65.不穏な誘い
「まさか‥‥30分程度で着くとは‥‥」
俺はいつものタワーの上に立ってそう呟いた。
「音速で飛んだんだから当然よ。それより、いるのは分かってるから出てきなさい!」
フェアリーがそう叫ぶと、下からタイタンが勢い良く飛び出した。そして俺達の目の前へと着地すると不思議そうな顔をした。
「二人の気配がしたから待っていた。二人ともボロボロだけど何かあったの?」
「それはこれから説明するわ」
俺達は、今回の依頼の事も含めてタイタンに事の次第を説明した。するとタイタンは明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
「無限に呼び出せるとか面倒くさい‥‥」
「まあ、確かに面倒くさかったわ‥‥でも、それさえ解決できれば龍神よりか倒すのは楽なはずよ」
「でも、アイツの行動範囲は日本全土。どこにどうやって誘き出して戦うのかも問題。今まではフェアリーから逃げていたけれど、今回の件で倒せる相手と気づかれてしまった以上フェアリーが追い立てる事もできない」
タイタンの言葉に、俺達は頭を悩ませる。確かにフェアリーが追い立てる作戦が使えないとなれば、もはやどうにかおびき寄せて待ち構えるしかないという事になる。
「それについて、少しゼルとも話してみるわ」
「そうした方がいい。後で僕も行く」
「ゼル?」
俺達の会話を聞いていたフェアリーがふと不思議そうな顔を浮かべた。そういえばフェアリーはゼルのことを知らない。
「ゼルってのは私の協力者の一人よ。ザシエルと同類らしいわ」
「はぁ‥‥なんとも頭の痛くなる話だわ‥‥ザシエルさんだけでも大問題になるのに、それと同類の存在もあなたについてるなんて‥‥」
その後、俺達は後日他の二人も交えて話すという事で解散することにした。なお、フェアリーは終始険しい表情で額に手を添えていたのは言うまでもない。
「あ〜疲れた‥‥」
「やぁ、ずっと見ていたが中々に大変だったねぇ」
「大変なんてもんじゃねぇよ‥‥何だよあの出鱈目な能力‥‥‥」
「流石は主神直属の神鳥なだけはあるね‥‥さて、詳しい話はまた今度にして取り敢えずはお風呂に入ってくるといい。そしてご飯を食べて早めに寝る事だね」
「ああ、そうする」
俺はゼルからバスタオルを受け取って浴室へと向かった。
「おはよう」
「「「「「おはよう!」」」」」
教室に入り、クラスメイトに挨拶をするいつも通りの日常。そんな中でオタクの声が響き渡る。
「復音ぇぇぇ!!大変だぁぁぁぁ!!」
「おお!?どした!?」
そう叫びながら近づいてくるオタクに、俺は一瞬怯みながらかろうじて返事をする。
「これを見てくれよ!」
そう言ってオタクが見せてきたのはスマホの画面に映る一枚の衛星写真だった。それはどうやら夜に撮影されたものならしく、まだ完全には日が沈みきってはいないものの多少暗く見える。しかしそれをよくよく見ると、一部の部分が不自然に白くなっているのが見える。
「実はこれ、昨日の夜に撮影されたものなんだ!」
「ほう、それで?」
「ここが妙に白く見えるだろ?これは濃い霧か雲だと普通は思うんだけど、昨日の気象状況ではこんなに深い霧が出るはずがないんだ」
「雲でもないのか?」
「これを見てくれ」
俺の質問に、続けて見せてきたのは先程の場所を映した映像だった。
「この映像では、周囲の雲は流されていっているのにこの部分だけは流されていないんだ。不自然だろ?」
「確かにそうだな」
「それで昨日、魔法少女ファンの間で行われた議論の結果‥‥魔法少女が原因じゃないかとなったんだよ!」
オタクが熱く語る中、それを聞いていた永瀬が口を開いた。
「霧を出す魔法少女がいるの?」
「ふっふっふ‥‥よくぞ聞いてくれた!実は一人だけ、これだけの範囲で霧を出す魔法少女に心当たりがあるんだ!」
クラスメイト達の視線がオタクに集中する。そしてオタクは大きく息を吸ってから口を開く。
「その名もクレス・ミラージュ!!」
その名前を出した瞬間、殆どのメンバーは頭の上に?を浮かべる。そんな中で響が一瞬嫌そうな表情を浮かべたような気がした。
