53.歓迎会
「では、今度の調理実習の班を決めたいと思います」
そう言って家庭科の担当である佐藤先生が俺達を見渡した。すると生徒の一人が声を上げる。
「先生!調理実習の班ならこの間決めませんでしたっけ?」
「はい、確かに決めましたが鋼沢さんが新しくやって来ましたので、それを踏まえた上でもう一度考えたいと思います」
佐藤先生はそう答えると、黒板にA〜Dまでの班の枠を描いた。
「それと、教師陣で話し合いをした結果ある問題が浮上しました‥‥‥」
やけに真剣な表情でそう言う先生に、俺達も謎の緊張感を感じ始める。そして、そんな俺達を見回した先生はゆっくりと口を開く。
「復音君が調理実習で積極的に動いてしまうと、同じ班の人がほぼ何もすることが無くなってしまう可能性があるという事です‥‥‥」
「「「「あ〜‥‥‥」」」」
先生の言葉にクラスメイト達は一斉に納得したような声を漏らす。なぜ全員がそれで納得してしまうのか‥‥授業なんだから俺も自重はするつもりだというのに‥‥‥
「そこで1つの案として上がったのが、今の班をそのままに復音君のいるA班に鋼沢さんを加えて復音君は積極的に動かずにサポートに徹するという物です」
先生がそう話すと、永瀬が手を上げる。
「先生!つまり復音君は先生の様な立ち位置という認識でいいのでしょうか?」
「はい、その通りです。何か問題があったりわからないことがあった場合は手伝ったり教えてもいいですが、それ以外では基本的に手出しをせずに見守ってもらいます。皆さんはこれでどうでしょうか?」
「「「賛成!」」」
何という事だ‥‥つまり俺は調理実習の間は基本的に見ている事しかできず、ただ悶々とした時間を過ごすのか‥‥‥
「それでは、班ごとに集まって何を作るのか相談を始めてください。そして決まったら私に教えてください。流石に時間のかかりすぎるものや、難しすぎるものだとあれなので私が確認します。それでは開始してください」
先生が話し終わると、俺達はそれぞれの班ごとに席を移動して話し合いを始めた。
「それじゃあ何を作ろうか?」
同じ班になった永瀬は、同じく同じ班の幸樹と響に聞く。すると幸樹が俺の方を向いて口を開いた。
「なあ、秋司は何がいいと思う?」
「そうだなぁ‥‥あまり難しくなくて、でもそれなりにやりごたえのあるものとなると‥‥」
「オムライス」
幸樹に聞かれて俺が考えていると、響が口を開いた。それに対して俺は「え、オムライス?」と聞き返す。
「そう、オムライス。前に喫茶店で食べたあのオムライスはすごく美味しかった」
「えっと、つまり‥‥復音君の家のレシピで作るの?」
響の言葉に少し困惑気味に俺の方を見る永瀬は、何とも申し訳なさそうでしかし少し期待したような表情をしていた。
「まあ、別にいいぞ。俺は積極的に手伝えないから、レシピを教えることしかできないが」
「え、本当にいいの!?」
俺の答えにとても驚いたような反応をする永瀬に、俺は「おう」と答えてゼルに念話を飛ばした。
『と言うわけだが、別に問題ないだろ?』
『ああ、もちろんオーケーさ!私のレシピが我が子の友達関係に役立つなんてこれほどうれ‥‥‥』
何やら騒いでいるゼルを無視し、俺はさっさと念話を終わらせてノートのページを破いてレシピを書いていく。そして一通り書き終えたところで永瀬にそれを渡した。
「はい、あとは好きにしてくれ」
「わぁ‥‥!ありがとう復音君!あとで二人にもコピー渡すね!」
「おお‥‥!楽しみ!想像しただけでもお腹が空いてくる!」
「ハハハ!流石に大袈裟だって!」
嬉しそうにレシピをクリアファイルにしまう永瀬と今にもよだれを垂らしそうなほど悦に浸っている響を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「さて、そろそろ時間になりそうなのでまた次の時間でもう一度話し合いの続きをしましょう!それではみなさん元の席に戻ってください!」
先生の声で全員は元の席へと戻り、鐘の音と共に授業が終わりを告げた。
「っという訳で!全員グラス持ったかー?」
「「「おー!!」」」
マイクを片手に叫ぶ幸樹の声に、その場にいる人間‥‥というよりクラスメイト全員が大声で答える。
「それでは、新しいクラスメイトに乾杯!」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
幸樹の音頭で全員が一斉にグラスをぶつけ、部屋中にグラスの音が鳴り響いた。そな様子に響は少し気恥ずかしそうにしている。
「こういうのは慣れてないからどう反応すればいいか分からないけれど、ありがとう‥‥」
なんとも微笑ましい光景に全員が和んでいる中、司会の大役を終えた幸樹が俺の隣に座って声をかけてきた。
「どうした秋司?何か妙な顔してるけど」
「いや‥‥よくもまぁ突発的な催しに全員が参加できたもんだと思ってな‥‥」
俺達は、学校の最寄り駅の近くにあるカラオケ店に来て響の歓迎会を行っていた。当然ながら今日突然決まった事の為、少人数になると思っていたが、まさかの全員参加となったのだ。
「それな!まじで奇跡だよな!」
「本当だよね!」
「私は部活サボってきた!」
「俺も帰りお使い頼まれてたけど、当然こっち優先っしょ!」
前から思っていたがこのクラスって、妙な団結力あるというか全員陽キャだよな?
