50.操り人形
「いよいよ今日だな‥‥」
誰かがそう呟いた。
「ああ‥‥今日だ‥‥」
それに誰かが続いて口を開く。
「今日‥‥なんだな‥‥」
俺も誰にも聞こえない程の声で呟く。そして、暫くの静寂が訪れる。そして‥‥
「遂に、逢田恋歌がこの都市に来るぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「「「「おおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
オタクの声と共に生徒達の雄叫びが教室内に響く。
(来ちまったぁぁぁぁ!!!)
それと同時に、俺の叫びが心の中で響き渡る。
「なあ復音!この間のライブは、近かったとはいえ東京だったからな!この都市でのライブは初めてだ!楽しみだな!!」
「ああ‥‥楽しみだな‥‥」
ご機嫌なオタクとは対象的に、俺は絶不調である。
「そういえば、今日の夕方に空港に到着して何か歓迎の式典みたいなのが開かれるらしいぞ!もし暇なら見に行ってみないか?」
「あ〜俺は忙し‥‥‥」
オタクに俺がそう言いかけると、俺のスマホが震えだした。それを見た俺が恐る恐るスマホの画面を見ると、ゼルから『今日空港に逢田恋歌が来るらしいよ!友達と見に行ってみたらどうだい?店は私一人で大丈夫だから!同年代の友人と仲良く交流してくれる事こそ、この父の願いぞぉぉぉ!』という訳のわからないRainのメッセージが届いていた。実はどこからか見てるんじゃなかろうか‥‥
「‥‥‥‥」
俺が顔を歪めてスマホを見ていると、オタクが心配そうに俺の顔を覗いてきた。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ‥‥じゃあ‥‥行ってみるか?みんなで‥‥」
「「「「おおおぉぉぉぉぉ!!!」」」」
「これはまた‥‥とんでもない人だかりだな‥‥」
「そりゃそうだろ。相手は世界的なアイドル様だ」
幸樹の言葉に俺はそう返す。だが幸樹の言うとおり、空港の前には大勢の人々が押し寄せていた。
(見えるだけでも3人‥‥隠れているのが2人か‥‥)
逢田恋歌の護衛であろう魔法少女の気配を感じ取り、俺は無意識に警戒を強める。
(見知った顔も見えるな‥‥)
俺は空港の建物の屋上に立っているタイタンに目を向ける。どうやら気配を消しているようで、他の人の目には入っていないようだ。
「っ!?」
俺がタイタンに目を向けていると、タイタンと一瞬だけ目があったような気がした。俺の気のせいかもしれないが、俺は直ぐに目を逸らした。そんな俺の様子を見ていた永瀬が俺の顔を覗いてきた。
「あれ?復音君どうかしたの?」
「いや、なんでもない‥‥あまり人混みに慣れてないだけだ‥‥」
心配そうに声をかけてくる永瀬に、俺はそう返した。そうして俺達が話していると、周囲のざわめきがより一層激しくなる。
「遂に出てきたか?」
俺がそう聞くと、オタクはそのざわめきの中心を見て口を開いた。
「いや、あれはアパレルブランド『AKINEL』の社長『復田音流』だ!」
オタクの声に、永瀬や他の連中もそちらに目を向ける。そして俺も一瞬目を向けたが、その中心にいる人物が見えた瞬間思わず目をそらして知らないふりをする。
「あの人も呼ばれてるんだね〜」
「そりゃあ逢田恋歌のステージ衣装やら何やらを用意してるからな。呼ばれてもおかしく無いだろ」
「あ、そうなんだ!復音君詳しいんだね!」
「まあ‥‥な」
俺の言葉に感心するように言う永瀬に、俺はただそう答えるだけしかできない。間違っても知り合い、それも身内だからなどとは言えない。
「あの復田社長もその見た目から人気が高いから、歓声が上がるのは当然だね。あ!逢田恋歌が出てきたぞ!」
「「「「「おおおぉぉぉ!!!」」」」」
オタクがそう言うと同時に、周囲から空気を震わせるほどの大歓声が沸き起こった。
「みんな〜!私は遂にやってきたぞぉぉぉ!」
『うおぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
私は遂にやってきた!この街に!
「私の事分かるかな〜?」
『恋歌ちゃぁぁぁぁん!!!フォァァァァァァ!!!!』
私を推してくれている大切なファン達。私が命を懸けてでも守らなければならない人々。私はこの人達‥‥いや、世界中の人を守る為に戦っている。そして世界中の人達に希望を与える為に私は歌う。例えそれが、政府の看板として利用されているのだとしても。
「今回のライブ!絶対に見に来てね〜!!」
『フォァァァァァァァァ!!!』
今回私がこの都市にやってきたのは、慰安ライブの為という名目になっている。だが、私個人にはもう一つ目的がある。
「お嬢様。こちらで記者の方と復田様がお待ちです」
「ええ、分かりました」
『恋歌ちゃぁぁぁぁぁん!!!』
「みんな〜!またライブでね〜!」
(いるのはタイタンだけ‥‥ね)
私の目的‥‥それはスカーレット・ローズだ。何にも縛られないその強さに世界中が魅了され、世界中が憎悪する。人によって彼女の呼び名は変わる。『紅い処刑人』や『東洋の死神』そして『薔薇の死神』などだ。最近ではファンの間で『絶対の薔薇』なんて呼ばれているとも聞く。かくいう私も彼女に魅了された一人だ。
(ローズがいなければ私は‥‥)
彼女と初めて会ったのは三年程前の中国での戦いだった。当時の私は父に言われるがまま魔法少女として戦場に立ち、アイドルとしてステージに立っていた。当然そこに私の意思はなく、ただの操り人形でしなかった。しかし、彼女は違った。誰にも縛られることなく自由に戦場を駆け抜ける彼女を見て私は美しいと感じ、そして羨ましいと思った。軍や他の魔法少女が見捨てた人々を救い、多くの人々の希望となった彼女こそ魔法少女の本来あるべき姿なのだ。私もあんなふうになりたいと思った。しかし、私がそれをするのは立場が許さなかった。だから私は自分の出来る事で世界中の人々の希望になると決めた。
「さて、いっちょ頑張りますか!」
操り人形では無く、意思を持つ一人の人間として。




