8.精神的苦悩
ゲームセンタ-に立ち寄った俺は、クレーンゲームを楽しんでいた。
「やった!この台結構とりやすい!」
先ほどから大豊作の俺は大興奮で景品を取りまくる。そしてかなりのぬいぐるみを取って満足したため、他に何で遊ぼうか考える。
「ふぅ……満足満足……さてと、どうしますかね~」
そんなとき、俺の目にとあるゲーム機が目に入った。それは曲に合わせて踊る事でスコアを競うゲームで、前にドハマりして店内のランキング一位を取るまでやり続けたことがある。
「しばらくやってないし、久しぶりにやってみようかな」
俺はお金を投入して曲選択に入る。そのとき、隣の機体に気配を感じ横目で見てみて驚愕した。なんと俺の隣の機体にやってきたのは、さっき助けたばかりの永瀬だったのだ。
(な、永瀬!?なんでここに!?っていうか永瀬ってこういったゲームやるんだ……)
俺がそんなことを考えていると、まさかの対戦を申し込まれてしまった。再び驚いて今度は永瀬の方を向いてしまった。すると永瀬は笑顔でこう言った。
「対戦OKになってたから……もしかして嫌だった?」
「い、いやそんなことはないですよ!?ハハハ……」
完全に俺のミスだ。久しぶりにやったため対戦システムを忘れていた。
「よかった!もしかして私やっちゃったのかと思った!」
このゲームは対戦を申し込まれた際に申し込まれた側が曲の決定権を得るため、俺はさっそく曲を選ぶ。
「あ、あの……この曲はどうでしょう……私が好きな曲なんですけど……」
俺は一応聞いてみた。すると永瀬は曲名をみてから驚いた表情を浮かべた。
「偶然!私もこの曲好きなんだ!」
それを聞いて俺は確定ボタンを押しゲームが始まった。
曲が中盤にさしかかったが、今のところお互いにノーミスであった。すると次第に周りに人が集まり始め、話し声が聞こえてくる。
「すげぇ……なんだあの子たち……」
「あの曲ってかなり難しいほうだよな?それをノーミスだなんて……」
「それに見てみろよ、二人とも滅茶苦茶かわいくね?」
俺はそんな声を聞いていると、みんなに見られる恥ずかしさで死にたくなってくる。そして曲はラストスパートに入り、周りの熱も最高潮になってきているのを感じた。
(受けたからには負けられない!あと少し!)
そして曲が終わり俺たち二人も動きを止め画面に映されるスコアに集中する。その間、周りも静かになり事の次第を見守っているようだった。そして、画面に映されたスコアを見て永瀬はゆっくりと呟いた。
「お互い、オールパーフェクトで同点……」
その瞬間今までの静寂を破って周りの客たちが大騒ぎし始めた。
「おいおいおいおい!同点だってよ!」
「すげぇぇぇぇ!俺たちは新しい伝説の瞬間に立ち会ってるぞ!」
「フュー!フュー!すごいなお嬢ちゃんたち!」
そのとてつもない盛り上がりに、俺は軽く引きながら「ど、どうも~」などと言いながらその場を去ろうとしていた。すると永瀬に呼び止められる。
「ねぇ!君すごかったね!まさかあそこまでうまいなんて思わなかったよ!実は私の友達にもあのゲーム得意な人がいるんだけど、最近遊ぶことが無くなっちゃってて……もしよかったらまた一緒にやらない?」
「え、ええ……機会があればまた……私も楽しかったですし……」
俺は早く離れたい一心でいるせいか、妙なしゃべり方になってしまう。それにしても、相変わらずこの陽キャはよくもまあ初対面の相手にここまで話せるものである。
「あ、そうだ!このあと時間ある?」
「はい?」
「もしよければこのあと一緒にお昼でもどうかなって……ほら、今ちょうどお昼だし」
(なんてこと言うんだこの陽キャは!今でさえ精神的に参ってるってのに、これ以上一緒にいたら心が病んじゃうよ!)
「ご、ごめんなさい……私はまだ買いたい物があるので……それじゃあ!」
そこまで言ってから俺はその場から逃げるように立ち去った。実際まだ下着とか買ってないし嘘は言ってない。
「あらら、振られちゃった……それにしてもあの子の声、さっき助けてくれた声に似てる気がする……」
私は先ほど、街を歩いているときに妙な男たちに絡まれた。どんなに断っても引かず、それでも断ると強硬手段にでようとしてきたため逃げたのだが、誤って人気の少ない路地裏に逃げ込んでしまい、絶体絶命の状態となった。そんなとき、突如警察を呼ぶ声が聞こえ男たちは慌てて逃げ出したことで何とか助かったものの、お礼を言おうと待っていても不思議なことに警察官も来なければ声の主も姿を現さなかった。そこで私は慌てて声のした方へ走ってみたが誰もいなかったため結局お礼を言いそびれてしまった。
「ま、この街に住んでいるならまた会えるでしょ。あの子にも、そして助けてくれた恩人にも」
私はお昼に何を食べようかと考えながら、上階行きのエスカレーターに乗った。
「ふぅ……何とか離れられてよかった……これ以上知り合いと会わないようにさっさと買い物して帰ろう……」
俺はふらふらと下着売り場へと向かい、例のメモを確認する。
(癪ではあるけど事前にわかっていれば、店で測ってもらう必要ないし楽ね。癪だけど)
そんなことを考えながらメモを見ているとあることに気づいた。
(成長してね?どこがとは言わないけど)
正直喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない……女としては喜ぶべきなのだろうが、男としては喜んだら負けな気がする……
「何かお困りですか?」
「うぇ!?」
俺がメモを見ながら葛藤していると、突如店員に声をかけられ俺は驚いて変な声が出てしまった。
「い、いえ……大丈夫ですハハハ……」
こういう店の店員はなぜこうも客の雰囲気を敏感に感じられるのだろうか。それにいつも気づいたらそこにいるため毎回驚いてしまう。もはや特殊能力なのではなかろうか……俺はそんなことを考えながら商品を見ていき、あるものが目について思わずその商品を手に取った。
「あ、このデザインかわいい!いやこっちも捨てがたい……」
(って女子か!何をしているんだ俺は!何がこのデザインかわいいだ!駄目だ……早く元に戻らないと頭がおかしくなりそうだ……)
男の時と女の時で記憶や意識は同じなのだが、その性別によって言動や感覚などが変わってしまうのだ。そのため俺が自分のことを『俺』と言おうとしても女の身体では『私』と自然と言ってしまい、男の状態で男に裸を見られても何も感じないが、女の身体では何故か見るのも見られるのも恥ずかしくてたまらなくなるのだった。
(と、とりあえずこれとこれを買ってさっさと帰ろう……)
俺は先ほど見ていた下着を手に取ってレジへと急いだ。