57.誤算
「オリジナル四つとメロンクリームソーダ二つお願い!」
「こっちはミルクティーとアップルパイ二つずつにチョコバナナクレープが一つ」
響にメイド服を着せて見たら、それはそれは可愛らしく様々な人の目を引いた。結果としていま店に多くの人が押し寄せており、流れ的に響も手伝ってくれる事になった。
「これはこれは‥‥店が始まって以来の盛況ぶりだねぇ‥‥ほら、そこのバイトもキビキビ働きたまえ。早くしないとお客様を待たせてしまうよ」
「これでも必死に頑張ってるのよ!慣れない作業なんだからもう少し大目に見なさいよ!」
「おやおや、母親面する癖に料理を慣れない作業と言い捨てるとは‥‥やはり所詮はその程度ということか‥‥」
「それとこれとは話が違うでしょうが!料理くらい普通にできるわよ!あと、この多様性の時代に母親だからとかそんなこと言うと叩かれるわよ!」
ゼルがどこからか用意してきたらしいキッチンカーの中で、二人が何やら言い合いながらドリンクやフードを用意している。
「チョコバナナクレープ二つ追加で!ふぅ‥‥とんでもない人ね‥‥」
「僕、なんだか目が回ってきた‥‥」
「手伝わせちゃってごめんなさい‥‥落ち着いたら好きなもの食べさせてあげるから」
「おお‥‥!!それを聞いて俄然やる気が出てきた!」
俺の言葉に目を輝かせた響は、出来上がった商品の入った紙袋を持って待っているお客のもとへと向かった。
(普段そこまで忙しくない分、かなり大変だわ‥‥まあ、もう少しでライブが始まるからお客は多少落ち着くはず)
テーブルや椅子をいくつか用意しているが、ほとんどのお客はテイクアウトしている。まもなくライブが始まるため、恐らくステージの方へと皆向かうのだろう。
「すみませ〜ん!注文お願いしていいですか〜?」
「はい、ただ今お伺いします!」
呼ばれた俺は直ぐ伝票を片手にお客の元へ向かい注文を受ける。
「お待たせしました。ご注文をお伺いします」
「えっとまずは‥‥‥」
そう言ってメニュー表を指でなぞりながら眺めているお客は、ぱっと見は俺と同世代くらいの少女で帽子を被ってサングラスをつけていてまるで素顔を隠しているかのようだ。
「アイスミルクティーとイチゴクレープを一つず‥‥‥」
少女はそう言いながら顔を上げ、俺の顔を見た瞬間に固まった。
「どうかなさいましたか?」
俺が固まっている少女にそう尋ねと、少女は慌てた様子で口を開いた。
「え、あ!何でもないです!アイスミルクティーとイチゴクレープ一つずつください!」
「?かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
俺はそんな少女の反応を不思議に思いながら、注文を伝える為にキッチンカーへと向かった。
「アイスミルクティーとイチゴクレープ一つずつね」
「ん〜?あの子の服‥‥なんか見たことあるような‥‥?」
俺がオーダーを伝えると、ネルは先程の少女の方を見て何やら呟いた。
「ん?あの子知ってるの?」
「ええ、なんかどっかで見たことある気が‥‥‥あ!そうよ思い出したわ!確か今年の初めに私があの子にあげた服だわ!」
「あの子???」
「そう!逢田恋歌よ!逢田恋歌!」
その瞬間、俺とゼルは固まった。そしてゆっくりとネルに確認する。
「ねえ‥‥‥一応確認するんだけど‥‥その服って同じデザインは複数あるんでしょ?」
「いいえ!私が逢田恋歌専用でデザインした世界に二つとない逸品よ!ほら、世界的なアイドルに着て貰えればいい宣伝になるでしょ?だから、舞台衣装と一緒に送ったのよ!!」
正直、ネルの話の後半は聞こえていなかった。今の俺ははっきり言ってそれどころではない。なぜなら、ネルの話のとおりであれば今俺がオーダーを取ったのは逢田恋歌本人ということになるからだ。だが何故、本番まで一時間と言う時にこんな場所にいるのか?
「ふぅ‥‥‥もはや君に『そういう事は早く言え』などと言っても無駄なことはわかっているから言わないけれど。流石に自分の送った服をすぐに気づけないのはどうなんだい?」
「しょうがないじゃない!こっち作業しながらチラ見しかできないんだから!」
「まあいい。流石に変身前の姿でバレるなんてことはないだろうしね」
確かにゼルの言うとおり、変身前と後では見た目も大きく変わる訳だからバレる可能性は無いだろう。だが、先程の俺を見た際の反応が少し気になった。
「とりあえず、早く用意してちょうだい。他のお客さんも待ってる」
「そうよ!気にするだけ無駄よ!さ、早く仕事するわよ!はい、アイスミルクティーとイチゴクレープおまち!」
「じゃあ持ってくわね」
俺はネルが用意してくれた品物を持って件の少女の元へと急いだ。
「ふう‥‥楽しかった〜!こう言う出店とかってあまり見る機会も無いし良い息抜きになったわ!」
ステージの裏手にある仮設のプレハブ小屋の中で、私は先程の出店で買った飲み物とクレープをテーブルに置いて被っていた帽子とサングラスを取った。すると慌てた様子で女性が小屋に入って来た。
「あ!恋歌ちゃんどこ行っていたの!?もう本番まで一時間きってるのよ!?」
「ごめんなさい。少し気分転換に散歩してきたの。すぐに用意するから」
私はマネージャーであるその女性にそう言ってすぐにライブの準備を始める。そして先程会ったお店で働く少女を思い出す。
(見間違えるはずがない!あの子がスカーレット・ローズだ!)
私は昔から人の顔の特徴などを覚えるのが得意だった。特に目は、その人を最も表している部位だと私は思う。
(あの顔、あの目‥‥私の知っているローズと瓜二つだった‥‥確かあのお店の名前『喫茶シャノワール』黒猫‥‥ね‥‥実に魔法少女らしい名前じゃない)
「あと30分よ!準備の方はどう?」
「あともう少しで終わります」
私は急いで準備を終わらせて、ステージへと向かう。私を待ってくれている人達の為に。そして先程の少女に私の歌を聞かせる為に。
「さあて、いっちょやってやりますか!」
私は自分に言い聞かせるように呟いてステージの中央へと歩みを進めた。