62.高度35000フィート
『現在35000フィート!これ以上は危険です!』
『敵はどうだ?』
『引き離せていません‥‥‥いまだすぐ後方に‥‥え?て、敵の姿が消えました!』
『なに!?総員警戒!どこから来るか分からないぞ!』
加山さんの言葉で機内は静寂に包まれる。しかし、乗組員達の荒い息や自分の心音だけは妙に大きく聞こえる。そしてその静寂は操縦士の声で破られた。
『レーダーに反応!こ、これは‥‥直上です!』
その声が聞こえるのと同時に、機内は大きく揺れて左へと傾き始める。おそらく緊急回避の為に無理やり旋回しようとしているのだろう。
『風よ』
私は少しでも引き離せるように魔法を使う。だが、どれほど効果があったのかは直接見ることができないため分からない。
『敵は当機から一度距離を取った模様!200m以上は離れました!』
どうやら敵との距離を稼ぐことはできたようだ。これなら、私が出撃する事も可能だろう。
「加山さん!今のうちに出ます!」
「了解しました!総員、コンテナを後部に移動!投下準備に入れ!」
「「「了解!!」」」
加山さんが指示を出すと、複数の隊員達が一斉にコンテナを移動させて投下の準備に入った。そして諸々の用意が終わると、隊員達は一斉に酸素マスクを装着する。
「用意完了しました!出撃する際にこのコンテナの固定ベルトを切ってください!」
「了解しました」
私は加山さんにお礼を言って、機体の後部に移動した。
「後部ハッチ開きます!」
加山の合図と共に、ゆっくりと後部の扉が開いていく。そしてそれと同時に凍てつく風が機内に流れ込んでくる。
「出撃します!」
私はそう叫び、コンテナの固定ベルトを切ってコンテナと共に勢い良く空へと身を投げた。
「生きてるでしょうね?」
私は自分が抱えている鉄のコンテナを見てそう呟いた。というのもここは10000mを遥かに超える空の上。私でさえ殆ど経験のない高さなのだ。気温は-50℃にもなり、気圧もとても低い。普通の人間ならば、とっくに死んでいるだろうが、魔法少女なら耐えられるはず。だが、魔法少女でも身体への負荷は尋常では無いため一応確認してみる。まあ‥‥『コレ』がそんなひ弱なわけがないのだが‥‥
「さて‥‥いい感じで輸送機も離れているし、好きに暴れていいわよ。ここは遥か空の上、何も気にする必要は無いわ」
私の存在に気づいた巨鳥は、私の方へと一直線に向かってくる。私は何度かあれを追いかけている為、奴にとって私は面倒な存在なのかもしれない。
「さて‥‥派手にブチかましなさい!」
私はコンテナを掴んだままその場で回転し、その勢いのままコンテナを巨鳥の方へと放り投げる。するとコンテナは勢い良く飛んでいき、巨鳥と接触する寸前に赤く光って巨大な爆発を起こした。
「ちょっ‥‥!?なんて威力よ!?このままだと私も‥‥!」
その爆発はとてつもない威力であり、その衝撃波で私は吹き飛ばされてしまった。幸いにもすぐに立て直したため、そこまで飛ばされることは無かったものの‥‥この威力では一体どれほどの範囲に影響が出たのか考えたくもない。
「報告!!フェアリー殿の出撃地点より、巨大な爆発を確認!」
隊員の一人がそう叫んだ瞬間、輸送機をとてつもない揺れが襲った。
「全員、姿勢を低くして何かに掴まれ!!」
加山の叫びも虚しく、隊員の中には床に倒れる者や、壁に強く打ち付けられる者などの叫びとあらゆる機器のアラーム音が鳴り響き隊員達には加山の声は聞こえていない。
「ぐ‥‥‥‥収まった‥‥‥のか?全員無事か?」
揺れが収まり、加山がゆっくりと顔を上げて確認すると、隊員達がそれぞれ報告し始める。
「は、はい‥‥操縦士二名とも無事です‥‥」
「貨物室‥‥‥一名が背中を強く打ったことで負傷していますが‥‥五名全員無事です」
その報告で、加山はほっと胸をなでおろした。
「加山ニ尉、あの爆発は一体‥‥‥それにあの威力は‥‥‥」
「ああ、この機体はあの爆発した地点から数キロは離れていた。しかし、あれだけの衝撃がくるなど核兵器並みだな」
「もしや、フェアリー殿と共に投下したコンテナの中身は核兵器であったと?」
「いや‥‥‥このご時世で、しかも国境付近で核など使えばそれこそ戦争まっしぐらだ。そんな愚かな真似はせんよ」
