹴にされたくないんなら、さっさと――」
「いい加減にしなさい、あんたたち!」
いつの間にそこにいたのか――家屋の藁葺き屋根の上、イヅが堂々と立っていた。怪訝そうな〈野盗り〉に向かって、鋭く指を突きつける。
「こざかしいことやってんじゃないわよ! そんなことして楽しいわけ!? だったらあんたたちは下劣かつ畜生以下の下衆ね!」
「な、なんだとぉ!?」
「この女、少しばかり見た目がいいからって!」
「悔しい? 悔しいの? だったらかかってくれば!? その代わり、ただじゃ済ませないわよ!」
そう言って懐から、手に収まる程度の白い球を取り出した。導線のようなものが伸びており、〈野盗り〉は「げっ」と血相を変えた。
「戦に出たことあるんなら知っているわよね!? これならそんな〈からくり〉の一機や二機、あんたたちだって平気で吹っ飛ばせるわよ!」
そう言いつつも——イヅは内心、冷や汗をかいていた。
この球はワカが作ったものだ。中身は花火らしく、しかも試作品。おまけに打ち上げる前にワカが他のことに興味を持ってしまったため、実際に試したこともない。中に火薬は詰まっているだろうが、果たして〈からくり〉を吹き飛ばせるほどの威力があるかどうか。
そもそもこの白い球に、〈からくり〉を吹き飛ばせるほどの火薬が入っているのか。
だが、それでもイヅはこれに賭けるしかないと思った。
しかし——
「ぶはっはっはぁ! こいつは傑作だ!」
「本当にな、相棒! ひゃははは!」
「なッ、何がおかしいのよ!」
〈野盗り〉は顔を醜く歪めたまま、ふんぞり返る。
「お嬢ちゃんよぉ、こんなチンケな村で、火薬なんか手に入るとでも思ってんのか?」
「……!」
「それこそ、戦場に行かねぇとなぁ? だが、この連中の中にそこまで度胸のある奴がいるとでも?」
「う……」
「ハッタリも大概にしな!」
〈からくり〉の腕が、イヅに向かって伸ばされた。三本の指がぐばっと開き、イヅの体を捉えんとする。
彼女の足はすくんでいた。眼前に迫り、暴威を振るおうとする〈からくり〉の姿が、イヅの記憶を呼び覚ます。
燃える戦場——
我が物顔で闊歩する、無数の〈からくり〉——
無辜の民が鋼鉄の両腕で掴まれ、踏み潰される——
その光景の数々が、イヅの脳裏によみがえった。
(嫌……)
肌が粟立つ。体が動かない。あの若者のように、体も心も痛めつけられる――
掴まれる瞬間——イヅは思わず、彼の名を口にした。
「——助けて、ワカぁッ!」
その声と同時——林の奥から、無数の枝葉が吹き飛んだ。
誰もが驚愕に目を見張る中、土を蹴り、轟音を響かせ――片目のない〈からくり〉が飛び出した。