34.癒しの中の修羅場
二人と暫くの間他愛のない会話をしていた俺は、ふとスマホで時間を確認する。すると画面には16:40という数字が映し出された。
「16時40分‥‥確か、夕食は18時半だったっけ?」
俺がそう呟くと、響がゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。
「うん、時間もあれだしそろそろお風呂に行かない?」
「そうね、今入れば時間的にも丁度いいんじゃないかしら」
響の言葉に凍華が賛同する。しかし、それに対して俺は首を横に振った。
「あ〜‥‥私はいいわ。二人で行ってきたら?」
(正直、下着姿ですらやばいのに裸を見れば俺は良心の呵責に苛まれることになる!)
俺がそう言うと、二人は不思議そうにこちらを見る。
「お風呂はいらないの?」
「ええ、今はそんな気分じゃないのよ。あとでゆっくりいただく事にするわ」
「あら、そんな事言わず一緒に行きましょう?こうして私達がゆっくり会える日ももう無いかもしれないもの」
「まあ、それはそうかもしれないけど‥‥」
まずい、この流れは非常にまずい。この流れ的に、断ると俺が悪者になる。だが同世代の女子の裸を見るのは流石に抵抗がある!
「命を預けるもの同士、親睦を深めるのも悪くないと思う。それとも‥‥嫌?」
なぜそうも悲しそうな表情をするのか‥‥そんな顔をされたら俺は‥‥‥
「‥‥‥分かったわ‥‥‥準備するから少し待ってて‥‥‥」
(後で寺にでも修行に行こうかな‥‥)
無理だった‥‥この雰囲気で断る事は、俺には無理だった‥‥‥頼むから、その捨てられた子犬みたいな目をしないでくれ‥‥こっちの良心というか、お願いを聞いてあげないとという感情が湧き上がってしまう‥‥‥
「折角だし、浴衣に着替えてきてもいいわね」
「ええ、私もあっちで着替えてくるつもり」
凍華の言葉に対してそう答えながら、着替え等をカバンから取り出した。
「おぉ‥‥‥!!」
「わぁ‥‥いい眺め〜!!」
(人間を見るな!できる限り別の物を見るんだ!)
大浴場の窓から見える風景に、俺と響は思わずそんな声を上げた。だが、あまり他の人の裸を見ないようにと必死になっている俺は実際景色を楽しむ余裕はない。
「綺麗でしょ?ここ日帰りの温泉もやってるからたまに来るのよ」
「へ〜こんな施設が近くにあるのは羨ましいわ〜!」
俺達は窓から見える景色を眺めながら洗い場へと向かい、それぞれ身体を洗い終えて湯船に浸かる。すると温泉が体中に染み渡るような感覚になり、体の力が抜けていく。しかし精神的には休まることは無い。
「やっぱり温泉は最高ね‥‥一日の疲れが溶けていくわ‥‥」
俺がそう言うと、二人はどこか愉快そうに笑い始めた。
「ふふふ‥‥何だか別人みたいね」
「ふふ‥‥確かに」
「え、何が?」
突然二人にそんな事を言われ、よく状況を読み込めない俺は聞き返す。すると凍華は笑みを浮かべたまま話し始めた。
「だって、あの姿のあなたと今のあなたじゃあ全く雰囲気が違うもの。いつもピリピリしていてその界隈では『処刑人』だとか『死神』だとか言われてる人物が、素ではこんなに可愛らしく表情を崩しているんだもの」
「そう、本気の春海に睨まれると漏らしそうになる」
言いたいことは分からんでもないが、よく本人の目の前でそんな事が言えるものだ。
「中々の言われように、感動で涙が溢れそうだわ‥‥」
「あ、ごめんなさい!別に悪口を言うつもりはないの!」
「分かってるわよ。別に今更何を言われてもなんとも思わないし、世間からそう見られていることも自覚してるしね」
最初の頃の俺はがむしゃらに戦っており、自分の邪魔と感じた魔法少女を容赦なく蹴散らしてきた。命こそ奪いはしなかったものの、再起不能になった者もいたと聞く。だからこそ様々な悪評が広がる事は仕方のない事だと思う。
「少なくとも、僕達は春海が悪い人間でない事は知っている」
「ええ、こうして私達を助ける為に命をかけてくれているのだもの。私達にとってはあなたは死神どころか救いの女神ね」
「ちょ、ちょっと!?やめてよそんな‥‥!」
そう言ってもらえるのはとても嬉しいことではあるが、こう面と向かって言われると滅茶苦茶恥ずかしい。そのため俺は慌てて口を開いた。
「と、ところで!いま何時かしら!?そろそろあがったほういいと思うの!!」
「ふふふ‥‥‥そうね、そろそろあがりましょうか?」
「ええ!そうしましょう!私少し逆上せてきちゃったし!」
俺が気恥ずかしさに耐えきれずにそう言って湯船から上がると、凍華や響も続いた。
「やあ、遅かったじゃないか」
俺達が夕食の会場である個室にやってくると、ゼルはすでに席に座りお酒を飲んでいた。こっちはある意味修羅場を経験したというのに呑気なものである。
「乙女には色々と準備ってもんがあるのよ。それより、あなたがお酒飲むなんて珍しいわね~」
「まあ確かに普段は飲まないが、ここは米どころだよ?米どころに来た以上お酒を飲まきゃ失礼というものさ」
ゼルはそう言いながら味わう様にお猪口に口をつけた。
