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薔薇の死神  作者: 族猫
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6.無茶の代償

『先日の戦闘では今までにないタイプの魔物だったとの事ですが、それを単独で撃破するとは凄いですね〜』


「モグモグ」


『はい、彼女はとても優秀な魔法少女ですので。しかし、彼女以外にも優秀な魔法少女は多くいます。なので皆さんはどうぞご安心下さい』


「ゴクゴク」


『ところで佐賀巳防衛大臣。御本人にお話をお聞きすることは出来ないのでしょうか?』


「ズズー」


『残念ながら彼女は先日の戦闘でかなり疲弊していますので、これから精密検査の後休養を取らねばなりませんのでインタビューはお控えいただけると……』


「バクバク」

「はぁ……秋司、もう少しゆっくり食べたらどうだい?」

「ゴクン……別にいいじゃない。体力が回復すれば、その分魔力も回復するんだから。私はさっさと元の体に戻りたいのよ」


 あの後、ゼルによって回収された俺は、すぐに目が冷めたのは良かったものの魔力を完全に使い果たしていた。その為……


「いつまでも女のままじゃ学校にも行けないし」


 そう、俺は変身が解けたあとも身体は女のままであった。というのも、魔法少女は本来女がなるものであり、男の俺が魔法少女になるのはだいぶ特殊である。その為、変身する際に通常の場合は変身魔法と言うもので変身するのだが、俺の場合は変身する際に性転換魔法によって女になる必要があるのだ。つまり、性別を変えるのにも魔力を必要とする。しかも性別を変えるなんて高度な魔法はそれなりに魔力を消費するため、戦闘で魔力を使いすぎるとこのように変身が解けても魔力が足りずに男に戻れなくなるのだ。幸いにも今回の一件で学校は数日休校となったため俺としては好都合といえる。


