60.ライブの終わり
「そろそろ終わりね‥‥」
永瀬がスマホで時間を確認してそう呟いた。それに対して幸樹が飲み物を片手に口を開いた。
「でもライブ終わった後も1時間は会場開いてるらしいから、まだゆっくりしててもいいだろ」
一応ライブ自体は21時で終わるのだが、その後に出店などで買い物をすることも考慮して会場は22時までは開いてるのだ。その為、俺達もまだ稼ぐチャンスがあるわけだが‥‥‥
「あの量を考えると、泣きたくなるわね‥‥」
ライブ前の混み様を考えると、この後もかなりのお客さんが来るに違いない。そうなれば店はとんでもない忙しさになる。
「僕も手伝うから大丈夫」
「響‥‥あなたが天使に見えてきたわ‥‥」
俺が響の言葉に感動していると、幸樹が大声を上げる。
「なあ!みんなで手伝おうぜ!何が出来るか分からないけど、今回食べ物とか奢ってもらったわけだしよ!」
「うん!そうだね!私も手伝うよ!」
幸樹の言葉に永瀬が賛同し、他のクラスメイト達もそれに続く。
「確かに、食べさせてもらって何もしないってのも気分悪いよな!」
「私も頑張っちゃうよ〜!」
「オタク達が戻ってきたら、あいつらにも手伝わせようぜ〜」
何と言うか、相変わらずすごい団結力だ。だが、俺はこの雰囲気が結構好きなのだ。
「皆ありがとう!私が調理の方に入るから、みんなは接客の方をお願い!」
俺はみんなにそう伝えると、キッチンカーの中へと入る。すると、ネルが何やらゴソゴソと荷物を漁っているのが見えた。
「ネル、何してるの?」
「フッフッフ‥‥‥実は春に何着せるか決めきれなくて色々と持ってきてたのよ!」
ネルはそう言ってとある箱を開いた。すると中には何着かのメイド服が入っていた。
(え、まさか私を着せ替え人形にしようとしてた‥‥?)
俺はその光景を見て、顔が引きつっているのが自分でも分かった。
「きゃ〜!メイド服可愛い〜!!」
「これ着てもいいんですか!?」
「私も着た〜い! 」
そのメイド服を見た女子達はキャーキャーとはしゃいでいる。そしてそれを見ていた男子達は満足げに頷いている。
「うちのクラスの女子はみんなレベルが高いからな。人はかなり呼べるだろう。‥‥それに比べて俺達男は‥‥‥」
「おいバカやめろ!虚しくなるだろ!」
「いやまて!まだ俺達には早田がいるぞ!」
「たしかに!早田なら何とかできるかもしれない!」
そうしてクラスメイトの男子の一人である大田は幸樹の肩を力強く掴んだ。
「な、なんだ!?いきなりどうした!?」
「なあ、早田‥‥認めたくはないが、お前は顔がいい‥‥そう、イケメンだ‥‥」
「すまん‥‥話が全く読めないんだが‥‥それに俺はイケメンってわけじゃ‥‥」
「うるせぇ!!変な謙遜はただの嫌味だ!!‥‥‥とりあえず、お前にやってもらいたいことがある」
「お、おう‥‥なんか分からんが、何をすればいいんだ?」
「その顔で女釣ってこい」
「はぁ!?」
大田の意味不明な発言に、幸樹は変な声を上げる。そしてその光景を見ていた俺も開いた口が塞がらない。
「今のままじゃ、来る客は殆ど男ばっかだ‥‥でもそれじゃあ、折角女性が好みそうなメニューもあるのに勿体無いじゃないか」
「ま、まあ‥‥そうかもしれないが‥‥‥でも別に俺がやる必要は‥‥‥」
「お前には聞こえないのか!今もなお床に臥して苦しんでいる同胞の嘆きが!」
「それは‥‥‥」
「復音に、いい土産話を持っていってやろうぜ。女子だけじゃなく、男も頑張ったんだってな」
「‥‥‥‥分かった。俺やってみるわ‥‥」
何故かその気になってしまった幸樹は、スマホのカメラ機能で少し身みを整えてから足を踏み出した。
「「「おおお!!」」」
「俺行ってくる!」
「行け!我らの勇者よ!」
「俺達の希望を背負って!」
「ああ!期待して待ってろ!!」
そして、『勇者』早田幸樹は大勢の人の中へと消えていった。そして、間もなくして戻ってきた。
「勇者が戻ってきたぞ!」
「でも早くないか?」
「どうかしたのか?」
男子達が口々にそう呟く。そして幸樹は大田の前まで来ると、突如その場で崩れ落ちた。
「友達どころか知り合いですら無い女性にどう声をかければいいのか分からない!!」
