55.意外な依頼者
「前の鵺といい今回の餓者髑髏といい、明らかに今までの魔物とは違う気がする。今までは、形容しがたい異形の姿が多かったよな?」
俺が店のカウンター席に座ってアイスティーを飲みながらそう呟くと、ゼルは作業していた手を一瞬止めて口を開いた。
「ああ‥‥それについては理由はわかっているよ。恐らくだが、最近世界中で扉が頻繁に開いていることでこの世界に濃度の高い魔素が流れ込んでいるらしくてね。そしてその魔素が人々の深層意識に反応した結果あの妖怪が現れたのだろう」
「つまり、『化け物といえば妖怪』『妖怪といえばこれ』みたいな?」
「ああ、まだ鵺や餓者髑髏で済んでいるけれど、このまま行けば日本三大妖怪クラスが出てきたりそれこそ神を模した魔物が出てくる可能性もあるね」
「まさかこの前の龍神も?」
「前も言ったけど、あれは正真正銘本物の神だ。恐らくだが、日本中を自由に飛び回っている八咫烏から自身の縄張りを守る為に降臨したんだろう。これも前に言った事だけど、神にとって信仰は力の根源でありそれを失う事は神にとって死に直結する事だからね。その信仰を守る為に神は縄張り意識が強いんだ。だからあの龍神に続いて他の神々も降臨する可能性が高い」
「じゃあ八咫烏をこのままにしておけば、本物の神と偽物の神がこの世界に現れる可能性があるってことか?」
「古の神話に語られる神々の聖戦が始まるだろうね」
何という事だ!そんな事になれば、日本どころか世界が滅びかねないぞ!だが、現状で俺達に自由に飛び回っている神鳥を止める術が無いのが事実だ。
「アイツなら何かしら方法を思いつくのかもしれないな‥‥」
俺はアイスティーを一気に飲み干してテレビを付けた。
『続いてのニュースです。現在国内で魔物の出現が増え続けている事を受け、政府は欧州連合との協力関係を強化する為に松谷外務大臣を欧州議会があるフランスのストラスブールに派遣する事を発表しました。なお昨今増え続けているテロなどの対策として詳しい日時などは公開しないとのことです』
「おやおや‥‥どうやら政府は本格的に他国を警戒し始めたようだねぇ」
「どういうことだ?」
「今の日本は、例の神鳥騒ぎなどもあってかなり情勢が乱れているからね。このスキを他国に突かれるのを阻止したいのさ。そこで目をつけたのが欧州連合。タイタンの派遣などで貸しがあるから強く出られると考えたのかもしれない」
「だが、魔法少女も化け物揃いの欧州連合が態々日本と組む必要あるのか?」
「欧州連合はワルプルギスの夜の影響で増えた魔物との戦いが続いていて、戦力に傾きが見え始めているんだ。そうなれば魔法少女を大量に抱えている他の大国にスキを突かれかねないから恐らく乗ってくるだろう。日本と欧州連合が手を組めば他の大国『アメリカ』『ロシア』『中国』などは下手に手を出せなくなる。なんせ欧州連合と日本をあわせれば、夜会に招かれし魔法少女が四人と『死神』を同時に相手にすることになるからね」
「なるほどな‥‥あ、そういえば‥‥今の日本から無事に出られるのか?八咫烏がいる以上空路は危険だし、話を聞けばかなり急いでいるっぽいけど船だと時間かかりすぎるだろ?」
「さあ?お偉いさんの事だから何かしら考えているんじゃないかい?」
ゼルはそう言って作業を再開し、俺はそれを眺めつつアイスティーのおかわりに口をつけようとした。すると春美のスマホにRainの通知が届いた。
「213‥‥213‥‥あ、ここね」
とあるカラオケ店にやってきた俺は、ここで待っているというある人物に指定された部屋を見つけて扉を開けた。
「ようやく来たのね」
部屋に入ると、ソファーに座って一冊の本を読んでいる少女が目線をこちらに向けてそう言った。
「まさかお互い素を晒して合う日が来るとは驚きね。フェアリー?」
「仕方ないわ。ここ最近、政府があなたを探すためこの辺り一帯に監視網を張ってるから魔法少女の姿で会えば流石に探知されて面倒な事になるのよ。その点素の姿ならそう探知されることは無いし、この中ならアホみたいな大声で話さない限り外に会話が漏れることは無いわ」
『ゆき〜の進軍こ〜おりを‥‥』
「‥‥‥こんな風にね」
恐らく隣の客のものであろう歌が響き、一瞬沈黙が流れたが、少女は読んでいた本を仕舞って再び口を開いた。
「風見友里よ。好きに呼んでくれていいわ」
「復音春海よ。私も好きに呼んでちょうだい」
