46.龍神討伐
「どうやら、効いてきたみたいね‥‥」
ゼルからの連絡を受けてから、戦い続けて数分が経過した。どうやら祈祷の効果が現れてきたようで、龍の動きは明らかに鈍くなっていた。
「さて、それじゃあやってみますか!」
俺がそう言って朱雀の背中を手で叩くと、朱雀は一気に龍に近づく。そして龍と接触しそうなほどまで近づいた所で、俺は朱雀から龍の背に飛び乗る。
「龍神様!少し私と踊ってもらうわよ!」
俺は龍の頭部に蔓を巻き付けて、背中から一気に頭に移動する。そして龍の右目に鎌を突き刺した。
『ギャシャァァァァァァァ!!!!』
片目を潰された龍は凍りついた海面に落下してのた打ち回るように暴れる。頭に乗っている俺は、何度も氷の表面に身体を打ち付けられるだけでなく時々龍の尾の先でも叩かれる。
「グッ‥‥!気を抜くと‥‥振り落とされる!」
俺は振り落とされないよう、暴れ回る龍の頭に必死でしがみつく。そして俺はそんな暴れる龍の頭に乗ったまま叫んだ。
「グレイシア!私が止めている間に技の用意!タイタンは龍の拘束!」
「「了解!」」
『巌も砕く、大いなる水流よ。我が元に集い給え‥‥』
いつの間にかグレイシアの左手に握られていた鞘に、ゆっくりと刀身を収めていく。すると周囲から水が集まり始め、グレイシアの刀へと吸い込まれる。そして完全に刀を収め終わると、グレイシアは静かに目を閉じて深く腰を下ろして構えた。
(よし!あとは、グレイシアが乗るタイタニスまでコイツを引っ張っていけば!)
『親愛なる薔薇の呪縛!!』
『冷酷な鎖』
俺とタイタンでタイタニスと龍を蔓と鎖で繋ぎ止める。すると、逃げ場を失った龍が唯一拘束が緩むタイタニスの方へと向かった。
『封水‥‥‥』
龍がタイタニスに近づくと、グレイシアはさらに深く構える。そしてタイタニスの目の前まで迫った時グレイシアはゆっくりと息を吐いた。そして‥‥‥
『‥‥‥‥‥一閃!!』
龍とタイタスがすれ違う瞬間、グレイシアは一気に刀を抜き放った。すると先程まで暴れていた龍の動きは止まる。そして辺りが静寂に包まれる。
「‥‥‥‥‥‥‥」
何も言わずグレイシア鞘に刀をしまう。すると龍の身体は口から綺麗に裂けていき、真っ二つとなって静かに海の底へと消えていった。
「冷たい海の底で眠るがいいわ」
龍が沈んでいった水面を見つめ、そう吐き捨てるように言うとグレイシアは艦内へと入っていった。
「ザシエル」
「安心しな。龍神は完全に消滅した」
俺が名前を呼ぶと、いつの間にか近くに止まっていたザシエルが答えた。
「ほら、嬢ちゃんも中に行って休みな。外の警戒は俺がしておくからよ」
「そうする‥‥」
ザシエルにそう言って、俺も船の中へと向かった。
「正直、まだ実感がないわね‥‥」
帰りの艦内で、窓から外の景色を静かに見つめているグレイシアが不意にそう言った。
「ええ、確かに‥‥あんな強大な敵を倒せるとはね‥‥でも、まだ問題は残っている。おそらく全ての元凶であろう八咫烏がいる以上、呆けてばかりもいられないわ」
「ええ、確かにそうね」
俺とグレイシアがそんな話をしていると、船を操縦していたタイタンが声を上げた。
「あ‥‥‥マズイかも‥‥‥」
「どうかしたの?タイタン?」
明らかに様子のおかしいタイタンに俺がそう声をかけると、タイタンはどこか青い表情で口を開く。
「僕の魔力が‥‥‥もう‥‥尽きる‥‥」
「「えええええええ!?」」
これはまたとんでもない事になった。確かにタイタンの魔力が尽きる可能性があったため、地元の漁師さんたちが用意をしてくれてると言っていたものの‥‥
「流石にこんな場所で動力が止まると、どこまで流されるか‥‥‥」
ここは海のど真ん中。いくら巨大なタイタニスとはいえ、波の力で流されていく可能性がある。
『ゼル!タイタンの魔力が尽きてタイタニスの動力が停止した!救助をお願い!』
『了解した!直ぐに待機している船に連絡を取るから、待っていてくれ。あと、ザシエルをこっちに向かわせてくれ。道案内役が必要だ』
「ザシエル、お願い!」
「ああ、任せな!」
ザシエルはそう言って、窓から飛び立っていった。
「嬢ちゃん、このロープを繋げてくれ」
「はい、分かりました」
あれから数十分後、ザシエルの誘導で救助にやってきたタグボートや漁船とタイタニスをロープなどで繋いでいき曳航する為の準備を進めていく。
「とりあえずは繋げたが‥‥タグボートも流石に大戦艦を曳航なんて初めてだからロープが保つかどうか分からんってよ。まあ、予備は用意してるみたいだが」
田澤さんがロープを眺めながらそう呟いた。確かに、巨大な豪華客船を入出港の際に引いたことはあるとはいえそれよりも遥かに重いであろうこの大戦艦を引いたことはないだろう。しかも今回は長距離を移動する訳だから余計に大変な作業だ。
「まあ、いざとなれば私が何とかしますから大丈夫でしょう。それに、あの子も少し休めば多少船を動かす程度は出来るでしょうし」
「そうか‥‥それならいいんだが‥‥それにしても、あれには驚いたな。まさかカラスが喋るとは‥‥」
田澤さんが言っているのは、恐らく‥‥というか間違いなくザシエルの事だろう。まあ、普通の人が初めて見ればそりゃ驚くだろう。
「まあ、普通は驚きますよね‥‥因みに、カラスの他には猫もいるんですよ?」
「はぇ〜そりゃあ凄いな‥‥ここ最近、驚く事ばかりだよ」
俺と田澤さんがそんな会話をしていると、前の方にいるタグボートから汽笛が鳴った。
「どうやら前の準備も出来たみたいだな。俺達も気を付けるが、ロープの様子とか見ておいてくれ」
「はい、分かりました」
田澤さんはそう言って自分の船に戻って行く。すると反対側の作業していたグレイシアがやって来た。
「田澤さんは船に戻ったの?」
「ええ、たった今戻ったわ。もうそろそろ出発するみたいだし、私達も少し休みましょ?何だか疲れたわ‥‥」
「それもそうね‥‥気が張ってたからアレだったけど、段々と体から力が抜けてきちゃったわ‥‥今、正直‥‥立っているのがやっと‥‥」
そう言うと、グレイシアの体が大きく揺れて前の方へと倒れてきたため慌ててその体を抱きとめる。
「ちょっ‥‥!全く‥‥しょうがないわね」
「ごめんなさい‥‥‥あなたには迷惑をかけてばかりね‥‥‥」
「はいはい、変なこと気にしないの。あなたは年下なんだから、存分に甘えなさいな」
俺がそう言って頭を撫でてやると、グレイシアは静かに寝息を立て始めた。どうやら最後の一撃に、魔力の殆どを込めていたのだろう。相当疲れていたに違いない。俺はそんなグレイシアを抱えて船の中へ向かった。