「くそ!!この勇者スキルも無ければ経験値すらねぇ!!」
「遊んでるのは顔だけか!!」
改めて思う。こいつらは馬鹿だ。
「フフ‥‥芽実のクラスメイト達は本当に面白い人達だね」
「う、うん‥‥なんかごめんね?」
「いや、楽しそうで羨ましいよ」
愉快そうにクスクスと笑う唯に永瀬は困ったような表情を浮かべている。すると、他の女子の声が聞こえてきた。
「ちょっと男子!また馬鹿な事してないで手伝ってよ!」
「マスターが手伝ってほしいんだって!」
「「「イエスマム!!」」」
女子達にそう言われた男子達は一斉に姿勢を正して散らばっていった。うちのクラスの男子が目立って活躍する日はまだ先になりそうだ。
「まったく‥‥‥」
俺はその様子を見て小さく呟いた。そして自分も仕事の続きをしようとした時、突如後ろから手を掴まれた。
「は?えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
俺はあまりにも突然の事に反応が遅れ、そのまま近くの公衆トイレの裏に連れて行かれた。
「ちょ、ちょっとまって!?せ、せめて理由を!」
「ふう‥‥ここなら変に大声を出さなければ他の人に聞かれることはないでしょ」
「人の話聞いてます!?‥‥て、あなたはまさか‥‥‥」
「は〜いストップ!あんまり大きい声出さないでね〜」
俺が改めてその人物を見て口を開こうとした時、その人物『逢田恋歌』はそれを止めた。
「さて、ようやく二人で話せる!久しぶりねローズ!」
やはりバレていた。まあ、俺をピンポイントで連れ出した時点で確定していたようなものだが‥‥でも一応は抵抗しておくことにする。
「えっと‥‥人違いですよ?久しぶりもなにもあなたの事はテレビでしか見たことないです。それにローズなんて名前でもないですし」
「この期に及んでまだしらばっくれるか〜‥‥」
恋歌は「はぁ‥‥」と大きく息を吐いてから再び口を開く。
「さっき、あなたの方に魔力を流したんだけど気づいてたでしょ?あなたが明らかに反応してたのがステージの上から見えてたわよ?あと、隣にいた子は体格的に見てタイタンでしょ?」
どうやら全てお見通しのようだ。であるならば、もはやこれ以上言い逃れしたところで無駄なのだろう。
「はぁ‥‥それで、態々接触してきた理由は何かしら?」
「ようやく認めたね!私が会いに来た理由なんて一つに決まってるじゃない!私と‥‥」
「嫌よ。前にも断ったと思うけれど?」
「まあ、そうだけど‥‥でも、よく考えてみて?私と一緒にいれば、いろんな国に行くのも簡単になるわよ?そうすればローズにとっては都合がいいんじゃない?」
恋歌の言うとおり、恋歌と一緒に活動するとなれば日本政府の名の元にあらゆる国で変に詮索されることなく活動できるだろう。だがそれを加味してもデメリットが大きすぎる。なにせ日本政府の下につくという事だから。
「何度も言うけれど、私は政府の命令に従うつもりはないわ。政府のやり方を否定するつもりは無いけど擁護も出来ない。私は自分の信念に従って動く。それはこれから先も変わらないわ」
「でもそれじゃあ敵を作りすぎる!このままじゃあ世界中を敵に回して破滅する!私はあなたにそうなってほしくない!色んな人を救ってきたあなたの最後がそんな悲しいものであっていいはずない!」
「でも、それが私達が選んだ道よ」
「私達?それってまさか他にも‥‥」
「お嬢様!」
恋歌がそこまで言ったとき、恋歌の背後から一人の魔法少女が声をかけた。
「マネージャーさんから言われて慌てて探しました。勝手に動かれては、我々が護衛をしている意味が無くなります」
「はい‥‥ごめんなさい‥‥」
「おや?そちらの彼女はお知り合いですか?」
「いえ、サングラスが取れて周りにバレそうになったところをこの場所まで引っ張ってきてくれたんです」
「そうでしたか。この度はお世話になりました。くれぐれも、この事は内密にお願いします」
「ええ、分かりました」
その後、恋歌は護衛の魔法少女に連れられてその場を後にした。そして俺もその姿を見送ってからみんなの場所へと戻った。まあ、戻ったあとにゼルから「忙しい時にどこへ遊びにいってたんだい?」とボヤかれたのは言うまでもない。