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薔薇の死神  作者: 族猫
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59.車椅子の少女

「みんな遅くなってごめんね!前に話した従姉妹も行きたいって事で連れてきたの」


 そう永瀬が言うと、車椅子に乗っていた少女が口を開いた。


「はじめまして、私は芽実の従姉妹の永瀬唯ながせゆい。急遽私が行きたいと言い出した事で約束に遅れてしまったんだ。申し訳ない」


 そう言って儚く微笑む少女からはあまり生気を感じられない。しかし何やら覚悟を持っていそうななんとも不思議な雰囲気を纏っていた。さながら自らの罪を認めて裁きの時を待つ死刑囚のようだ。だが、気になるのはそこだけでない。と言うのもこの少女を見た瞬間から、何やら心の中で何かがざわつくのだ。そう、まるで俺自身が何かに怯えているかのようだ。


(何‥‥‥?この違和感は‥‥?)


 俺は左手で何故か震えている自身の右手を押さえ込む。


「‥‥‥‥」

「大丈夫?」


 何も言わずに少女の方を見つめていた俺を不審に思ったのか、響がそう声をかけてきた。


「え、ええ‥‥大丈夫‥‥少し疲れたのかもしれないわ‥‥」


 俺はそう言って自分のアイスティーを一気に飲み干した。


「さあ、委員長と従姉妹さんもテーブルに!今回はマスターが奢ってくれるらしいぞ!」

「え、ホント!?」


 幸樹にそう言われ、永瀬は驚いた表情でゼルの方を見る。


「もちろんさ!今回は私の奢りだ。だから好きに注文しておくれ!勿論、そちらの従姉妹さんもね」


 こうして二人が案内されたテーブルは、俺と響の座るテーブル。そして件の少女は俺の隣に来る形になった。


「もしかして、芽実が話していた春海ちゃんと言うのは君かな?」

「は、はい‥‥春海です‥‥芽実さんには良くして頂いて‥‥」


 俺は先程から感じている妙な感覚に、思わず変な感じで返事をしてしまった。


「フフ‥‥話に聞いていた通りの可愛らしいお嬢さんだ」

「は、はぁ‥‥それはどうも‥‥」

「おや、すまないね。いきなりこんな事を言‥‥‥っ!?‥‥‥君は‥‥‥まさか‥‥!?」

「え?」


 俺の顔を見て突如固まった唯という少女に、俺は思わず変な声を出してしまった。


「メニュー貰ってきたよ〜あれ?どうかしたの?唯姉?」


 メニューを片手にテーブルにやってきた永瀬は、固まっている唯に不思議そうに声をかけた。すると唯は我に返ったようで、また今までと同じ雰囲気に戻った。しかし、心無しか先程よりも表情から生気が感じられる気がする。


「ん?ああ、何でもないよ。ただ、春海ちゃんが君から聞いていたよりも遥かに可愛らしくて驚いてしまったのさ」

「気持ちはわかるけど、あまりやりすぎると春海ちゃんに引かれちゃうよ?」

「フフ‥‥そうだね。気をつけるよ」


 そう言って少女が微笑んだのと同時に会場の方から一際大きな歓声が聞こえ、そちらを見ると恋歌が変身しているのが見えた。そして恋歌の歌が離れている俺達の耳にもまるですぐ側で歌っているかの様に聞こえてくる。これは恋歌のライブのお馴染みの光景で、恋歌の魔法によって普通は行えないような様々な演出をするのだ。その一つがこの相手の鼓膜に直接声を届ける魔法だ。この魔法は戦いでも離れた相手に自身の声を届けることができるため、非常に強力な魔法と言える。


「うわぁ‥‥‥きれい‥‥」


 永瀬は上を見上げてそう声を漏らす。それもそのはず、恋歌の魔力で生み出した様々な光の演出が会場全体を包んでいるのだ。これはただの照明などでは絶対に表現出来ないだろう。


「いつ見てもキラキラと輝いていて素敵ね‥‥」


 俺は思わずそう呟いた。正直、俺にとって彼女は眩しすぎる。なにせ彼女は世界中から愛され、世界中を照らす光そのもの。対して俺は未だに自身の過去さえ振り切れていない始末。そんな自分がなぜ彼女と肩を並べられようか。俺にはそんな資格はない。


「露骨なアピールがすごい‥‥明らかにこっちの方に強い魔力を放出してる。春海、もしかしてバレた?」


 暫くその美しい光景を眺めていると、響はそう言って俺の方に視線を向けた。


「いや、バレるはずはないと思うのだけど‥‥偶々の可能性もあるんじゃない?」

「いや、多分確信犯だと思う」

「それはなぜ?」

「僕が同じ立場でも春海に気づいてほしくてそうするから」

「そ、そう‥‥‥」


 よく分からないが、響がそう言うならそうなのだろう。だが、もしバレているとすればかなりまずい。流石にいきなり突撃してくるような非常識人間ではないとは思うが、どこかで接触してくる可能性はある。


「あれ?すごく難しい表情をしてるけど大丈夫?」

「え?あ、うん‥‥今日はお客さんが多かったから少し疲れただけ。ほら、うちのお店って普段そこまでお客さん来ないから」


 心配そうに顔をのぞき込んできた永瀬にそう答えた俺は、余計な考えを捨てて再び恋歌の歌に耳を傾けた。


「凄いよね‥‥魔法少女って‥‥」


 俺が歌に聞き入っていると、永瀬がそう呟く。


「凄い?」


 そんな永瀬の言葉に響が反応すると、永瀬は軽く頷いてまた口を開く。


「うん。だって私達と殆ど変わらない年齢なのに正義の味方として戦ってるなんてすごいよ」

「そう‥‥」

 

 永瀬の言葉に、響はただ短くそう答えるだけだった。かく言う俺もそれに対しては何も言えない。普通の人からは『正義の味方』と見えるだろうが、その真相はただ組織に従い必要とあればその手を汚す事もある一兵士でしかない。それに、意図せず罪なき人々の命を奪うことだってある。魔法少女に憧れを抱いていた少女も、現実を知って絶望して朽ちる者。割り切って強者となる者。そもそも運良くその場面に出くわさずそのまま強者となる者。それは人それぞれであろうが、一度でも魔法少女になった者はこう答えるだろう『魔法少女など碌でもない』と。


「‥‥‥‥‥っ!」


 俺は先程から無言でいる唯の方に視線を向けると、唯は先程までの儚く微笑んでいた表情とは打って変わり何とも言えない苦悶の表情を浮かべて強く手を握りしめていた。


(もしかして、その身体になったのに魔法少女が関わっているのだろうか?だとすれば魔法少女の事を憎んでいてもおかしくないか‥‥ああ、そんな感情を俺は無意識に感じ取っていたのかもな)


 俺はその少女の様子を見て、先程まで感じていた違和感に納得して深い同情の念を抱いた。


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