30.北国の女神
「それで、ここにグレイシアがいるのかい?」
「ええ、最上階の展望ロビーにカフェがあるらしいの。グレイシアはそこで待っているそうよ」
昨日グレイシアに合流場所を聞いた際に提案されたのは、秋田港にあるタワーの最上階だった。確かにグレイシアの言うとおり遠くからでも見えた為迷うことは無かった。だが例の事件の影響か、海辺には警察車両ばかりで一般車の姿は少なかった。
「当然ではあるけど、かなり警戒してるわね」
「うん、海も海上保安庁の巡視船ばかりで物々しい感じ。」
「ああ、本来は釣り人なんかがいるだろうが一人もいないね」
俺達はそんなことを話しながら、タワーの中へと入っていった。
「わぁ‥‥‥凄くいい眺め‥‥‥私、こんなにゆっくり海を眺めたのは初めてかもしれないわ」
「確かに、海を見る時は大体戦闘の時だけだったから景色を楽しむ余裕はなかった」
「ほら二人共、人を待たせていることを忘れてはいけないよ」
タワー最上階の窓から見える光景を眺めていた俺達二人は、ゼルに急かされて目の前にあった小さなカフェの中に入る。そしてグレイシアに到着の連絡を入れると、奥の席に座っていた一人の少女がこちらを向いて軽く手招きしてきた。
「待たせてしまってごめなさい」
「お気になさらず。こちらが早く来てしまっただけですから。本日来てくださると考えたらいてもたってもいられなくて」
そう話す少女は、立ち上がって俺達の前で軽く頭を下げた。
「今回は引き受けて頂き、本当にありがとうございます」
「え!?そんな頭下げなくていいわよ!?」
俺は慌てて頭を上げるように言う。するとゼルが何かを気にしながら口を開く。
「まあ、なんだ‥‥とりあえず、何か軽く頼もう。そして詳しい話は車の中で話そうか」
「二人共、目立ってる」
ゼルや響にそう言われて初めて店員がこちらをチラチラと見ていることに気づき、慌てて席に座りメニューを広げた。
「えっと‥‥‥改めて、私がクール・グレイシア。水城凍華です。凍華と呼んでいただければと」
「私は復音春海。スカーレット・ローズよ。春海でいいわ」
お互いに挨拶をすると、グレイシアこと凍華が響の方を向いた。
「えっと‥‥嫌でなければ名前を‥‥‥」
「ん?名乗ったことなかったっけ?」
「ええ、素のあなたは何度か見たことがありますが、名前をうかがったことがなかったので‥‥」
「ああ‥‥そうだっけ?僕は鋼沢響。響でいい」
「ありがとうございます。春海さんに響さんですね?」
「別に呼び捨てでもいいわよ?私も凍華って呼ぶし。それに無理して敬語じゃなくてもいいし」
「えっと、それでもいいのですが‥‥私の方が恐らく年下ですので‥‥」
「「え?」」
凍華のその言葉に、俺と響は同時に声が出た。そして俺は恐る恐る尋ねた。
「一応聞くけど、歳はいくつなの?」
「14です。今年で15になります」
「「年下だったの!?」」
俺はずっと、グレイシアの事を喋り方や所作等から同い年もしくは年上だと勝手に思っていたが、まさかの年下だと聞いて驚愕した。響の反応を見る限り、響もほぼ俺と同じことを考えていたのだろう。普段表情があまり変わらない響が驚きの表情を浮かべている。
「ちなみに、お二人はおいくつですか?」
「私達は同じく15よ」
「やっぱり年上だったのですね‥‥」
「私は今まで通りの話し方がいいわ‥‥名前も呼び捨てにして頂戴‥‥なんかいきなり変えられても違和感しかないもの」
「僕も同感‥‥いきなり敬語にされるのは正直不気味」
「そう……分かったわ。なら今まで通りにさせてもらうわね。ところで‥‥ずっと気になっていたのだけど、そちらの方は?」
そう言って凍華は運転席にいるゼルの方を向いた。
「私はブナゼル。ザシエルという下品なカラスを知っていると思うが、私はそれと同じ存在と思ってくれればいい。まあ、今は春海の保護者をしているがね」
「なるほど‥‥そういえばよくローズの近くで謎の人物が目撃されていたけれど、そういう事‥‥確かにそれなら、スカーレット・ローズが外部からの支援なしに戦えているのにも納得だわ」
凍華がそう呟きながら何やら考える素振りをしていると、運転しているゼルが声を上げた。
「この道を真っ直ぐでいいのかい?」
