49.暗躍する影
「アサシン様!ここにも紋章が!」
一人の魔法少女が、神社の石灯籠の中を覗いてそう叫び、それを聞いたアサシンがその石灯籠の中をみて険しい表情を浮かべた。そしてゆっくりその紋章を指でなぞると、その紋章は綺麗に消えた。
「やはりか‥‥中々見つけにくい場所に描いたものよ‥‥他の場所もくまなく探せ。一つも見逃してはならん」
「「「ハッ!」」」
アサシンの言葉に 周囲の魔法少女達は一斉にその場から姿を消す。そして一人その場に残ったアサシンは、一枚の地図広げて印を付ける。そして険しい表情のままその地図を眺める。
(やはりこの国全体に、なにやら呪詛がかけられているか‥‥‥薔薇殿、これは中々に難題にござるぞ‥‥)
暫く地図を眺めていたアサシンは、地図を懐にしまってその場をあとにした。
「んで‥‥本当にやるの?」
「ああ、当然だろう?」
自室で、俺とゼルは真剣な表情で向かい合っていた。
「だからってこれは‥‥」
「大丈夫、君がナンバーワンだ!輝いている!」
ゼルの言葉に俺は姿見で自分の姿を見てみる。そこに映っていたのはメイド喫茶とかでみる可愛らしいメイド服を着た復音春海の姿。
「ねぇ‥‥前のメイド服より布面積少なくない?」
「最高に可愛いじゃないか!流石は私の娘だ!」
なぜ俺がこんなことになっているのかと言うと、政府が逢田恋歌のライブ会場で出店する店を募集したことでゼルが何故かやる気を出してしまったのだ。そこで俺がこの姿で売り子をして客を集めろということだった。
「でも、なんでわざわざ出店するの?別にお金には困ってないんでしょ?」
「まあ、たしかに困ってはいない。だが、少しやりたい事があってね。その為にお金が欲しいんだ」
「はぁ‥‥さいですか‥‥んで、一応聞くけどこの衣装どうやって用意したの?」
「誠に遺憾ではあるが、ネルビムに頼んだよ。ま こ と に‥‥遺憾ではあるがね。最初は妙な顔をされたが、君が着ると聞いたら目の色を変えて協力してくれたよ」
「あ‥‥はい‥‥」
ネルビムはブナゼルやザシエルと同様の存在で、世界中にいるあらゆる猫科動物を支配下に置きその目や耳を通して様々な物を見聞きする力を持っている。
「そういえば、たまには店に来いって言っていたね‥‥君用に様々な服を用意しているのに、一向に顔を出さないって嘆いていたよ」
ネルビムは自身の力を使い、世界中の衣服を研究し自身のファッションブランドを立ち上げた。この街の大通りの一等地に店を構えているのだが、その人気は留まる事を知らず徐々に店舗数を増やしたった数年で日本を代表するブランドにまでのし上がってしまったのだから驚きだ。
「あ〜‥‥ネルってさ、私の為にしてくれるのは嬉しいんだけど。全てを後回しにしても私を優先するじゃない?まあ、それはゼルやザシエルもそうなんだけど‥‥だから安易に頼りづらいと言うか‥‥」
ネルは超が付くほどに過保護だ。たしかにゼルやザシエルもそうではあるが、ネルはそれを上回る。もし服を買いに行けば、数時間は着せ替え人形になるのは間違いない。だから、この間服を買いに行った際もネルの店に行くのをやめたのだった。
「まあ、気持ちはわかるけど‥‥そろそろ爆発して乗り込んで‥‥」
ゼルがそう言いかけた時、玄関の扉が勢い良く開かれる音が聞こえた。
「来たようだね‥‥」
ゼルが呆れたように呟いている間も、足音は俺の自室に向かって真っ直ぐ近づいてくる。そして‥‥‥
「秋!全然会いに来てくれないから、こっちから来たわ!」
そんな声と共に開け放たれた自室の扉。そしてそこに立っている一人の女性。少し小柄で、パッと見れば十代に見えてもおかしくない見た目のその女性がメイド服を着ている俺をジッと見つめる。そしてゆっくり俺の前までやってきた。
「ンン〜〜!!!可愛いいいい!!!」
突如そう叫ぶと、俺に抱きついて頭を撫でまくる。
「ネ‥‥ネル‥‥ッ!く‥‥‥苦しい‥‥ッ!」
「だって久し振りに可愛い息子に会ったんだもの〜〜!!いまは娘だけど〜〜!!」
「ちょっと待ちたまえ。それは聞き捨てならないな。いつから君と私は夫婦になったんだい?」
「は?誰があんたなんかと夫婦にならないといけないのよ?冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよ?滅ぼすわよ?」
「そちらこそ、この子は私の子だ。勝手に自分の子供のように風潮するのはやめてもらいたい」
