35.一難ありてまた一難
確かに、響がまた俺の布団に潜り込んでいる可能性は考えていた。だが‥‥‥
「両方なんて予想出来ないわよ‥‥‥」
俺は今、左右から美少女二人に抱き付かれている。普通男であればこれほど嬉しい事は無いだろうが、生憎この姿では特にそういった感情も浮かばないため、ただ罪悪感が残るのみである。
「はぁ‥‥温泉行こ‥‥」
俺は二人をそれぞれの布団に戻し、部屋を出た。
「ふぅ‥‥朝の露天風呂は最高ね」
朝が早いということもあってか、俺以外は誰もいないようだ。昨日はあの二人を始め複数のお客さんがいた為心が休まることはなかったが、今ならゆっくりと寛ぐことができるだろう。
「やあ、君も起きていたのかい?」
温泉に浸かりゆっくりと寛いでいると突如そう声をかけられ、俺は驚いて声がした方に顔を向ける。するとそこには湯船に浸かってくつろいでいるゼルの姿が見えた。
「キャァッ!?」
俺は突然の事に思わず悲鳴を上げてしまう。まじで屈辱だ!
「そういえば、昨日は二人と温泉に入ったんだろ?どうだい?初めて自分以外の女の子の裸を見た感想は?」
「‥‥‥はぁ‥‥あのねぇ‥‥お風呂中はバレないように二人から目を逸らしてたから見てないわよ‥‥見てたら私は今頃罪悪感のあまり自殺してるわ‥‥‥あと、ここ女子風呂なんだけど」
「何だ‥‥相変わらず意気地なしだねぇ‥‥ある意味特権を手にしたというのに‥‥あ、因みに人払いの魔法をかけているから気にしなくていいよ」
「そういう問題じゃないと思うけど‥‥‥」
コイツは仮にも息子である俺に犯罪者になれと言うのだろうか。あと、こっちを見ないでほしい。
「まあ、それは置いておいて‥‥今日の夜か明日には一度帰るからそのつもりで居てくれ。学校もあるし、君も彼女と情報を共有しておきたいんだろう?」
「まあ、それはそうね」
「それじゃあ、私は先にあがるから。それにしても、君も可愛い悲鳴を上げるものだねぇ‥‥これはいい事を知ったよ」
ゼルがそう言うと、脱衣所の方へと歩いていった。いつも思うが、一言余計では無いだろうか。
「お風呂に行ってたなら誘って欲しかった‥‥」
「いやぁ‥‥二人とも気持ち良さそうに寝てたから起こすのもなぁって‥‥そ、そうだ!何かやってないかなぁ‥‥‥」
俺は頬を膨らませている響を宥めながら、テレビのスイッチを入れる。するとちょうど朝のニュース番組がやっていた。
『速報です。つい先程、この国を代表するアイドルであり、魔法少女としても活動しておられます。逢田恋歌さんが、ニ日前の6月14日に世界ツアーを終えて帰国していた事が政府より発表されました。この件について本日13時より記者会見を開く予定です』
「「「は?」」」
俺はそのニュースを見て、思わず固まってしまった。そしてチラッと二人の様子を確認してみると、二人も俺と同様に固まっているようだった。
「ねぇ‥‥あまりにも急すぎない?」
凍華の疑問は当然と言える。なにせ彼女が帰ってくるのは、早くても三ヶ月は後になっていたはずだ。それなのに、こんな早く呼び戻したという事は何か理由があるのだろう。
「一応聞くけど、二人はこの事を‥‥」
俺がゆっくり二人を見ると、二人とも首を横に振った。
「残念ながら私達は何も聞いていないわ。もしかしたら、フェアリーなら知っていた可能性はあると思うけど」
「それはどうだろ?フェアリーが知ってたらもう少し反応がある気がする。それに、最近フェアリーと政府の間で揉めているという話も聞く」
それは初耳だ。フェアリーと言えば、この国の魔法少女の中でも信用の厚い魔法少女の一人だ。それが揉めているというのは驚きである。
