2.望まぬ注目
「いらっしゃ‥‥‥なんだ秋司か。今日はやけにボロボロだねぇ」
大通りから少し路地に入った場所にある小さな喫茶店の扉を開けると、コーヒー豆の袋を片手にカウンターに立っていた中年の男が俺に声をかける。
「ただいま‥‥‥シャワー浴びてくる」
「何か食べるかい?」
「うん‥‥」
俺はそう返事をして店の奥に入る。つまりここは俺の自宅だ。そして店のカウンターに立っているのは、この喫茶店の主人で一応俺の保護者ということになっている。
「おや?この匂いは……」
「はぁ……疲れた……」
シャワーを浴びて浴室を出ると、気配を感じて入り口に声をかけた。
「ゼル。そんなとこで何してんだ?」
「いやなに、君からフェアリーの魔力の匂いがしたのでね。まさかフェアリーに負けたのかなと」
俺の呼び掛けに、先程の男がそう言いながら姿を見せた。
会話の通り、この男は俺が魔法少女であることを知っている。というより俺を魔法少女にした張本人……そして人間ではない。本人曰く天使であり悪魔であり死神であり救世主らしく、名前はブナゼル。俺は縮めてゼルと呼んでいる。
「今回は直接戦ったわけじゃない。あいつがシェルターに向かって魔法を撃ったから受け止めただけだ」
「なるほど……相当ダメージを負っていたみたいだから心配したけど、見た感じ大丈夫そうだ。シャワーを浴びたのならさっさと着替えてお店を手伝ってくれたまえ」
ゼルはそう言うと喫茶店の制服を着替えの入ったかごを置いて脱衣場を出ていった。
「いらっしゃいませ〜」
制服を着ての最高の営業スマイル。最初はだいぶ引き攣っていたらしいが、何年もやっていると慣れるもので、今では自然に出せるようになった。そして俺はお客を席へと案内しておしぼりとお冷やを出してから注文を取る。
「モカとオリジナル一つ」
「了解」
俺が内容を伝えるとゼルは直ぐに珈琲を入れ始める。そして出来上がった珈琲を席に運び終えると、扉が再びカランカランと音を立てて来客を告げた。
「いらっしゃいませ〜」
俺は扉の前に立っていた同い年くらいの少女を席へと案内すると、少女は小さな声で呟いた。
「い…いつもの…お願いします」
「はい、カフェオレとフルーツタルトですね。少々お待ちくださいませ」
俺は直ぐにゼルに伝えショーケースからフルーツタルトを取り出して皿に盛り付ける。いつもやっている作業の為手間取ることは無い。しかし……
(視線を感じる……)
何やらずっと見られているかのように感じ、その方向へ目をやると、先程の少女がいつものように本を読んでいる姿が見えるものの、その目は前髪で隠れている為視線は分からない。俺はさり気なくゼルに近づいて小声で話した。
「なんか見られてないか?」
「私もそう感じていたが、君がそういうという事は勘違いではなかったようだ。彼女、半年前くらい前からここに通ってくれているが、こんなのは初めてだね」
二人で話していると、カウンターに座っていた常連の男性が声をかけきた。
「なあ、マスター。テレビつけてもいいかい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
そう言うとゼルはリモコンを手にとってテレビを付けると、夕方のワイドショーがはいっており、そこには『ついに捉えた謎の魔法少女!』と書かれていた。
『あの赤い魔法少女が最初に姿を現してから約四年。遂に至近距離での撮影に成功しました!』
テレビのリポーターが興奮気味にそう語ると、突如画面が切り替わり一枚の写真が映し出された。
「………」
恐らく俺はすごい顔をしていたに違いない。なぜならその写真に写っていたのは、紛れもなく俺、復音秋司が変身した姿スカーレット・ローズだったからだ。
「………ぷっ」
そんな声が聞こえ、横に目をそらすとゼルが必死に笑いをこらえている。
(まさか……あの中にテレビ関係者がいたとは……)
俺は逃げるように店の奥に入り、大きなため息を吐いた。
「落ち着いたかい?」
「ああ……なんとか」
あの後、少ししてから表に戻った。しかし、その時はすでに例の少女帰ったあとだった。そして俺はそのまま仕事を続け、今はようやく店仕舞いをしたところだ。
「そうかい……それにしても驚きだねぇ……まさかあの場所に丁度メディア関係者がいたなんて……それに」
ゼルはパソコンを操作しながらそう話し、とあるSNSのページをオレに見せてきた。そこには『偶然撮影成功!』というコメントともに真正面から撮った写真が投稿されていた。
「………」
「誰もが携帯を持つのが当たり前のこの時代、当然ながらこういう事もあるだろう」
「はぁ……明日学校に行きたくなくなったわ……」
「はいはい、そこに夕飯を作っておいたから食べてさっさと寝なさい」
「………分かった」
俺はゼルにそう返して、テーブルの上に置かれていたハンバーグを食べて部屋に戻った。
「痛ッ……!」
部屋に戻ったあと背中に痛みを感じ、もう一度服を脱いで背中を見てみた。すると怪我こそ消えていたがやはり強打した部分は鈍い痛みを感じる。
「クッソ……フェアリーめ少しは手加減しろよな……」
俺はそんなことを呟いてみるが、そんな呟きが何の意味もないことは良く分かっているため、ただの愚痴だ。
「さて、どうしたもんか……」
俺はスマホでネットニュースを確認してみる。すると当然ながらどの記事もスカーレット・ローズ一色でSNSもトレンド上位は軒並みスカーレット・ローズ関係だった。
(まじで明日学校行きたくねぇ……しかもこれから俺が動きにくくなる……面倒くせぇ……)
恐らくだが、今回撮影に成功したマスコミ社に負けまいと他のマスコミもスカーレット・ローズの撮影、はたまた肉声を手に入れる為にインタビューまで強行してくる可能性がある。
(昔実際にそれで大惨事になったからな……正直もう二度とゴメンだぞ……)
前にも魔法少女の戦闘を間近で収めようとしたマスコミ関係者が戦闘に巻き込まれる結果となり、その人物を守る為に本気を出せず、魔物を取り逃がしてしまいその魔物が別の場所で大きな被害をもたらしてしまったのだ。
「せめて、仲間でもいれば動きやすいんだが……」
(それは無理な話か……唯一話のわかるグレイシアも遠くの県だし、『アイツ』だって今は欧州にいるはずだし)
「ああああ!!!もう面倒くせぇ!!何も考えくない!!寝る!!」
俺はそのままベッドに倒れ込むようにして眠りについた。