28.情報交換
「遅かったわね」
辺りが暗闇に包まれた頃、タワーの屋上にやって来ると、先に来ていたフェアリーがそう声をかけてきた。
「こっちも暇じゃないのよ。それで、今回はどんなご用件で?」
俺がそう尋ねると、少しの間のあとにフェアリーは口を開いた。
「秋田に向かうのね?」
「ええ、今回秋田に現れた敵に興味があるの」
俺はそう言って一枚の写真をフェアリーに投げ、それを受け取ったフェアリーは驚いた表情を浮かべた。
「これをどこで?」
「はぐれ者にははぐれ者なりに仕入先があるって事よ」
「そう‥‥あなたも何か掴んだわけね」
俺はそこで、フェアリーに聞きたかったある事を聞くことにした。
「ねえ、あなたはここ最近全国で目撃されている魔物を間近で見たんでしょ?それで、その魔物はあなたから見てどう見えたの?」
「そういえば、この間教える約束をして忘れてたわね」
「ええ、流石に一方的に貰うだけでは申し訳ないから情報交換にしましょう?私が持っている秋田の魔物についての情報と、あなたの持っている例の魔物についての情報を」
俺の言葉にフェアリーはしばらくの間沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「分かったわ。なら言い出しっぺのそちらから情報を頂戴」
「ええ、まず今回の件、不可解な点が多いわ。あなたもそれは気づいているのでしょう?」
「そうね、あれだけの魔物が出現したのに一切気づかなかった。通常ありえない話よ」
「そう、そこで少し調べてもらったの。そうしたら、その魔物から殆ど魔物の気配を感じなかったそうよ」
「なんですって!?それじゃあまさか‥‥‥魔物じゃないとでも言うの!?」
「可能性はあるわ。そこで確認したいのだけど、例の魔物がこの街の上空を通過した時に私達は確かに強大な気配を感じたけれど、サイレンは鳴らなかったわよね?」
「言われてみればそうね‥‥私は妙な気配を感じたからこそ出撃したけれど、上からは何も連絡は無かったわ‥‥まさか秋田に出た敵と私が追っている敵は‥‥」
そう言ってフェアリーは険しい表情のまま俺の方に目を向けてくる。
「ええ、何かしら関係があると見るべきでしょうね。さて、今度はそっちの番よ?」
「分かったわ。それじゃあ私が追っている敵についてだけど、見た目はあなたも知っての通り巨大な黒い鳥の姿。ただ、少し違和感があったような感じはしたわね。あと近づけば近づくほどにとてつもない威圧感で身体を押しつぶされそうになる。そして、あと少しで攻撃できると思ったところで消えたわ」
「消えた?」
「ええ、文字通り消えたのよ‥‥一瞬で。アイツが雲に隠れたかと思うともういなかった。残念だけど、これ以上は何も分からないわ」
(瞬間移動の能力?分からない事だらけだ‥‥ザシエルならもう少し情報を集められるだろうか‥‥)
「ところで、秋田にはタイタンを連れて行くんでしょ?」
「勿論よ。タイタン無しで海に出られないもの」
今回の敵が海上にいる以上、作戦にタイタンの力は必要不可欠だ。
「リリーは?」
「リリーは連れて行かないわ。リリーまで連れていけば、ここを守る人がいなくなるもの。それに今回の敵の強さを考えれば、相手にするにはあの子はまだ経験不足よ」
「そう、もっともな意見ね」
俺はもう話は終わったのかと思い、一言だけ言って立ち去ろうと考えたとき、フェアリーはまたもや口を開いた。
「あなた、あまり目立ち過ぎないほうがいいわよ?分かっているとは思うけど、あなたを目の敵にしている魔法少女は意外と多いわ」
「自分達の稼ぎを奪っているからでしょ?」
「ええ、リリーやグレイシアの様にただ平和の為に戦っている子もいるけれど、大半は金銭が目的だわ。そんな中あなたが真っ先に敵を倒せば、当然稼げなくなる。それを根に持っている子は多いのよ」
俺はその話を聞いて、一つ確認しておきたい事があった事を思い出した。
「ねえ、一応確認したいのだけど。政府が私を消したがっている理由はやっぱり‥‥」
俺がそこまで言うと、フェアリーは不愉快な感情が滲み出ている表情で答えた。
「ええ、あなたの想像通りよ。国家からすれば魔法少女は最も強力で、最もお手頃な兵器。それは魔物相手だけの話じゃない。たとえ魔物がいなくなったとしても、国同士の争いは必ず起きるわ。そうなれば強力な魔法少女を多く抱えている国が有利になる。そして魔物が蔓延る世界でも、強力な魔法少女の存在は国同士の大きなビジネスになるの。だからこそ政府は魔法少女を出来る限りの育成をしたい。そこで私やタイタン、グレイシアのようにある程度の実力のある魔法少女は余程のことがない限り他の魔法少女の戦闘に参加させないの。そうすれば強い魔法少女が全部の敵を倒してしまう事もないから、新人の子もある程度の戦闘経験を得る事ができると考えた。でも、そこにあなたが現れた。何者にも縛られず、全国各地で自由に戦闘を行うあなたがね。だから政府は焦っているというわけ」
予想通りの答えではあったが、改めて言われると不愉快な話だ。実力のある魔法少女が戦闘に参加すれば、当然魔物の討伐は迅速に行われる。しかし、あまり戦闘経験のない魔法少女だけだとそうは行かない。そして無駄に戦闘が長引くと、当然被害は大きいものとなる。それが分かっていながら、政府は魔法少女の育成を第一に考えているのだ。そのせいで犠牲となる人間がいるというのに。そして、魔法少女の殆どは政府に絶対の信頼をおいているか、関心がないか、直ぐに死ぬため実態を知ることは無い。ただ、その考えが完全に間違っているとは思っていない。魔法少女が育成されなければ、市民を守る者がいなくなるのだから。だからと言って「仕方の無いことなので、諦めて死んでください」と言われて納得できるはずは無い。
「今日は随分と親切ね」
「勘違いしないで。協力関係を結んでいる以上、今あなたに消えられると困るだけよ。私も命令があればあなたを倒すわ」
フェアリーはそこまで言うと、タワーの縁に移動して立ち止まった。
「クッキーご馳走様。すごく美味しかったわよ」
こちらに背中を向けたままそれだけ言うと、タワーから飛び降りて行った。