47.戦いの後
「はぁ‥‥‥沁みるわぁ‥‥最高‥‥」
「至福‥‥‥‥」
「本当ねぇ‥‥‥疲れが癒えるわねぇ‥‥」
俺達三人は、温泉に浸かってそう声を漏らす。やはり疲れた体で浸かる温泉は最高だ。
「それにしても、あれには参ったわよね‥‥船から降りた瞬間報道陣に囲まれて」
凍華はひどく疲れた表情でそう呟く。まあ、そういう表情になるのも無理はない。あの後、救援に来たタグボートや漁船に曳航されて何とか港へ戻って来た。しかしそこで安心したのも束の間、俺達を撮影しようとする報道陣とそれを止めようとする警官隊による押し問答が始まったのだ。何とか俺達はその場から逃げ出すことに成功し、ゼルの運転する車に乗り込んだのだった。そのため、この宿に辿り着いてようやく落ち着く事ができたのである。
「本当ね‥‥この仕事をしてると、こんな事は良くあるけど慣れないわよねぇ‥‥」
まあ、報道陣もネタを手に入れる為に必死だというのは理解出来るが‥‥やはり狙われる対象からすればたまったものではない。
「あ、こんなにゆっくりもしてられないわ。もう夕食の時間じゃない?」
「え!?うそ、もうそんな時間!?」
凍華にそう言われ、俺は慌てて浴室から脱衣所の時計を覗いてみた。すると凍華の言うとおり、夕食の予定時間が迫っていた。
「マジじゃない!ほら響も早く上がるわよ!」
「おお‥‥‥温泉の魔力で足に力が‥‥‥」
「しかたないわねぇ‥‥‥ほら、支えてあげるから早く行くわよ!」
俺は響の腕を自分の肩に回して立ち上がらせた。勿論、視線をそらして見ないようにしている。正直、視線をそらす事に慣れ始めた自分に悲しさを覚える。
「これは‥‥‥慌ててきた感じかな?浴衣が乱れているよ?」
「一応他の客も止まってるんだから気をつけろよ?」
慌てて食事の会場にやってきた俺達は、ゼルと田澤さんにそう言われて慌てて乱れた浴衣を直す。
「今日はひどく疲れたからか、温泉が気持ちよくてねぇ‥‥ちょっと長湯しちゃったわ」
「それは仕方ないさ。まあ、とりあえずゆっくりと食事を楽しもうじゃないか」
「そう言いつつ、もうすでに始めてるみたいだけど?」
すでに飲み始めている二人に俺がそう言うと、田澤さんが笑いながら口を開いた。
「ハハハ!秋田には、乾杯の練習っていう乾杯前に飲み始める文化があるんだよ!なあ、凍華?」
「え、ええ‥‥そうみたいね‥‥お父さんとかも部落の集会なんかで、乾杯前に飲み始めるし‥‥‥とりあえず、座りましょうか」
凍華にそう促されて俺達はそれぞれ席につく。すると仲居さんが俺達の前に置かれた鍋などに火を付けていく。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
そう言って仲居さんが部屋をあとにすると、ゼルが俺達三人のコップにジュースを注いでから自身のビールが入ったコップを掲げた。
「それでは!我々の勝利を祝して、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
部屋にコップ同士のぶつかる音が響き渡る。そして俺達は思い思いに目の前の料理を食べ始めた。
「そういえば、復音さん達は明日にはもう帰るのか?」
「ええ、流石にこのこにも学校がありますから。それに、本業である店も長く閉めると常連さんに悪いですし」
「そうか‥‥残念だが仕方ないな‥‥」
田澤さんがそう言うと、凍華も少し寂しそうな表情を浮かべた。そんな凍華の頭に、俺はいつの間にか手を置いて撫でていた。何だか懐かしい感覚だ。
「そんな悲しい表情しなくても大丈夫よ。Rainでいつでも電話できるし、必ずまた遊びにも来るから」
「それもそうね‥‥それに、私から会いに行くって方法もあるものね!」
「ええ!いつでもいらっしゃいな!」
