37.忍ぶ者
「はぁ‥‥全く‥‥帰ってきて早々戦う事になるとはね」
ようやく家に帰ってきた俺は、久しぶりに男に戻って疲れを癒そうとしていた。しかし男に戻った直後に魔物の気配を感じた為、放置するわけにも行かず慌てて家を飛び出して現場に向かっていた。
「強さ的には大したこともないし、サクッと終わらせて休みましょうかね‥‥ん?」
そう呟きながら走っていると、なにやら知らない魔法少女の気配を感じた。魔力の大きさや乱れ方的に一線級の魔法少女では無い。恐らくつい最近魔法少女になったばかりの新人だろう。
「まあ、この辺りに人はいないみたいだし‥‥魔法少女の育成も必要って考えは理解できるし‥‥様子を見て問題ないようなら任せようかしら?」
取り敢えず様子を見る為、気配を消したまま近づく事にした。
「やぁぁぁぁ!!!」
『キキキ!!!』
俺は魔力を隠し、少し離れた場所からその光景を見ていた。しばらく見た感想だが‥‥‥正直いいとは言えない。新人らしく無駄な動きが多いためか魔物はあまり消耗していないにもかかわらず、彼女は既に消耗しきっている。
(見てられないわね‥‥‥もう少し様子を見たら手伝ってあげましょうか‥‥‥おや?彼女の様子が‥‥)
「これで、どうだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔法少女がそう叫ぶと、彼女の周りに浮かんでいた光の玉が集まり始めた。そして一つの巨大な玉を作ったかと思うと、それを魔物に向けて投げてしまった。
「あの馬鹿!」
俺は慌てて走り出した。なぜ俺がここまで焦っているのかというと、魔物がいた方向‥‥つまり魔法少女が魔法を放り投げた方向は住宅街のある方向なのだ。確かに多少距離はあるとはいえあの勢いなら届いてもおかしくは無い。
『キキャァァォァァ!?!?!?』
魔物は悲鳴をあげて光の中に消えていく。しかし、俺が予想した通り光の玉の勢いは衰えずものすごい速度で市街地の方へと飛んでいく。
「後でフェアリーに文句言ってやるわ!」
『焼滅の槍!!』
俺は炎の槍を作り出し、光の玉に向かって全力で投げた。俺の槍は光の玉よりも早い速度で玉を追い、そしてついに光の玉を貫いて巨大な爆発を起こした。
「間に合ったわね‥‥あの場所なら市街地に多少強風が吹く程度で済むでしょ。さて、次は‥‥」
爆発を見届けた俺は、同じく爆発を見て呆けている魔法少女に近づいた。
「ねえ」
俺が声をかけると、彼女はビクッと身体をさせてゆっくりとこっちを振り向いた。
「あ、あなたは‥‥もしかしてスカーレット・ローズ‥‥?」
彼女は驚愕した表情を浮かべながら俺を見て僅かに震えている。まあ、俺の噂を聞けば仕方ないかもしれないが‥‥正直目の前で怯えられるとかなりショックだ‥‥
「あなたねぇ!あんな馬鹿でかい魔法を使うならせめて方角を考えなさい!私が止めなければ、市街地に住む何万人もの人が犠牲になるところだったのよ!」
「そ、その‥‥私‥‥もう限界で‥‥どうしたらいいのか分からなくて‥‥」
「はぁぁぁぁ‥‥‥これから先も魔法少女を続けたいなら、その根性を叩き直すことね。またこんな事があれば‥‥狩るわよ?」
「は‥‥はい‥‥‥」
目の前の魔法少女は、真っ青な表情のままその場でへたり込んでしまった。まあ、これだけ脅しておけば流石に同じ失敗をしないよう気をつけるだろうし‥‥もしこれに怯えて引退するようなら、その方がこの子にも守られる市民にとっても良いだろう。
「あんだけ派手に魔法使ったんだし、いつもの場所に待っててくれてるでしょ」
例の魔法少女との一件があったその日の夜。俺はフェアリーに会うために何時ものタワーに向かって夜の街を走っていた。
(つけられてる‥‥)
家を出て少しした辺りから、何者かに見られているような感覚があった。最初は気のせいかと思っていたのだが、その視線の主は俺と同じ速度でついてきている。恐らく魔法少女だろう。だが、タイタンやリリーがこんなことをする必要はない。それにフェアリーもこんな事をするような性格でもないだろう。だとしたらまずいことになった‥‥
(正体がバレた?最悪ヤるか?)
家の近くから見られていたということは、住処がバレた可能性が高い。なら、正体がバレるのも時間の問題だろう。本意ではないが、俺にも目的がある以上ここで死ぬわけにはいかない。
(いや、待てよ‥‥この不自然なほど小さい魔力‥‥これは魔力を隠蔽している。そしてこの特徴的な走り方‥‥)
「はぁ‥‥また顔見知りか‥‥」
俺はこの魔法少女を知っている。個人的に悪い感情は無い相手ではあるが、それとこれとは別だ。どんな理由でつけているのか吐かせる必要がある。だが、とりあえずは泳がせておいても問題ないだろう。
「さてさて、どこまで付いてくるかしら」
そう呟いて俺は走る速度を上げた。
「あら、ようやく来‥‥‥ッ!?」
タワーにやってきた俺は、すでに来ていたフェアリーに襲いかかった。
「ちょちょちょ!?いきなり何よ!私じゃなかったら首飛んでたわよ!?」
俺はフェアリーと切り合いながらフェアリーにだけ聞こえる声で話す。
(ごめん!しくじっちゃった)
(はぁ?しくじったって何よ!)
(ちょっと周りを見てみてくれる?)
(一体なにが‥‥ってあんた!つけられたの!?)
(本当にごめんって!それで‥‥申し訳ないんだけど、捕まえるの手伝ってくれない?)
(はぁ‥‥仕方ないわね‥‥合わせなさい!)
それから俺とフェアリーは若干手を抜きながら、でも第三者から見れば本気に見えるように戦いを続ける。そして何回か打ち合っていると、突如二人の攻撃が同時に止められた。
「双方、矛を収められよ。これ以上の演技は不要」
そう言ったのは、俺の鎌とフェアリーの輪刀を鎖鎌で同時に受け止めている忍者のような出で立ちの少女であった。
「やっぱりあなただったのねアサシン‥‥人の事をつけ回すのは、良い趣味とは言えないわ。事と次第によっては痛い目を見てもらうけど?」
俺は呆れたようにそう言って、鎌を持つ手から力を抜く。それに合わせてフェアリーも輪刀を引いたようだ。
「薔薇殿、妖精殿、この度の無礼をお詫び申し上げる。拙者は貴殿らに敵対する気はありませぬ。故に、先程から隠れておられるお二方も出て来られよ。気配を察するに、巨人殿と百合殿で御座ろう」
目の前の魔法少女がそう言うと、屋上に立っている巨大な避雷針の裏からタイタンが、そして魔法少女の影の中からリリーが姿を表した。二人ともかなり警戒しているようで、タイタンは尋常ではないほどの殺気を放っておりリリーも手に持っている魔法銃の銃口を目の前の魔法少女から外そうとはしない。
「我が隠れていたことによく気づいたものだ」
「影に潜みし者は、己に向けられる気配には敏感である故」
リリーの言葉にそう返したアサシンは、その場でゆっくりと片膝を付いて頭を下げた。
「改めて‥‥この度のご無礼、深くお詫び申し上げる。この『ハイド・アサシン』。貴殿らと問答致さんが為、参上仕った」