「はぁ?そもそもこの子は私が引き取って育てるつもりだったのよ!それを勝手に引き取る事を決めて連れてったのはアンタの方でしょ!?」
そう言ってネルは立ち上がり、ゼルと向かい合って言い合いを始める。そのおかげで俺はようやく開放されて息を整える。
「そもそも、女の事は女じゃないと教えられないわ!事実、この子に女の身体について色々と教えてあげたのはこの私よ?だからこの子を育てるのは私のほうがふさわしいの!アンタやザシエルなんかじゃなくてね!」
「だが、君は仕事で忙しいじゃないか。そんなんで本当に子育てが出来るのか甚だ疑問だねぇ?」
「私が仕事を頑張るのは全部この子の為よ?将来大学に入れるにもお金がいるし、この職業不安の時代に何が起きるか分からないわ!だからいざとなったらこの子に私の会社を譲る事もできる!アンタこそ、細々と喫茶店なんかして将来の資金とか大丈夫なわけ?」
二人の会話は、傍から見れば離婚もしくは別居中の夫婦の会話にしか聞こえないだろう。だが、間違ってもそんな事を言おうものなら二人共大騒ぎするに違いない。
「ねえ、二人共喧嘩はやめなさいよ‥‥‥」
見かねた俺がそう二人に言うと、二人はハッとした表情になり言い合いをやめた。そしてネルは深刻な表情で俺を見る。
「ねぇ春。また無理したんだって?」
「うん、まあ‥‥」
俺がそう答えると、ネルはちらっとゼルに目線を送った。するとゼルはどこか悲しそうな表情を浮かべる。
「あなたは無茶を繰り返しすぎよ。お願いだから無理だけはしないでちょうだい」
「うん‥‥分かった」
俺の返事にネルは優しく微笑んだ。
「あ、そうだ!今日ね〜春にプレゼントがあるのよ〜」
ネルはそう言って持ってきた紙袋を渡してきた。
「これ、うちの新作なの!秋用と春用を持ってきたから、着たら写メ頂戴ね!あと、これもあげるわ」
ネルは紙袋の他に何やらA4サイズの封筒も手渡してきた。
「それじゃあ私はもう帰るわ。ゼル、頼んだわよ」
「君に言われるまでもないよ」
ネルは「たまには私の店に来てね〜」といいながら家を後にした。
「流石はネルね〜この服すごくおしゃれ〜」
ネルが帰ったあと、俺は自室の姿見の前でもらった服を合わせていた。
「それに、こっちの服も俺によく合ってるな」
春海で服を合わせたあと、男に戻ってもう一つの服を合わせる。
「さて‥‥遊んでばかりもいられないな。本命はこっちだ‥‥」
俺は先程まで手にしていた衣服をクローゼットなどにしまって、ネルが最後に手渡してきた封筒を手に取った。
「アサシンからの情報と合わせてみても、殆ど違いはないか‥‥」
あの一件以降アサシンからは逐一報告が上がっており、その報告で日本中の八咫 烏を祀る神社や祠などでとある紋章が見つかっている事が分かった。そしてネルから貰った情報により八咫烏が関係する場所以外では紋章が見つかっていない事も分かっている。それはつまり、今回の騒動の中心である怪鳥の正体が八咫烏であるという証明になった。
「それにしても‥‥まさかまたこの紋章を見る日が来るとは‥‥」
俺はアサシンからRainで送られてきた写真を見つめる。そこには、『五芒星』をひっくり返したような形の『逆五芒星』もしくは『デビルスター』と呼ばれる紋章が写っていた。魔除けの意味を持つ『五芒星』とは逆に、これは『悪魔』を象徴する
紋章とされる。
(二年前にあの組織は潰したはずだが、まだ残党が残っていたか‥‥だが、神を堕とすほどの魔力をただの人間が持っているのか?)
俺はそう考えながら、ネルの報告書に目を通す。そこには『組織復活の兆しあり。紋章が発見された場所にて、謎の人物の目撃情報あり。特徴から同一人物と思われる』と書かれていた。
「組織‥‥か‥‥‥」
ネルが言う組織というのは、悪魔を信仰する集団のことだ。そして、悪魔と敵対する教会などの宗教と共に魔法少女の事を『裏切り者』として憎悪の対象としている。そしてそんな魔法少女に対抗するために、非人道的な研究も行われていたのだ。
(壊滅させたと思ったんだが‥‥)
数年前に俺を始めとする魔法少女の精鋭で、奴らのアジトを襲撃した。そしてその場にいた信者達を残らず逮捕もしくはその場で処刑したはずだ。だが上手く逃げ出したものがいたのか、その後継者が現れたという事だろう。
「例の鳥で手一杯だってのに、そっちも出てくるなんてな‥‥こうなれば、アイツと早めに連携しておきたいところではあるな‥‥‥」
俺はとある人物を頭に思い描きながら、書類を封筒にしまった。