24.元凶の影
あれから数日が過ぎたある日、防衛省の高官たちによって秋田県沖で発生している一件についての会議が行われていた。
「今回もクール・グレイシアの活躍により被害こそありませんでしたが、依然として原因がわかっていません。しかし調査の結果、沖合三十キロ付近に近づかなければ波が襲ってくることは無いようです」
「そうか……海域の封鎖は?」
「すでに完了しています。ただ、これにより漁業だけでなくフェリーや貨物船なども入れませんので長く封鎖すると様々な影響が懸念されます」
「だからといって、各地で魔物の被害が増えている現状では秋田に割ける戦力はありません。とりあえず近づきさえしなければ被害が出ないということなら、静観しても問題ないかと」
そう言い終わると、高官達の目が一斉に防衛大臣である佐賀巳に向けられる。みな、佐賀巳がどう判断するかを待っているのだろう。そして佐賀巳はしばらく考えた後口を開いた。
「現状、陸上への被害が無い秋田はその他の被害地域に比べ優先度は低いと判断する。その為、秋田は引き続き現地の警察組織及びクール・グレイシアのみで警戒する。もし異変があった場合は必要に応じて応援を向かわせる事とする。以上!」
その佐賀巳の発言で全員が一斉に立ち上がって礼をした。
『………ということで、秋田県で発生している異変の早期解決を目指し調査を行ってまいります』
「早期解決……ね」
私は朝のテレビニュースを見てそう呟いた。当たり前の事だが、現在の政府にはここに割けるだけの戦力は無い。つまり、早期解決とは言っても現状打つ手がない為放置されるだろう。しかし世間に対して真実を伝えることはない。もし仮に真実が民衆に知れ渡れば、恐らく政府はかなりの反感を買うことになるだろう。
「凍華、早くしねぇと学校に遅れるよ?」
「うん、分かってる」
「あと、最近物騒なんだから学校終わったら早く帰ってきな。アンタ時々妙に遅いべ?父さんもいっつも心配してるんだから」
「うん、分かった。できるだけ早く帰ってくるようにする。それじゃあ行ってきます」
私は母にそう言って家を出た。やはり釘を刺されてしまった。というのも、ここ最近魔物が増えていることもあり夜中に出撃することも多くなった。当然だが、そんな私の行動を両親は気にしているようだ。だとしても自分が魔法少女などと言えるはずもない。それが少し申し訳なくは思う。
「おい、豊!聞いたか?重が目を覚ましたってよ!」
何も考えることができず、港でただ呆然と海を眺めていた若い男に、一人の男が慌てたように寄ってきてそう話しかけた。
「え?マジっすか?そりゃあ良かったっす……まさか重さんまで逝っちまうかと怖がったすもの!」
話を聞いた若い男は先程までの生気のない表情から一転して嬉しそうに言った。しかし、相手の男は何とも言えない表情のまま話を続ける。
「おお!だがよ、少し様子がおかしいらしくてな?何でも龍がどうとか言って騒いでるんだとよ」
「はぁ?龍だぁ?目が覚めたばっかでまだ寝ぼけてんすかね?」
「さあな、とりあえず今日の昼間に行ってみるばって、おめぇはどうする?」
「もちろん行ぐっす!」
「じゃあ昼頃に病院の前で待ってるって」
「うっす」
二人はそう言ってその場をあとにした。
「あ、おはよう凍華!」
私が教室に入ると、クラスメイトである山田佳苗が声をかけてきた。佳苗は先日の津波でお祖父さんが被害にあい、奇跡的に一命はとりとめたもののいまだ意識が戻らないらしい。そのためここ数日凄く落ち込んでいたのだが、今日は何やら元気のようだ。
「おはよう佳苗。今日は朝からテンション高いけどどうしたの?」
「それがね、お祖父ちゃんの目が覚めたの!」
「本当に!?それはよかったじゃない!」
「うん!本当に良かった!でも……」
佳苗はそこまで言うと突如険しい表情になった。
「何か、お祖父ちゃんの様子が変なんだ……」
「え、変ってどんなふうに?」
「それが……波に飲まれる瞬間に龍を見たとか、龍が怒ってるだとかをずっと言ってるの」
「龍?龍ってあの龍?」
私がそう聞くと、佳苗は静かに頷いた。そして心配そうな表情で言った。
「ねえ、お祖父ちゃん……おかしくなっちゃったのかな?」
「大丈夫だよ!きっと目が覚めたばかりで混乱してるだけだって」
「そう……だよね……ならいいんだけど」
私の言葉に少し佳苗に笑顔が戻った事で私は安堵した。そして佳苗のお祖父さんが言っという言葉の事を考える。
(龍……もしかして、それがあの津波を引き起こした正体なの?今はまだ分からないけれど、とりあえず上に報告はした方がいいわね)
私がそんなことを考えていると、佳苗はいつもの調子に戻って話しかけてきた。
「それはそうと、凍華はどこの高校を受験するの?」
「そうねぇ……私は適当に近くの高校でいいかなぁって思ってる」
「えぇ!?でも凍華って頭良いって言われてる高校から声をかけられてるんでしょ?」
「そうだけど、遠くの学校に通うのも面倒じゃない?それに近くの高校なら顔見知りが多いから色々楽だし」
私がそう言うと、佳苗は嬉しそうな表情を浮かべて手をパンと叩いた。
「なら、一緒の高校に進学しようよ!」
「ええ、いいわよ」
私達が話していると、丁度担任が教室に入ってきたので話を終えた。
「えっ、今日も!?大変なんだね……」
「本当にごめん!この埋め合わせは必ずするから!」
放課後、私は寄り道して帰ろうという佳苗の誘いを断っていた。というのも今朝の佳苗の話を上に報告した事で、今夜から早めの調査を行うこととなった。その為私はすぐに向かわなければならなかったのだ。正直、佳苗には申し訳ないと思う。
「気にしなくていいよ。家の用事ならしょうがないって」
「うん、それじゃあ私はそろそろ行くから」
そう言って私は学校を後にした。