58.ライブ開始
「ライブが始まったみたいね」
会場から聞こえる歓声を聞いてそちらに目を向けると、ステージの上に出てくる逢田恋歌の姿が見えた。そして出店で買い物をしていた人々も慌ててステージ前に向かい、徐々に人が少なくなっていく。
「響、お疲れ様」
「す、すごい人だった‥‥‥もう、むり‥‥」
響はそう言ってテーブルに突っ伏した。
「手伝ってくれてありがとう。すぐに用意するから、何でも言ってちょうだい」
「オムライス!」
「材料あるかしら?」
俺はチラッとゼルの方を見ると、ゼルは親指を立てて合図してきた。
「出来るまでこれでも飲んでゆっくりしててね」
俺は響の前にアイスカフェオレを置いてゼル達の方へ向かった。
「メニューには無いはずだけれど、よく材料あったわね」
「プロと言うものは、あらゆる事態を想定するものだよ」
それっぽい事を言ってはいるが、どうせまかない用に持ってきてただけだろう。
「私もオムライス食べた〜い!」
「はいはい、お客も減ったし君も休むといい。飲み物は自分で用意したまえよ」
「やった〜!」
ゼルの言葉に、ネルは大喜びで自分の用のアイスコーヒーを入れ始める。そしてその横でゼルはオムライスの支度をし始めた。
「あ、喫茶シャノワール!ここだよ!」
「おお!ここか!お客さんも少なくていいタイミングで来たみたいだな!」
俺も何か飲もうかと考えていると、不意にそんな声が聞こえた。この声は鈴木さんと幸樹の声だ。
「おやおや、秋司のクラスの子達だね?久しぶりの子は久しぶり。はじめましての子ははじめましてだね」
ゼルがそう言うと、クラスメイト達は「お世話になります!」と言って一斉に頭を下げた。
「すみません。急にお願いしてしまって‥‥それも秋司本人もいないのに‥‥」
「君が早田幸樹君だね?気にしないでくれたまえ。あの子の学友なら大歓迎さ!それにこちらこそ妙な時に熱を出すなんて家の子が申し訳ないね。さあ、好きな席に座ってくれたまえ。今日は御馳走しよう!」
「「「おおおお!!!」」」
ゼルがそう言うと、クラスメイト達は歓声をあげる。すると幸樹がオムライスを食べている響に気づいて声をかけた。
「あれ?鋼沢さん?もう来てたのか」
「大体一時間くらい前に来た。ん?そういえば少ない?」
響は来ているクラスメイト達を眺めて、人数が少ない事に気づいてそう尋ねる。
「ああ、オタクと数人の奴はライブを間近で見るって事でステージの方に行ったんだ。あと委員長はよく分からないな」
「なるほど‥‥あれ、春海?」
響は突然姿を消した俺を探して、キョロキョロと辺りを見回している。因みに俺はクラスメイト達の姿が見えた瞬間にキッチンカーの影に隠れた。というのも前に永瀬に会ったときもそうだったが、知り合いに女装姿を見られるというのはかなりキツイものがある。それに今俺は魔改造メイド服を着ているのだ。そんな姿を知り合いに見られるのはあまりにも恥ずかしい。
「おやおや‥‥もうすでに多くの人間にその姿を見せつけているというのに、今更恥ずかしがるとはねぇ‥‥」
ニヤニヤとした表情でこちらを覗いてくるゼルに一瞬カチンと来たが、今はそれどころでは無い。
「しかたないでしょうが!クッ‥‥‥他人事だからって勝手な事を‥‥‥!」
「そのままずっと隠れているわけにも行かないだろう?だからと言って、熱が出てると言った男の君が現れるわけにも行かないしね。それに、君に隠れられると店としては困るのでね。諦めて出てきたまえ」
「このツケは後できっちり払ってもらうからね」
「覚悟しておこう」
俺は大きく息を吐いて、キッチンカーの後ろから出る。すると響の「あ、春海!」という声と共に、クラスメイト達の視線が俺の方へと向けられた。
「い、いらっしゃいませ〜‥‥」
「「「「‥‥‥‥‥」」」」
その視線に怯みながらも、俺は店員として挨拶する。しかし、クラスメイト達は俺をじっと見ている。そして次の瞬間、その静寂は破られた。
「おお!君が春海ちゃんか!」
「マジでトリッターで見た子だ!」
「ねえねえ!一緒に写真撮って復音君に送っちゃおうよ!」
「普段の復音君ってどんな感じ?」
俺はクラスメイト達に囲まれ、質問やら写真やらで大騒ぎとなる。
「さあ、食べたい物や飲みたい物があれば遠慮なく言ってくれたまえ。とりあえずはこれでも食べながらライブを楽しもう」
大騒ぎとなっているクラスメイトに向かってゼルがそう言い、いくつかのテーブルの上に大皿に乗ったフライドポテトを置く。するとクラスメイト達はそれぞれ席に座って感謝の言葉を口にしながらポテトをつまみ始める。
「さあ、君達もこれを食べながらみんなと楽しむといい」
ゼルはそう言って俺と響の分のオムライスをテーブルに置いた。
「うん、ありがとう」
「おお!!美味しそう!!」
嬉しそうに食べ始める響に続いて俺も食べようとスプーンを持った時、クラスメイト達の視線に気づいた。
「これが例のオムライスか‥‥本当にうまそうだな‥‥」
「うん‥‥すごくキレイ‥‥」
「やべ、俺めっちゃ腹減ってきた‥‥」
そんなクラスメイト達を見たゼルが、「君達も食べるかい?」と聞くと全員が首を縦に振る。するとゼルは何処かへと電話を始めた。おそらくだが、ザシエルに材料を持って来させようとしているのだろう。というか、念話が出来るのにわざわざスマホを使う意味あるのか?俺はそんな事を考えながらステージの方へと目を向けた。
(凄いな‥‥歌っている恋歌が真正面から見える‥‥)
「ん?春海どうかしたの?」
「え?ああ‥‥真正面からステージが見えるから‥‥あの子は相変わらず凄いなぁって思ってね」
「確に恋歌は凄い。僕も世界中に派遣されていると言う点では同じだけど、恋歌はその行く先々で好かれている。僕にはできない事」
「そうね‥‥私なんて逆に行く先々で命を狙われているぐらいだし」
俺はそう言って、未だに盛り上がっているクラスメイト達の方に視線を戻す。どうやらメニューを見ているようで、「あれも美味しそう」「これも美味しそう」と声が聞こえてくる。
「あ、みんな盛り上がってるね〜」
俺がメニューを見てワイワイとしているクラスメイト達を眺めていると、不意にそんな声が聞こえてきた。その声にクラスメイト達が一斉に顔を向けると、永瀬が一台の車椅子を押しながらこっちへ向かって来ていた。そしてその車椅子にはなんとも不思議な雰囲気の少女が乗っており、その少女は儚げな笑みを浮かべていた。