お互いに軽く挨拶を交わして、俺は少女の正面の席に座る。
「さて、早速本題に入ろうかしら。今この国が欧州との関係強化の為に動いていることは知ってるかしら?」
「ええ、ニュースでもやってたわね。外務大臣がフランスに向かうとか。あぁ‥‥あなたの用事が分かったわ‥‥どうせ、八咫烏から大臣の乗る飛行機を護衛してほしいってところかしら?」
「‥‥‥その通りよ」
用事とやらを俺が言い当てると、友里は微妙な表情でそれを肯定する。そして続けて口を開いた。
「断るのであれば、断ってくれても大丈夫よ。別にあなたを脅して無理やりやらせるつもりもないわ。私にはそんな権利はないもの」
「いくつか質問をさせて。まず、なぜ私なのか」
「それは、適任者があなたしかいないからに尽きるわね。今回は飛行機の護衛だから上空一万メートルの高高度で、しかも時速700キロもの速度下での戦闘となるわ。風の抵抗は私の魔法でなんとか軽減できるから吹き飛ばされることは無いけれど、高高度の戦闘経験のない子がいきなり放り出されてまともに戦えるはずはない。だからリリーを始めとする中堅以下の魔法少女は候補から除外。そしてタイタンはそもそも論外ね。あの子の能力は空では役立たずよ」
中々にはっきりと言うものだ。本人がそれを聞けば絶対に拗ねるぞ。
「じゃあもう一つ。戦力は私とあなただけなのね?」
「ええ、これを見て頂戴」
友里はテーブルに世界地図を広げ、指でそれをなぞり始める。
「韓国や中国などを横切って真っ直ぐフランスに向かうルートを使うのだけど、許可を得ているとはいえ流石に武力を保有した状態で国境を超えるわけにはいかないわ。国際問題になって戦争まっしぐらよ」
「つまり航空自衛隊による支援も期待できない‥‥‥」
「ええ、そして国境を越えられないのは、私達も同じよ。だから国境を越えるギリギリのところで輸送機から離脱。その後は私の魔法で帰還する」
聞けば聞くほど滅茶苦茶な作戦で、俺は思わず「oh‥‥‥」と言う声を漏らしていた。
「私自身滅茶苦茶な事を言っている自覚はあるわ。だから‥‥‥」
「いいわ!やってやろうじゃないの!」
「え?」
友里が言い終わる前に俺がそう答えると、友里はキョトンとした表情を浮かべて固まった。
「ちょちょっ!?ちょっとまって!?即答!?え!?いや、こっちが頼んだ側とは言え‥‥流石に少しは考えたほういいんじゃないの!?」
ここまで取り乱している彼女を見るのは初めてで、俺も少し驚いてしまった。ある意味レアなものを見た気がする。
「日本が欧州連合と協力できれば、この国の魔法少女達の負担も少しは減るかもしれないもの。今月に入ってからもかなりの犠牲者が出てるんでしょ?」
「え、ええ‥‥少なくとも今月に入ってから四人の魔法少女が戦死してるわ」
「なら、ぜひ協力させてもらうわ。多少なりとも犠牲を減らせる可能性があるかもしれないならやるだけよ」
俺がそこまで言うと、友里は「ハァ‥‥」と大きく息を吐いた。
「あなたは相変わらずね‥‥‥でも、今回は素直に感謝するわ」
「それはこちらのセリフよ」
「え‥‥?」
俺の言葉に困惑した表情を浮かべている友里に、俺は言葉を続ける。
「私こそ、あなたには感謝してるのよ?」
「あら、私はあなたに恨まれこそすれ感謝されるいわれは無いはずだけれど?」
「そんな事はないわよ。あなたが私と敵対関係でいてくれているからこそ、この国の魔法少女達の秩序が保たれ、無駄な犠牲を生まずに済んでいるんだもの。もし、タイタンだけでなくあなたも私に協力的であれば他にも政府に従わない子達が出てきて組織が崩壊しかねないわ。もしそうなれば最悪よ。組織が崩壊し、誰もが好き勝手に戦い始めたら魔法少女も民間人も多くの犠牲が出たでしょうね」
「‥‥‥‥‥‥」
ストーム・フェアリーはこの国において最後の砦と言っていいだろう。タイタンが剣であれば、フェアリーはこの国を守る盾なのだ。だからこそ、フェアリーが政府の命令に逆らい始めれば他の魔法少女達は誰を信じ、誰に従えばいいのかわからずに混乱に陥ってしまうだろう。本人もそれを理解している。だからこそ、表向きはスカーレット・ローズに敵対的な行動を取っているのだった。
「だからあなたが私を頼ってくれた事が私は嬉しいのよ」
俺は今思っている気持ちをそのまま口にした。すると友里は、少し顔が赤みがかったのを誤魔化すかのように飲み物を一気に飲み干してから「やっぱりあなたは嫌いだわ」と呟いた。