29.秋田上陸
『皆様、只今秋田空港に着陸いたしました。シートベルト着用のサインが消えるまでシートベルトは締めたままでお待ちくださいませ』
金曜日に俺達は夜の飛行機に乗り秋田へとやって来た。ゼルの話だと空港のすぐ近くにあるレンタカー会社が割と遅くまでやっていたらしく、飛行機に乗る前に予約しているらしい。
「それじゃあ、私は車を借りてくるから君達は入口付近で待っていてくれ」
「うん、分かった」
「了解」
飛行機を降り、荷物を受け取った俺達にそう言ったゼルは一足先に外へ向かい、それを見送った俺達は念の為に荷物を確認してから空港の売店を眺めていた。
「まあ‥‥そうすぐ来るわけでもないし、飲み物でも買っていきましょうか?」
「賛成、あとお菓子も少し買っていこう」
そう話し合い、適当な飲み物とお菓子を買って入り口に急ぐ、そして入り口を出たタイミングで駐車場から歩いてくるゼルの姿が見えた。
「おやおや、早速買い物かい?」
「買い物と言っても、飲み物とお菓子を少し買っただけよ。ねぇ?」
「うん、少しだけ買い物」
「少しって、結構な量じゃないか‥‥‥まあいいけど‥‥では、早く行こうか。ホテルの到着予定時間に遅れてしまう」
ゼルはそう言うと、俺達の持っていた荷物を両手に抱えて足早に歩き始めた。
「こちらがシングルのお部屋で、こちらがツインのお部屋の鍵になります」
「ありがとうございます。それじゃあ行こうか」
ホテルの手続きを終え、エレベーターへと向かう。そしてボタンを押して待っている時にゼルがツインの部屋の鍵を手渡してきた。
「はいこれ」
「これってツイン部屋の鍵よね?なんで私に?」
「私が一人部屋に泊まるから君達でツインに泊まるといい」
「ちょっとまった」
ゼルの言葉に俺は思わず待ったをかけて、小声で会話を始める。
『ちょっと!何考えてんの!?私は今はこれだけど、本当は男なのよ!?それを年頃の女の子と二人部屋なんて色々と不味いに決まってるでしょうが!!』
『でも、今の状態なら別に女の子の身体に興味とか湧かないだろ?』
『そう言うことじゃなくて、倫理的な問題よ!それに一応私だって罪悪感というものがあるのよ!』
『それはそうだけど、せっかく一緒に来たのに一人放置するのかい?それこそ可哀想じゃないか』
『そ、それは‥‥』
俺がそう言うのと同時にゼルは響に声をかけた。
「響ちゃん、部屋どうする?一人がいいかい?それともこの子と二人がいい?」
「春海と一緒がいい」
「だ、そうだよ?」
「‥‥‥‥」
ここで俺が断れば完全に俺が悪者になってしまうため、俺は渋々ながら首を縦に振るしかできなかった。
「それじゃあ、おやすみ〜」
ゼルはそう言って自分の部屋へと入っていき、俺達も隣の部屋の扉をあけて中へと入った。
「おぉ‥‥なかなか広い」
「確かに、思ったより広いわね〜」
俺達は部屋の中を眺めながら、自分の荷物を置く。
「それじゃあ、ゆっくりしましょうかね〜あ、シャワー先に使っていいわよ?」
「分かった、ならお言葉に甘える」
そう言った響は自分のバッグから着替えなどの用意をして浴室に向かう。すると何やら「おぉ‥‥」という声をあげた。
「ん?どうかしたの?」
「凄いよ春海。ここのシャンプー類、かなり良いやつだ」
「え、そうなの?」
響にそう言われ、俺も浴室の中を覗いてみた。すると確かに割と高価なシャンプー類が置かれており、俺も思わず「おぉ‥‥」と言ってしまった。
「これなら自分で持ってきたやつ使わくても良いかも」
「うん、これは嬉しい誤算」
「それじゃあ、私はテレビ見てるから」
俺はそう言って浴室を後にし、グレイシアに明日の合流場所を聞く内容のRainを送ってからテレビを付けた。
「ふぅ‥‥‥きもちよかった。ん?ロードショー見てるの?」