「二つ名は『ストラテジー・イリュージョン』戦略の幻影!!彼女は中国を代表する魔法少女で『ワルプルガのサバト』に名を連ねる11人の魔法少女の一人さ!!」
「って事は強いのか?」
熱く語るオタクに幸樹がそう聞くと、オタクはノートをペラペラと捲りながら説明を始める。
「強いなんてもんじゃない!!もはや規格外に近い能力さ!!これを見くれ!!」
そう言ってオタクはノートのとあるページを見せてきた。そこには、まるで三国志にでも登場してきそうな大軍勢が写っている。
「これはある人がドローンを使って撮影した写真なんだけど、この軍勢は全てクレス・ミラージュが作り出した幻影なんだ。そして今回のように幻術で霧なんかも作り出して中に身を隠したり、敵を誘い込んで一網打尽にしたりやりたい放題さ」
「こりゃあ壮観だな‥‥でも、何かオタクに前教えてもらったアビス・リリーって奴と能力似てないか?」
幸樹の質問に、オタクは大きく頷いた。
「早田の言うとおり、確かに似ているね。だけど、どんな違いがあるかは本人達にしかわからないよ」
まあ、流石に追っかけ連中といえどもその辺は分からないだろう。正直、俺でも正確な部分までは分からない。だが、多少の違いがあるのは知っている。まずリリーの影の兵だが、あちらはそれぞれの兵を指先の小さな動きまでかなり細かく操る事が出来る。また、指示を出してから行動するまでのラグも無い‥‥と言うかほぼ自立しているに近いのだ。それに対してクレスは規模や強さは圧倒的だが、そこまで細かく操る事はできない。それに指示出してから多少のラグがあるらしい。まあ、お得意の先読みによってラグを相殺している訳だが‥‥‥
「因みにクレス・ミラージュの写真を撮るのってかなり難しいんだ。というのも彼女は殆ど最前線に出てこないからね」
「前線に出ずにどう戦うんだ?」
幸樹の疑問は当然だろう。だが、こればかりは仕方がない事である。なぜなら‥‥
「基本的には後方から幻影を操って戦ってるんだよ。何でも彼女自身には殆ど戦闘力が無いって話だ」
そう、クレスには殆ど近距離戦闘の手段が無いのだ。これもリリーとは違う部分だろう。リリーの場合は自身も魔法銃を持って戦うことができるが、クレスはそれがない。一切無い訳ではないのだが、他の魔法少女と比べて数段劣ると言っていい。
「だからこのノートの写真はかなり貴重だよ!」
大興奮のオタクの言葉に、その場にいたクラスメイト達は「おぉ‥‥‥‥」と声を漏らす。そこで俺は先程から疑問に思っていた事を聞いてみた。
「ところで、こんな衛星写真や映像をどうやって手に入れたんだ?一般公開されるにも、昨日の今日じゃ早すぎると思うんだが」
「ああ‥‥それは簡単さ!そういった関係者の中にも追っかけはいるってこと!」
「そ、そうなのか‥‥」
(それ、情報漏洩にならんのか‥‥?)
俺はそんなことを考えたが、変に突っ込むのはやめておこうと思う。
「因みに‥‥」
「お前ら席につけ〜」
オタクが何か言おうとした瞬間、いつの間にかやって来ていた担任の声が響く。そして俺達はそれぞれの席へと戻っていった。
「はぁ‥‥追っかけ連中の情報網はどうなってんだ?」
俺はベッドに倒れるように寝転がる。そして春美のスマホを覗き、何か連絡が来ていないか指を動かしていたが一件のRainの通知で俺は動きを止めた。
『突然連絡してごめんね!この間のライブの時に私と来てた従姉妹がまた春美ちゃんに会いたいらしいの‥‥よかったら近いうちに会えないかな?もし、迷惑だったら断ってくれていいから!』
永瀬から送られてきたそのメッセージに、俺はすぐには返信せずにあの時のことを思い出す。
(あの時は魔法少女に対して何かしらの負の感情を持っていて、その感情を俺は無意識に感じていたのだと思っていた。だが、なんだこの違和感は‥‥何か他に理由がある気がする‥‥それに、なぜ俺にそこまで会いたがるんだ‥‥?)
もう一度会えばその違和感の理由もわかるかもしれないと思い、俺は『うん!大丈夫!』と返してスマホを手放した。




