第2話「〈からくり〉とワカ」
村の鉄火場の裏道から外れた、林の中——
その〈からくり〉はうなだれるように両腕をだらんと、地に腰をつけていた。
各部が傷つき、手足を中心に土や泥で汚れている。両肩に設けられた縦長の盾も半壊し、深い斬撃の痕も刻まれていた。
そして、頭部の半分がえぐれている。兜の湾曲した二本角も、欠けて一本のみ。不格好な三日月のように見えなくもない。
胸部には人ひとりが収まる程度の、ほとんどむき出しの操縦席がある。そこにすっぽりと、十代半ばの少年が乗っていた。小柄で、黒髪を後ろで結んでいて、ほつれのある麻の着物を着ている。
そして——少年の片目は白く濁っていた。
「どうだ、ワカ? 動かせそうか?」
ワカから見て左側、腰の曲がった老人——ムクロが指の欠けた片手に金づちを持っている。
ムクロの足元には鉄の棒や木の板、汚れた麻の袋がいくつか、さらには細かい部品が一か所に集められていた。両手はすっかり黒ずんでいたが、それはワカも同じで、二人の頬や額には黒い染みがついている。
ワカは木製の操縦桿を握り、少しだけ前に倒す。すると、関節の歯車が不気味に軋む音を立てた。
「うーん。たぶん、動かすぐらいはできると思う」
「やってみるか?」
「ばれない?」
「後で適当に誤魔化せばいいだろう?」
「イヅにもばれない?」
「……お前さん、相変わらずイヅが怖いんだな」
苦笑交じりにため息をつく。そして、急に真顔になった。
「なぁ、ワカ。お前さん男だろ? それに、もう十五だ。普通なら……そう、普通の男ならとっくに立ち上がる年頃だ。〈からくり〉の一体や二体ぐらい、動かせられなくてどうする?」
「〈からくり〉はこれ一体だけだけど」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「わかってる。とりあえず、やってみる」
「よっし、それでこそだ!」
金づちを振り上げたムクロの手前、ワカは操縦席の下部の木板を慎重に踏み込んだ。それと連動して〈からくり〉が重たげに身を起こす。操縦桿を前後に動かし、左手で地をついて、右手はゆっくりと、膝に向けて伸ばされていく。
「お、おぉ……いいぞ、ワカ!」
あまりにもぎこちない動作ではあったが、〈からくり〉は間違いなく立ち上がろうとしていた。各関節から異音が聞こえてくるものの、ワカは操縦を続けた。
両手を膝につけ、ぎり、ぎり、と体を起こし——やがて〈からくり〉は二足で立った。
「お、おお……なんという……よくやった、ワカ!」
「うん、すごい。一気に背が高くなったみたい」
〈からくり〉の全高は十尺ほど——大人二人ぶんの高さだ。まっすぐに林の先を見つめているワカの頬は、心なしか紅潮していた。
「ねぇ、次はどうしたらいいかな? ムクロじい」
「よっしゃ! だったら次は、そのまま歩いてみて——」
「何をしてるの、二人とも?」
二人がびくっと肩を跳ね上げる。声のした方向は右側だったので、ワカはおそるおそる首を大きく、そちらに向けた。
「どこにもいないと思ったら、こんなところで遊んでいたのね!」
腕を組んで仁王立ちしているのは、長い前髪で顔の半分を隠した少女——イヅだった。ワカよりも頭半分ほど背が高く、手足は陽に焼けて浅黒い。素肌にさらしを巻き、帯で着物をきっちりと留めていた。
「い、いや、そのなぁ。イヅ……」
「ムクロじい、一体どういうことよ!? これはなんなの!?」
〈からくり〉を指さしつつムクロに詰め寄り——かと思えば、くるっとワカに体を向けた。
「ワカ、あんたもあんたよ! あたしに内緒で何かコソコソやっていたかと思えば! 農具作りだけならまだしも、〈からくり〉までいじり出すなんて! おばあが知ったら嘆くわよ!」
「う……」
「そ、その辺にしといてやれや、イヅ……」
イヅが怒りつつ振り返ると、申し訳なさそうなムクロの顔があった。
「この〈からくり〉な、ワカが見つけたんだ。『なんとか動かせられない?』って言うもんでな。最初は無理だって断ったんだが、どうしてもって意地を張られてなぁ。……イヅ、お前さんも知ってるだろ? ワカは一度こだわり出したら、誰にも止められないって」
「それは、まぁ、知ってるけど……」
「ワカのこだわりがあるから、おれたちでも使える農具があるんだ。別に、この〈からくり〉を戦かなんかに使おうってわけじゃない。だから、勘弁してやってくれんか?」
「……むぅ」
イヅの顔から不満の色は消えず、振り返ってワカの〈からくり〉を見上げる。その眼には畏怖と嫌悪感が滲んでいた。
「……ワカ。あたし、〈からくり〉なんて大嫌いって言ったわよね?」
「うん、言った」
「なのに、なんでこんなものに乗るの?」
「乗りたかったから」
「そんな理由で?」
「うん」
「……他に、何か言うことは?」
「勝手なことして、ごめんなさい」
操縦桿から手を離し、ぺこりと膝につきそうなぐらいに頭を下げる。
あまりに素直な反応だったため、呆れてイヅはため息をついた。
「もういいわ。戦に使うつもりじゃないんなら、しょうが——」
――カン、カカン、カーン……カン、カカン、カーン……
突如として鳴り響いた鐘の音に、ワカ、そしてイヅが素早く顔を上げる。
「この合図は……!?」
「敵襲か!? 一体、どいつが……」
「わかんないけど、とにかく行ってみる! ワカ、あんたはムクロじいをお願い!」
「うん」
「何があっても出てきちゃダメよ! そんなオンボロの〈からくり〉を見つけられたりしたら、何されるかわかったもんじゃないから!」
「みんなと、イヅが傷つけられてもダメ?」
「っ――」
ワカのまっすぐな瞳に、イヅは息を呑んだ。ムクロの緊張に満ちた目に気づき、ぶんと頭を振る。
「絶対ダメ。絶対、出てこないで。あんた、戦うのなんか嫌いでしょ」
「うん」
「だったらなおさらよ。とりあえずその〈からくり〉は隠しておいて! いいわね!」
返答を待たず、イヅは走り去った。
林の奥に消えるその背中をワカはじっと見つめ――次に両の手のひらを、そして〈からくり〉の頭部を見上げた。
片目のない〈からくり〉。首の機構に問題があるのか、操縦席のワカを見下ろすようにうつむいている。
半分だけの頭部——輝きを失った片目を見ている内に、体の内奥で何かが燃え盛っていくのを、ワカは確かに感じ取っていた。