44.海上の戦い
「そろそろ‥‥始まる頃かのぅ‥‥」
深い霧に覆われた中で少女は河の流れを眺めながら、ポツリとそう呟いた。
「へぇ‥‥よく分かるな」
少女を木の上から見下ろしている一羽のカラスは、感心するようにそう言った。
「何となく‥‥な。それよりも‥‥貴殿は付いておらずともよいのか?眷属を通して儂と話している暇があるなら、あの子のそばにいてやれば良いものを」
「それは問題ないさ。嬢ちゃんにもしもの事があれば、すぐにでも駆けつけられるように準備はしてるからよ。だからわざわざ眷属を使って会いに来てんだぜ?」
「ふむ‥‥なればそちらに集中出来る様に、貴殿が会いに来た理由に答えを返すとしようか‥‥例の用意は進めておる故、安心するが良かろう。じゃが‥‥儂の感が当たっていれば、非常に面倒な事になる気がする。まあ、何かあれば会いに行くとあの子とブナゼルに伝えておいておくれ」
「あいよ。それじゃあまたな」
そこまで言うと、カラスは木から飛び立って姿を消した。そしてカラスがいなくなったのを確認した少女は、ゆっくりと立ち上がる。
「さて‥‥儂も帰るとするか。」
少女がそう言って手に持っていた羽扇を軽く振ると、辺りを覆っていた霧が晴れる。そして先程まで霧で見えなかった周囲には、複数の魔物の亡骸が転がっていた。
「もう少しで、目的地まで残り10キロの地点」
「と言う事は、あと十分ほどで着く計算ね」
港を出て、約二十分ほどが経過した。正直今どの辺りなのか俺には分からない為、完全にタイタン頼りとなる。
「二人共、覚悟はできてる?」
俺がそう聞くと、二人は大きく頷いた。そしてグレイシアが口を開く。
「そう言うあなたこそ、大丈夫?巻き込んだ私が言うのもあれだけど」
「私を誰だと思ってるの?今まで分の悪い戦いなんていくらでもしてきてるわよ。まあ、流石に魔法少女30人に囲まれた時は終わったと思ったけど‥‥だから、それに比べればこんなの余裕よ余裕」
(まあ、実際は割とビビっているのだが‥‥いや、あのトンデモ光線を見れば誰だってビビるって‥‥だから今回はコイツを持ってきたんだ)
俺は懐からピンクの組紐が付いた鈴を取り出した。正直手作り感が否めない粗末な作りで、組紐の先は少し焼けた跡があり鈴も歪な形に変形して一部が黒く焦げている。俺にとっては御守りのような物で、三年前まで常に身につけていたが最近は持ち歩くのをやめていた。だが、今回の様に命を落とす可能性が高い場合は今も身に付けているのだ。せめてこれだけはあの世に持って行きたい。
「どうかしたの?」
鈴を見つめている俺に、グレイシアが心配そうに声をかけてきた。
「ええ、大丈夫よ」
二人でそんな話をしている時だった。突如船が大きく揺れた。
「タイタンどうしたの?」
「奴が来た」
「「え!?」」
タイタンの言葉に、俺とグレイシアは一瞬驚いたが、直ぐに窓から甲板へと飛び降りる。そして俺はゼルへと連絡を取った。
『ゼル!!聞こえる!!』
『ああ、何かあったのかい?』
『目的地から10キロほど手前のところで、やつが現れた!!これから交戦を開始する!!』
『なんだって!?まさか‥‥ここまで近づいているとは‥‥分かった!直ぐに準備をするから、何とか耐えてくれ!だが、無理はしなように!』
『了解!!』
俺とグレイシアは甲板を走り、船の左側から海を見下ろした。しかし、龍の姿はどこにも見当たらない。すると突然船が大きく右に旋回を始めたかと思うと、水中から放たれた巨大な光線が目の前を通過した。
「海の中から私達を狙い撃ちにするつもりね!」
「こうなったら、私が海に潜って奴を海上に誘き出す!」
「そこで私が蔓で釣り上げればいいのね?」
そこまで言うと、俺達は互いに頷き合う。そしてグレイシアは海に向かって飛び込み、俺は『親愛なる薔薇の呪縛』を発動する為に構えた。
(相変わらずの威圧感ね‥‥離れて見ているだけでも体中が震えてくるわ‥‥)
海に飛び込んだ私は、かなりの深さまで一気に潜った。すると深海の方からこちらを見つめている巨大な龍の姿が見えた。
『グルァァァァァァァッ!!!』
こちらを見ていた龍は、突如咆哮を上げると私の方へ向かってくる。
(自分から上がってくるなら好都合よ!!そのまま海上まで上げてみせるわ!)