「ええ、この道をまっすぐ行けば男鹿半島に向かえるの。そこで現状の説明をするわ」
それから暫くの間車を走らせていると、男鹿に近づくにつれて、海に浮かんでいる船の数が増えているように感じた。それは漁船だけではなく海上保安庁の船や自衛隊の護衛艦の姿も見える。
「凄い数の船‥‥‥秋田港以上の警戒ぶりね‥‥」
「やっぱり敵に最も近い場所になるから、その分警戒を強めているわ。それにまだ見つかっていない行方不明者の捜索もあるから毎日かなりの船が出ているの。あ、そこから海辺の方に向かってください」
「ここだね?了解」
凍華の指示通りに道を曲がると、車はとある港に辿り着きそこで停車した。
「知り合いがいるの。もしかすれば何か新しい情報もあるかもしれない」
そう言うと、凍華は車から降りて港に停泊している一つの漁船に向かっていった。
「豊和さん、こんにちは」
「ん?凍華じゃねぇか。何でこんな所に来たんだ?今は危ないからあんまり海に近づいたら駄目だぞ?」
凍華はその漁船で作業をしていた若い男性に声をかけた。どうやらその男性と凍華はかなり親しい間柄のようだ。
「お?お前の後ろにいる三人は見ねぇ顔だな。お前の知り合いか?」
「ええ、私の友人なの。用事でこの近くに来たんですって」
「始めまして、凍華さんの友人で復音春海といいます」
「私はこの子の父で復音是流といいます」
「僕は鋼沢響」
「これはご丁寧に。俺は田澤豊和。一応、凍華の従兄にあたる。それにしても大変な時期に来ちまったもんだなぁ‥‥」
田澤さんはそう言って沢山の船が浮かぶ海の方を見た。
「ところで豊和さん。叔父さんの物置小屋に置いてある鉄の山って何かに使うの?」
「ん?いや、使い道がないからとりあえず置いてあるだけだ」
「なら、貰ってもいい?」
「そりゃあ、別に構わねぇけど‥‥あんなもの何に使うんだ?」
「まあ‥‥‥色々?」
「?まあ、いいけど。あ、他にも色々と機械もおいてあるから気をつけろよ?」
「ええ、分かったわ」
話し終えた凍華が俺達に「行きましょう」と言ったため俺達三人も田澤さんに軽くお辞儀をしてから凍華の後に続いた。
凍華達が去ったあと、田澤は船のロープや海で拾ったゴミを片付けながら呟いた。
「あんな鉄屑何に使うんだか‥‥最近の子はよく分かんねぇな‥‥」
(ん?ってか凍華のやつあの鉄どうやって運ぶ気なんだ?)
田澤はそんなことを考えて、ふと手を止める。しかし直ぐに作業再開して「ま、後で少し様子でも見に行ってやるか。困ってたら手を貸せばいいしな」と呟いた。
「ここよ」
俺達は凍華に案内されて田澤さんの船があった場所から歩いて5分ほどの場所にある大きな物置小屋やってきた。
「ここはさっきの田澤さんのお父さん。つまり、私の叔父が所有する物置なの。それであなた達を連れてきた理由はこれよ」
そう言って扉を開けると、その中には大量の鉄屑が山のように置かれていた。
「これはこの間の津波の影響で流れ着いたりした物を、業者に引き取ってもらう為に一旦ここに集めてるの。これなら取り敢えず偵察に向かう程度の簡単な船くらいは作れないかしら?」
「一般的な漁船程度の大きさなら作れる。ただ波の大きさによっては簡単に転覆するから、僕は操縦に集中したい。もちろん出来る限り手伝うけど」
「と言うことは、私と凍華の二人で敵の攻撃を防がなきゃいけないわけか‥‥正直不安ね‥‥私の張れる結界は知っての通り炎だから大量の水で攻められると威力が落ちて防げなくなるわ」
「そうね、私が出来るだけ水を凍らせて排除してそれで防げない物を春海に防いでもらうこれしかないわね‥‥あとはこれでどこまで耐えられるかだけど‥‥」
凍華はそう言って険しい表情のまま口を閉ざす。俺を含めここにいる全員が同じことを考えているようで、一様に険しい表情をしていた。
「私達なら攻撃を避ける事はできるけれど、船は簡単には避けられない。だから船を守りながら戦わなければいけない‥‥‥さてどうしたものかしらねぇ‥‥」
「考えても仕方ないし、取り敢えず鉄を外に出しましょうか。流石に他人の倉庫の中で能力を使うのは怖いわ」
「ええ、そうね。三人で手分けして外に運びましょう」
そう言って俺達は変身した。だが、そんな俺達のいる倉庫にとある人物が近づいていた。