「何かあったの?あのフェアリーが政府と揉めるなんて大災害でも起きるんじゃない?」
俺がそんなふうに冗談交じりに言うと、響は「気持ちはわかる」と言ってから話を続ける。
「以前、スカーレット・ローズを追い詰めたにもかかわらず、何故か見逃した事がある。政府はこの一件でフェアリーに不信感を抱いていると聞いた」
それは恐らく、この間のカエルみたいな魔物と戦ったときの事だろう。
「でもフェアリーは確か『その場所がシェルターがあったためそれ以上追撃すると被害が広がるから諦めた』って説明してたはずよ?」
「そう、だけど今までローズを倒す機会はいくつもあったのに全て逃していると言うのも含めて不審に思われているらしい」
響の言う事は最もだ。確かにフェアリーが何度も俺を見逃している現状を考えれば怪しいと思われてもおかしくない。それに実際に俺と取引もしている。
「まあ、だからといってフェアリーをどうこうできないでしょ。この国でも屈指の実力を持つフェアリーを失えばこの国の戦力は大きく低下するし、そもそもフェアリー相手に戦うなんて自殺行為だもの。まあ、詳しい事は機会があれば本人に聞いてみましょ?そんな事より今はあの子よ‥‥」
俺はいまテレビに映し出されている舞台で歌う少女を指差す。
「あの子の事だもの‥‥絶対まだ諦めていないわ‥‥‥」
「「それは、そう」」
俺の言葉に、同時に頷く二人の目からは同情の感情が感じられた。
「はぁ‥‥悩みの種は尽きないわね‥‥」
俺がなぜここまで頭を抱えているのかというと、それは約三年前に遡る。当時俺は中国に発生した扉の対処の為に戦いに参戦していた。そしてその時丁度アイドルとして中国を訪れていた彼女『魔法少女ステラ・グリント』こと『アイドル逢田恋歌』に初めてあった。そして戦いが終わった時に俺のもとにやって来た彼女は突如「一緒にアイドルをやらないか」と言ってきたのだ。当然俺はそれを断った。だが、どこか諦めきれない彼女はそれ以降も俺が近くにいると分かればすぐに俺のもとにやって来ては勧誘してくるようになった。最早その行動はストーカーレベルであり、日本に所属する一部の魔法少女の中では見慣れた光景となっている。
「まあ、付きまとわれるだけなら良いのだけど‥‥」
「問題は、あの子の身分でしょ?」
そう、一番の問題は逢田恋歌が現総理大臣『逢田照蔵』の娘であると言う事。彼女が魔法少女でありながら実名を公表しているのはこれが理由であり、政府のイメージアップの為の宣伝活動に上手く利用されているのだ。しかし本人にはそんな気は無いようで、ただ単純にアイドル活動を楽しみ魔法少女としての責務を全うする覚悟を持っている。
「あの子が良い子なのは分かるのだけど、あの子と関わると最悪私の正体が政府にバレる危険があるもの」
彼女の周囲は護衛として複数の魔法少女とSPが付いている。そして恐らく彼女の居場所は常に監視されているだろう。そうなると、彼女と関われば俺の正体がバレるのは時間の問題だろう。流石に自ら命を差し出すつもりは無い。
「実は、今日の話し合い次第で今夜か明日中には一旦帰るつもりなの。その時にそのあたりも含めてフェアリーに聞いてみるわ」
「そう‥‥分かったわ。でも気をつけてね?」
「心配しなくても大丈夫。春海は僕が守る」
「ええ、二人ともありがとう」
二人やリリーを見ていると、仲間っていいものだと心から思う。今までの俺には無かったものだ。だが、それと同時に俺の事情に巻き込んでしまう事に対する罪悪感を感じてしまう。
「さて、早く準備して朝ごはんを食べに行きましょ?」
凍華に言われて、俺と響は身支度を始めた。