『覇水皇龍破!!』
私の刀から放たれた水流は、龍の形となって龍神に襲いかかる。しかし、相手は龍神。私の技程度なら簡単に打ち消してしまうだろう。だが、別に攻撃用としてこの技を使った訳ではない。私はその技によって生まれた水流に乗って一気に龍に近づいて龍とぶつかる直前で躱した。すると龍は私の横を通り過ぎる形となり、私は龍の下を取る事ができた。
『覇水皇断剣!!』
私はすかさず龍に攻撃を加えていく。すると龍は一度私から距離を離そうと考えたのか、海上へと浮上を始めた。
「3・2・1」
『親愛なる薔薇の呪縛!!』
水面に龍の姿が見えた瞬間、俺は薔薇の蔓を龍の体に巻き付けた。そして蔓で動きを止めている間に、先程即席でタイタンに作ってもらったクレーンからぶら下がっているチェーンで龍を固定して引き上げてもらう。しかし、流石は龍神。その圧倒的な力で抵抗され、クレーンは悲鳴を上げるかのように軋む音を鳴らしている。
『ローズ、流石にクレーンがもたない』
「ええ、でも問題ないわ。グレイシアが何とかしてくれるはずよ」
(動きが止まった!今なら!)
『覇水皇龍破!!』
私が放った水流は動きが止まっている龍に直撃し、龍の体は一気に水上へと上がっていった。
『ローズ、前方11時10秒』
「了解!」
タイタンがそう言うと、戦艦の主砲と副砲が動く。それと同時に、俺も自身の周りに結界を張って衝撃に備えた。
『3・2・1‥‥発射!』
タイタンの声とともに放たれた複数の砲弾が、水上に飛び上がった龍に命中する。そしてその衝撃で龍を縛っていたチェーンと俺の蔓は千切れ、龍は大きく海面に倒れ込む。
『氷皇滅尽衝!!』
すかさず海から姿を表したグレイシアが辺りの海面を凍らせて、龍が海に戻らないようにする。
「海が歩けるなら、こっちのもんよ!」
『溶断する鎌!!』
俺は凍った海面を走って龍へと迫り、刃が赤く光る鎌で龍の胴体を切ろうとする。しかし、龍の体を覆う鱗はあまりにも硬いためか鎌が弾かれてしまった。
「なんて硬さなの!?私の鎌が弾かれるなんて!?」
「ローズ!離れて!!」
突如聞こえたグレイシアの声で、俺は即座に龍の側から離れる。すると龍の周囲に何やら無数の浮遊物が高速で飛んでいるのが見えた。
「あれって、もしかして鱗?」
「ええ、おそらくは‥‥それにしても、あの鋭さ‥‥当たれば簡単に切り刻まれそうね‥‥」
確かに、あれをもろに食らえばどうなるか考えたくもない。そんなことを考えていると、龍は空へと飛翔を始めた。そしてある程度の高さまで昇ったところで止まり、こちらを見下ろしたかと思うと龍の周りを飛んでいた無数の鱗がものすごい速度で俺達に向かって飛んできた。
(あんな広範囲じゃあ避けきれない!だからといって結界を張ってもどこまで持つか‥‥‥)
『出来るだけ撃ち落としてみる。二人は船まで退避して』
タイタンにそう言われ、俺とグレイシアは戦艦の中へと退避する。すると戦艦に搭載されていた機銃が一斉に射撃を始め、降り注ぐ龍神の鱗をなんとか撃ち落としていく。しかし、それでも撃ちそびれた鱗のいくつかはタイタニスの船体に突き刺さった。
『高角砲発射』
苛烈な攻撃にタイタンも負けじと高角砲を発射し、空中では魔力を閉じ込めた砲弾が爆発を起こしている。だが、あの龍にはほとんど効いていないようだ。その証拠に、龍はまた攻撃の構えをとっていた。
「まずい!またあの光線がくるわ!」
俺の叫びでグレイシアは船全体を覆うように結界を張り、俺もその上から重ねるように結界を張る。だが、龍から放たれた光線はその結界をいとも簡単に貫きタイタニスを襲う。
「ガハッ‥‥!」
「キャァァァッ!」
『クッ‥‥‥!』
衝撃で俺は吹き飛ばされて主砲に激突し、全身に激痛が走る。そしてグレイシアも甲板に倒れているのが見える。
「グレイシア‥‥‥無事?」
「え、ええ‥‥‥‥何とかね‥‥」
「タイタンは?」
『こっちも問題無い‥‥だけど、さっきの攻撃で右舷が損傷‥‥浸水が始まっている』
なるほど‥‥どうりで船が傾いている訳だ‥‥‥これではタイタニスの機動力は格段に落ちてしまう。そうなればタイタニスはただの的。タイタンの身が危険に晒される事になる。でもタイタニスを放棄すれば、俺達は足場の無い海の上に投げ出される事になるためグレイシアの負担が増える。
「ゼル‥‥‥こりゃあ駄目かも‥‥」
俺は呆然と空に浮かぶ龍を見た。