「それでは、焼き物の方に火を付けさせていただきます。頃合いを見て従業員が蓋の方を開けさせていただきますので、しばらくお待ちくださいませ。またお飲み物のご注文等がございましたら、お気軽にお申し付けくださいませ」
俺達が席に座ると、仲居さんがそれぞれの席にある焼き物の固形燃料に火を付けていく。そして軽く説明をしてから部屋を後にした。
「どれも美味しそうね~」
俺は目の前に用意されている料理を一通り眺めながらそう呟いた。刺し身や煮物などをを始めとした様々な料理に、空腹の腹が刺激される。
「あ、これ何かわからないけど美味しい。魚が入ってるみたいだけどなんていう料理?」
そう言って響が指差したのは、小鉢に入った白い食べ物だった。
「それはハタハタ寿司ね。簡単に説明すると魚のハタハタを米や麹と一緒に漬け込んだ秋田の郷土料理よ」
「ほほぅ‥‥これはまた酒が進むねぇ」
ゼルはそう言ってハタハタ寿司なる食べ物をつまみながら酒を流し込む。テーブルに置かれたお銚子の数を見るにかなりの量を飲んでいる筈なのだが、全く酔っているようには見えない。流石は人外と言うべきだろうか‥‥
「失礼致します。そろそろ焼き物の蓋の方をお取り致します」
仲居さんにそう言われて焼き物を見てみると、蓋の蒸気穴から勢い良く蒸気が吹き出していた。
「それでは失礼致します」
仲居さんがそう言って蓋を開けた瞬間、思わずよだれが垂れそうになるほどの芳醇な香りが鼻をくすぐる。
「それでは、ごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ」
全員の蓋を取り終わった仲居さんは、そう言って部屋をあとにした。
「ん〜〜!!美味しぃ〜〜!!」
「美味!!」
「これだけ豪華な食事とは思わなかったわ‥‥‥たまには泊まってみるものね」
俺達がそれぞれ陶板で焼かれた肉を口に運んで感想を言う。そんな俺達の様子を見てゼルは微笑ましそうに笑った。
「美少女三人が幸せそうに食べるこの光景‥‥酒が進むねぇ‥‥」
またゼルがよく分からない事を言っている気がするが、そんなことがどうでも良くなるほど料理が美味しい。
「あぁ‥‥そうだ。少し確認したいんだが、響ちゃんは海を見に行きたいんだったかな?」
俺達がそれぞれ食事を楽しんでいると、ゼルが思い出したかのようにそう響に尋ねた。俺はチラッと部屋中を見てみると、この部屋に結界が張られているのが見えた。どうやらいつの間にかゼルが張ったらしく、これのおかげで外に声が漏れる心配はなさそうだ。
「そう、今回実際に戦った結果やっぱりあれを使う事にした。あれなら巨大な波にも、大抵の攻撃にも耐えられる。そして操縦に専念しながら攻撃も出来る。でも流石に戦いの直前に作るのは魔力的にキツイから、出来れば前日までに作ってそれを置いておく場所がほしい」
確かに、あれを使えば戦力としても期待できて安定した足場も確保出来る。だが、最大の問題がある。
「でも、あれって確かかなりの数の鉄が必要でしょ?アイゼンリッターなんか比較にならないくらいの」
「うん、8万くらいほしい。まあ、最悪その辺の山とか海底に眠る鉄を‥‥‥」
俺の問に対して、食べる手を止めることなくそう言った響の言葉に凍華はなんとも言えない表情を浮かべた。
「それはそれで別の問題になりそうだから遠慮してほしいわね‥‥‥でも、あの戦艦を使う事ができれば戦いやすくなるのは確実ね‥‥」
俺達が先程から言っている『あれ』というのは、響がニ年ほど前アメリカでの戦いの際に人民避難用に使った巨大戦艦のことで、俺達は『タイタニス』と呼んでい
る。まあ、タイタンが作った戦艦だからって言う安直な理由ではあるが、分かりやすくていいだろう。
「10万トン‥‥日本中からかき集める必要があるねぇ‥‥‥」
ゼルは酒を飲みながらそう呟き、その言葉に俺達三人は頭を悩ませる。
「そういえば、あれってどれくらいの大きさがあったっけ?」
「全長300m幅50m」
俺の質問に、響は料理をつまみながら答える。
「じっくり見る暇がなかったから知らなかったけど、あれってそんなに大きかったのね‥‥‥戦艦大和より大きいじゃない‥‥」
「大和を超えることを目標に頑張った」
響きはそう言って親指を立てる。その表情はどこか得意気だ。
「少し小さくする事は出来ないの?今回は多人数で乗るわけではないし」
凍華の言いたい事もよく分かる。確かに船自体を小さくすれば必要な鉄の量も減るだろう。しかし、そうするとある問題が発生する。
「それでもいいけど、火力や船の安定性は格段に落ちる。できれば万全の状態で運用したい」
俺達は一様に頭を悩ませる。タイタニスを万全の状態で運用できれば、あの龍の攻撃を受けたとしてもそう簡単には沈むことが無く安定した足場を手に入れる事ができるうえ、タイタニスの大砲の火力にも頼る事ができる。だがそうなると結局その鉄をどう集めるかという当初の疑問に戻るわけだが‥‥‥
「まあ、今考えても仕方ないし‥‥とりあえず今日は早めに休んで明日に備えよそうじゃないか」
ゼルの言う事は最もだ。今考えた所で答えが出るわけでもないし、それよりも今日は疲れた。なので俺達は早々に食事を終えて部屋へと戻る事にした。