「歓迎する」
俺達はそう言って笑いあった。なんだか途中で「田澤さんどうです?酒が進みませんか?」だの「確かに、これはいい眺めだな。酒が進む」だのと聞こえてきたが、俺は聞かなかったことにした。
「響〜お風呂行くけど〜?」
翌日の早朝、俺は朝風呂に行く為に寝ている響に声をかける。
「あと三時間‥‥‥」
どうやら起きる気配はないようだ。まあ、仕方ないだろう。
「凍華はどうする?」
「春海‥‥‥それは‥‥きりたんぽよ‥‥‥」
「なにが!?」
一体どんな夢を見ているのかは分からないが、とりあえず起きる気配はないようだ。
「しかたないか‥‥それじゃあ、行ってくるわね」
俺は寝ている二人にそう声をかけて部屋を出た。
「はぁ‥‥‥やっぱ朝風呂は最高ね‥‥‥誰もいないから落ち着くわ‥‥‥」
「確かになぁ‥‥やっぱ寝起きの風呂はいいもんだよなぁ‥‥‥」
「え?」
俺が突如聞こえた声の方へと顔を向けると、そこには若い青年が湯船に浸かっていた。
「きゃぁぁぁ!?」
俺は思わず変な声を上げて立ち上がってしまった。
「おいおいおい!人を見て悲鳴を上げるなんて、まるで俺が何かしたみたいじゃねぇか!」
「今まさにしてるじゃないの!この馬鹿ザシエル!ゼルといいあなたといい何で普通に女湯にいるわけ!?」
「今更裸を見られたくらいで大袈裟すぎるだろ!」
「あっちの姿なら別になんとも思わないけど、こっちの姿だと嫌なのよ!付き合い長いんだから、そんな事くらい分かるでしょうが!それになんで態々人間の姿になってるわけ?」
「風呂にゆっくり浸かるなら人間の姿のほうがいいに決まってるだろ?まあ、とりあえず落ち着いて湯船に浸かれよ。立ってると丸見えだぞ」
俺はザシエルにそう言われて、慌てて湯船に浸かる。
「それで‥‥あの軍師様はなんて言ってたの?まさか、魔導書を渡して終わりってわけじゃなかったんでしょ?」
「まあな。とりあえず『準備はしているから安心しろ』だとさ。だから嬢ちゃんもしっかり考えておけよ。まあ、もし何かあっても俺達が守ってやるけどな」
「今更だけど、過保護ねぇ‥‥」
「本当に今更だな」
それから俺達はゆっくりと温泉を楽しんだ。
「それじゃあ、ここでお別れね」
俺達は昼の便で帰るために空港に来ており、凍華と田澤さんが見送りに来てくれていた。
「ええ、少し残念だけど仕方無いわね。何かあれば言ってちょうだい?今度は私が駆けつけるわ」
「それは心強いわ。その時は頼りにさせてもらうわね」
「こっちに来たら、春海の店に一緒に行こう」
俺と響はいくつか言葉を交わして凍華と握手を交わした。
「ところで、僕の船はあのままでよかったの?」
実はあの後、タイタニスを解体して鉄に戻す気力も無かったのであのまま港に放置していたのだった。
「ああ、あれは秋田の平和を守った象徴として暫くあの港に置いておいて一般公開するんだとよ。んで、おりをみて別の場所に移して保管するんだそうだ」
こちらとしては、元に戻す手間が省けるのでそちらで処理してもらえるならありがたい話だ。だが、あんなでかい物をどうやって運ぶのかは少々気になる。
「あと、県の方からお前たち三人に感謝状が贈られるそうだ。でも、今回の件についてあまり大事にしたくないっていう三人の意思を尊重して後日俺を通してそっちに送る事になった」
「なるほど、それはありがたいですね。それにしても田澤さんには宿代や移動費などを含めてお世話になりっぱなしで、申し訳ない」
「いやいや、よしてくれ!正直、これしか出来なくて申し訳ないくらいなんだ。だからまた機会があったら、残りの分を返させてもらうよ」
「ええ、そのときは是非に」
ゼルと田澤さんはそう言って握手をする。すると飛行機の出発時間が迫っている事を告げるアナウンスがなり、俺達は慌てて搭乗ゲートへと急いだ。