俺は浴室から出ると、テレビを見ている響に声をかける。するとテレビに集中しているのか、響は「うん」と一言だけ答えた。
「今日の映画は何じゃらほいっと」
氷を入れたグラスに飲み物を注ぎ、響の隣に座ってテレビを見る。どうやら今やっているのは、数年前に話題になった魔法少女物のアニメらしい。このアニメは中学時代のクラスメイトの間でもよく話題に上がっていたが、現実と比べてしまいそうで俺は見ていなかった。
「響はこれ見たことあるの?」
「うん、一回だけ見たことある。結構面白い」
「へぇ‥‥」
それから俺達二人は無言でそのアニメを見続け、気づけば最後まで見てしまった。正直かなり出来の良いアニメだったと思う。ストーリーも分かりやすいし、作画も綺麗でアクションシーンも迫力があった。
「悪くないでしょ?」
「ええ、思ったより面白かったわ。でも、やっぱり比べちゃうわ‥‥」
「気持ちはよくわかる」
割り切って考えようと頑張ってはみたが、こればかりはどうしょうもないようだ。聞けば、警察官の中にも刑事物のドラマなどを見れば違和感を感じてしまい純粋に楽しめないと言う人もいるらしいから特におかしい話ではないのかもしれない。でも何処か損をしている気はする。
「さて‥‥もう遅いし、そろそろ寝ましょうか?」
「うん、明日から忙しくなる」
時計を見ると既に11時を過ぎており、明日に備えてもう休むことにした。
「ん‥‥んん‥‥うん?」
目が覚めた俺はベッドの横にある時計に目を向けた。
「6時半‥‥」
未だ完全に覚醒しきっていない為か、頭の中はボンヤリとしたままだった。しかし、腹部に感じる違和感で完全に目が覚めて布団をめくってみる。すると隣のベッドで寝ているはずの響が、俺に抱きついた状態で気持ち良さそうに寝ていた。
「えっと‥‥‥この状況は一体‥‥‥」
「んん‥‥あれ‥‥春海?おはよう?」
「ええ、おはよう。ところで何で私のベッドに?」
俺がそう尋ねると、響は辺りを一通り眺めてから「おお‥‥」という声を上げた。
「夜中にトイレに起きたのはいいんだけど、寝ぼけてたから間違って春海のベッドに入ったみたい」
「そういう事ね‥‥時間もいい感じだし、とりあえず起きましょうか」
「うん」
それから俺達は顔などを洗い、着替えを終えた。すると扉をノックする音が聞こえ、扉を開けるとゼルが立っていた。
「やあ、おはよう。最悪まだ寝ているかとも思っていたが、準備万端のようで安心したよ。それじゃあ朝食でも食べながら今日の予定を確認しようか」
「ええ、分かったわ。響は準備いい?」
「ちょっとまって、髪がうまくまとまらない‥‥」
「ああ‥‥ゼル、少し待っててくれる?準備できたら声かけるから」
「ああ、焦る必要はないからゆっくり準備したまえ」
俺は一度扉を閉め、響の準備を手伝う事にした。そして手伝っている間「おお‥‥さすが春海は上手」と褒められたのはいいのだが、正直褒められて嬉しくはあるものの割と複雑だった。
「そういえば、昨日も思ったけど春海って意外と少食?」
俺が自分の分の朝食を持って席につくと、それを見ていた響がそう言った。するとゼルが困った様な表情を浮かべる。
「そうなんだ‥‥この子は食べる時(男)は食べるのに、食べない時(女)は本当に食べないからねぇ‥‥親としては、もう少し食べて欲しいくらいなんだけど‥‥」
「だって、少し食べたらお腹いっぱいになるんだもの‥‥私だって食べられるならもっと食べたいわよ」
「その割に、甘い物はよく食べるよねぇ‥‥」
「はぁ‥‥分かってないわね〜甘い物は別腹ってよく言うじゃない」
「それには激しく同意する」
「まったく‥‥女の子はよく分からないな‥‥‥」
そんな事を呟くゼルに、俺達は顔を見合わせお互いに首を傾げた。