「では、あれはなんだと?」
「コンテナの大きさを覚えているか?」
「ええ、全長200cm幅60cm高さ50cmでありますが‥‥‥」
「丁度‥‥人が一人入れるな」
「‥‥‥っ!?もしやあの中身は‥‥‥!?」
「ああ‥‥あの中に収納できて、核兵器並みの爆発を起こせる物など私は『アレ』以外知らん」
「上層部に連絡は?」
「やめておこう‥‥‥これはただの憶測だ。下手に報告して混乱させるわけにもいかない。それに‥‥実は娘が産まれたばかりでね」
「はぁ‥‥‥?」
「私はまだ『死神』の恨みは買いたくない」
その言葉を最後に、機内は静寂に包まれる。そして輸送機は当初の予定通り、港湾都市へと向かっていった。
「ふぅ‥‥ようやく外に出られたわ!」
何時間も鉄の棺桶の中に閉じこられていた俺は、思いっきり息を吸った。まあ、この高さではマトモに酸素は手に入らないのだが‥‥‥今俺がマトモに息ができるのはフェアリーの魔法のおかげだ。逆にフェアリーが-50℃にもなるこの場所でマトモに動けるのも俺の能力のおかげと言える。
「相変わらずのバ火力だわ‥‥さて、あなたの様子を見る限りだと上手く機能しているみたいね」
「ええ、特に問題なく飛べているわ」
フェアリーが言っているのは、俺が今首から下げているアクセサリーの事だ。これはフェアリーが用意した魔導書で、風を操り自在に飛行する魔法が込められている。
「因みにこれの効果時間は?」
「普通に使えば1時間、ぶっ飛ばして45分ってとこね」
「なるほどね‥‥なら、少し調べてくるわ」
「え?何をするつもり?あんまり変なことは‥‥‥」
フェアリーが何か言っていたが、俺はそれを無視して巨鳥へと一気に近づく。当然相手が黙って見ている訳もなく攻撃を仕掛けてくるが、俺はそれを最小限の動きで躱しながら巨鳥の真下を通り抜けた。
「あ〜なるほどなるほど‥‥」
俺は巨鳥の真下を通過する瞬間に少し見上げてある事を確認し、すぐさまフェアリーの元へと戻る。
「ちょっ!あなた無茶しすぎよ!あれが何なのかも良くわかってないのに安易に近づくなんて馬鹿なの!?大体あなたはいつもいつも‥‥‥」
戻ってきた俺に対してフェアリーが説教じみた事を言ってくる。
「はいはい、ストップ!お小言なら後で好きなだけ聞いてあげるから!」
「はぁ‥‥それで?結果は?」
「黒よ。左右の脚の間に、ご立派な脚が隠れてたわ」
「3本脚‥‥予想通りってわけね‥‥」
「アサシンからの報告でほぼ確定してはいたのだけど、この目で見てハッキリしたわね。正体が分かればやりようはある」
俺達がそんな会話をしている間も、謎の巨鳥改め『八咫烏』は俺達へと迫ってくる。
「さて、お次の問題はこの後どうやってこの状況を切り抜けるかだけれど‥‥」
「あなたの事だから、何かしら保険をかけているのでしょ?」
「ええ、ザシエルに頼んで保険を用意してもらっているわ」
「あなたの噂の協力者ってザシエルさんの事だったの?これが知られれば魔法少女全体が大混乱ね」
それもそうだろう。何せザシエルは世界を飛び回り、各国に様々な情報を提供しては様々な情報を集めている。時には助け、時には成り行きに任せる。そんなザシエルを世界は『調停者』や『神の使い』などと呼んで畏怖しているのだ。それが『実はあの死神とグルでした』なんて事になれば、大混乱どころの話では無い。俺の首に賞金がかけられることになる。いや、すでにかけられているのか?
「ただまあ‥‥今まで通りならすぐに姿を消すでしょ」
「そう‥‥ね」
今まで通りであれば、奴はすぐにゲートを開いて消えるはずだ。だが、奴は依然として俺達に迫っている。
「思いの外粘るわね‥‥」
全く逃げる様子のない八咫烏の様子に、俺は呆れ半分でそう呟いた。しかし、フェアリーは神妙な面持ちで八咫烏を見ている。
「なんか様子がおかしいわ‥‥‥アレとは何度も接触しているけど、あれだけ好戦的なのは初めてよ」
『キエェェェェェェェ!!!』
突如、八咫烏が耳をつんざくような叫び声を上げた。すると八咫烏の周囲に複数のゲートが出現し、中から複数の鳥のような魔物が姿を現した。
「あ〜‥‥これは予想外‥‥」
「さすがは神ね‥‥」
俺達二人は、視界に広がる魔物の群れに顔を引きつらせた。