「それじゃあ、今日はメイド服でも着て接客してもらおうかな」

「うげぇ……なんであんなヒラヒラな服を着なきゃいけないのよ……」

「おや?そんな口を聞いてもいいのかな?今夜は折角君の好きなカツカレーにでもしようかと思ったのに」

「うぅ……分かったわよ!着ればいいんでしょ!着れば!」

『そういえば、そろそろ海外の方へと派遣されていた………』


 俺は乱暴に残りの食べ物を口に放り込んでテレビを消した。


「いらっしゃいませ〜」


 その後俺はゼルに言われた通り、いつの間にか用意されていたメイド服に着替え、店で接客をしていた。


「おや、春海ちゃんじゃないか。1年ぶりかな?」

「はい、少し家の事情で数日だけこちらにお世話になる事になりまして」

「なんだ、そうならそうとマスターも言ってくれればいいのに……そしたらお土産とか持ってきたんだぜ?」


 複音春海ふくねはるみそれがこの姿の時の名前だ。当然の事であるが、この姿で本名を名乗れば不自然なのは間違いない為、この名前を名乗っている。


「そんなお土産だなんて、気にしなくてもいいのに……」

「いやいや、最近嫁も冷たいし、娘も反抗期でなぁ……春海ちゃんの笑顔をみると元気になるのさ……」

「た、大変ですね……私で良ければいつでもお話聞きますよ?」

「うぅ…ありがとう……ありがとう……」


 この常連の男性が何故か泣きだしてしまったため、取り敢えず背中を擦った後そっとしておく事にした。


「いやぁ…久しぶりに見たけど、本当にキャラ変わるよねぇ」


 注文の品を取りにカウンターに戻ると、ニヤニヤとした表情のゼルが小声でそう言ってくる。


「うっさい……からかう暇があったら、料理つくって」

「はいはい、承知しましたよっと」

 そして俺が料理やらコーヒーやらを運んでいると、例の少女が店へとやってきた。

「いらっしゃいませ〜こちらのお席へどうぞ〜」

「っ!……」


 俺がそう言って席に案内しようとすると、少女は少し驚いたような表情の後、軽く首を立てに振り、俺に付いてきた。


「あの……注文おねがいしてもいいですか?」

「はい、どうぞ」

「いつも……いえ、フルーツタルトとカフェオレお願いします」


 普段なら『いつもの』と答えていただろうが、彼女は俺の今の姿を知らないため途中で言い直したのだろう。


「かしこまりましたカフェオレとフルーツタルトですね。少々お待ちくださいませ」


 俺はいつもの流れで注文を取るが、この時あるミスをしている事に気づいていなかった。


「君、馬鹿だろ」


 少女の卓を離れ、カウンターへと戻った俺に、ゼルは呆れたような表情で開口一番そう告げた。


「な、なによ急に……」

「あのねぇ……君が最後にこの姿になったのはいつ?」


 その問いの意味が俺はよく分からなかったため、一瞬固まったあとに答えた。


「そりゃあ、1年前でしょ」

「そうだね。じゃあ『彼女』がここに通い始めたのは?」

「馬鹿にしないでよ。半年でしょ?」

「なら、なぜ君は彼女が注文をする前にシュガーを二本置いたんだい?それもシュガーの本数を聞くことなく」


 その瞬間、俺は全身から嫌な汗が吹き出る様な感覚に陥った。そう、『俺』は会ったことはあっても、『私』は会ったことがないのだ。なのに『いつもの』と言われ、何時もの感覚で注文を受けてしまったのだ。俺は恐る恐る少女の方を横目で見てみると、少女が怪訝そうな表情でこちらを見ているのが見えた。

「最悪………やってしまった……」


 そんな俺を見たゼルは深い溜め息を吐きつつ、コーヒーの入ったカップを渡してきた。


「まあ、何かあったら私などから話を聞いていたって事で取り敢えず誤魔化そう。だが、もう少し気をつけなよ?君が素を知られる事がいかに危険であるか忘れたわけではないだろう?分かったならはい、これ運んでおくれ」

「はい………」


 今までこの姿になった事は何度もあったものの、一年というブランクがある事を忘れていた。一度心を落ち着かせたあと、俺は自分の言動に細心の注意をはらいながら仕事を続けた。


「はぁ……疲れたわ……色々と……」

「完全に自業自得過ぎて何も言えないよ」


 主に精神的な面で疲労困憊だった俺はメイド服を脱ぎ捨てそのままリビングのソファーに寝転がった。


「ほら、服を脱ぎ散らかさないで洗濯場に持っていきなさい。あと、女の子がそんな格好で寝転ぶんじゃないよ」

「はいはい……わかりましたよっと……」


 ゼルに注意され、俺は渋々ながら床に散らばる服を持って洗濯場へと向かう。


「ついでにお風呂入ってくる」

「もう沸いてるからすぐに入れるよ」


 ゼルとも長い付き合いになる為、もはやいつの間に用意したのかという疑問は湧いては来ないが、いつもながら準備は良いものだと感心する。


「はぁぁぁ……幸せ……」


 湯船に浸かり、バスボムのシュワシュワ感や香りを楽しむのが一日の終わりに味わうのが最高の幸せだ。元々バスボムは使ってはいなかったのだが、ゼルがいつの間にか買ってきていたため試しに使ってみたらどハマりしてしまった。因みにこの事を幸樹に話したところ。「女みたいだな。うちの妹も使ってるらしいけど俺にはよく分からん」と言われてしまい、少しショックを受けた。


「秋司、着替えを置いておくから何時までも入ってないでさっさとあがってきなさい。もう夕食の用意は出来てるんだから」

「は〜い」


「で、どうだい?カレーの味は」

「優勝」

「それはよかった」


 風呂から上がり、すでに用意されていた夕食を口にする。するともう何もいらないと思えるような満足感を不思議と感じてしまう。


『速報です。本日の夕方16時頃、山形県の工事現場にて、現場内全ての鉄が盗まれる事件が発生しました。警察の調べによりますと無くなったのは鉄のみで、その他の金属等は無事だったとのことです。また、機械内の鉄も綺麗に抜かれている為、その手に詳しい人間の犯行とみてて調べを進めているとの事です』


 いつもなら聞き流してあまり気にならないいつものニュース番組。しかしこの報道は俺にとっては聞き流せるような内容ではなかった。俺とゼルは食事の手を止め、無言でお互いの顔を見合わせる。


「ねえ、ゼル……これって……」

「ああ、間違いなくあの子の仕業だろう……戻って来るという噂はあったけど、まさかここまで早いとはね……秋司、今の所はまだ近くには来ていないようだけど、あの子が呼び戻されたのにはそれ相応の理由があるはずだ。私も情報を集めてみるが、君も用心したまえ」


 ゼルのその言葉に、俺はより一層警戒しなければならないと改めて思うのだった。

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