「鋼沢さんも今日は楽しんでくれよな!」
「うん、楽しむ」
「あ、そうだ!鋼沢さんに良いものを上げるよ!」
突如声を上げたオタクは自身のバッグから例の分厚いノートとファイルを取り出した。
「僕は所謂魔法少女オタクでね。こういった色んな写真なんかを持ってるんだ!今日はクラスメイトが増えた記念日だからね、欲しいのがあったら何でもあげるよ!」
「ほほぅ‥‥」
響は興味深げにそのノートをめくり始める。そしてとあるページで響の眉毛がピクリと反応する。
「こ、これは‥‥」
固まっている響の見ていたページを見た俺は「あ‥‥」と小さな声がでてしまった。というのも響が見ていたページにはダメージを受けてボロボロになった『カルド・タイタン』の写真があったからである。俺は過去の自分と今の響を重ねて同情してしまう。
「お‥‥‥これは!」
恐る恐る次のページを捲った響が今度は先程の困惑した感じではなく、まるでお宝を見つけたときのような感じの声をあげた。
「お、これはお目が高いね!つい最近までうっすらとした遠目の写真しか存在しなかった中で、ついに撮影に成功した貴重な『スカーレット・ローズ』の写真だね!」
「ブフッ!?」
オタクの言葉に、俺は思わず飲んでいたコーラを吹き出してしまった。それを見て永瀬が心配そうに見てくる。
「大丈夫?」
「あ、あぁ‥‥‥ちょっと気管に入っただけだ‥‥」
「ならいいんだけど‥‥気をつけなよ?はいお手拭き」
「あぁ‥‥わるい‥‥」
俺は永瀬から手渡されたお手拭きで口元を拭いて心を落ち着かせる。
「ねぇ!ローズの写真って他にもある!?」
「あ、あるけど‥‥」
「全部欲しい!」
「ぜ、全部!?も、もちろんいいけど‥‥鋼沢さんはローズ推しなの?」
「推し‥‥は良くわからないけど、ローズは好き」
「お、おお‥‥分かった‥‥なら、とりあえずこれあげるよ。残りは明日纏めて持ってくるから」
「楽しみにしている!」
響はオタクから貰った『スカーレット・ローズ』の写真を目をキラキラさせながら眺めている。その光景を見て俺は現実逃避を始めていた。
「平和だな‥‥‥」
ああ‥‥実に平和だ‥‥せめて今日はこのまま平和に終わってほしいものだ。
と、思っていた時期が俺にもあった‥‥
「なんでこんな日に限って出てくんだよ‥‥少しは空気読めよ‥‥」
「おい秋司!早く行こうぜ!」
そんな事を呟く俺に、幸樹はそう叫んだ。周りからも様々な怒号が響いている。そう、俺達は絶賛シェルターへと避難中なのである。
「ねえ!そういえば鋼沢さんは!?」
永瀬が一瞬立ち止まり、あたりを見回してからそう叫んだ。
「そういえば、さっき店から慌てて出たときに他の客に揉まれてたかも‥‥」
「無事だといいんだけど‥‥‥」
他のクラスメイトたちが不安そうにそう呟く中、俺は静かにとあるビルの屋上を見ていた。
「おい、魔法少女だ!」
誰かの声が響き、周りの人々は一斉にそのビルの屋上に視線を送る。そしてその視線の先には、それはそれは不愉快そうに魔物を睨む『カルド・タイタン』が立っていた。