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薔薇の死神  作者: 族猫
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23.姿無き恐怖

「父ちゃんのためなら〜っと」


 漁船に乗った一人の若い男が歌を口ずさみながら網を引き、その成果に渋い表情を浮かべる。


「今日も駄目か……」


 男がそんな事を呟いていると、遠くから他の漁船に乗った人物が声をかけてきた。


「お〜い!(とよ)〜!おめぇの方はどうだ?」

「いやぁ……駄目だっす。そう言う親父さんはどうだすか?」

「こっちも同じだ」


 そう話しながら、相手の漁師は船を近づける。


「んだのが……ここ最近こればっかりだな……これだば無駄に油炊くだけだ」

「んだっすよ……獲れねぇの分がってて船出すの正直うだでっすや」

「んだがらな〜先週までは獲れであったのに今週になってからパッタリだ」

「そういや、(しげ)さんは何処さ向がったった?海さ出てから見でねぇっすばって」

「重はもっと沖の方にいってみっとよ。ほれ、今丁度戻ってきたとこだ」


 そう言って指差した方を見てみると、一隻の漁船が沖の方から戻ってきているのが見えた。しかしその時、突如その漁船の後ろから巨大な波が姿を現し、その漁船を飲み込むように迫っていた。


「おいおいおい!なんじゃありゃ!?」

「重ぇぇぇぇぇ!!!もっと飛ばせぇぇぇぇ!!!波さ飲まれるどぉぉぉぉ!!!」


 必死に叫ぶものの、その波は漁船よりも早いようで徐々にその漁船との距離が詰まっていき、完全に飲み込まれるのも時間の問題だった。


「豊!オラ達も逃げるど!」


 その声に若い男は慌てて自分の船を陸に向かって走らせた。すると街の方からサイレンの音と避難を促す放送が聞こえてきた。

『巨大な津波が迫っています。海辺の皆様は至急高台に避難してください。繰り返します……』


「陸に逃げたところで逃げ切る時間あっかなぁ……」


 若い男はそうボヤきながら、あたりを見回した。すると仲間の船がいくつか波に飲まれ海に消えていく様子が見えた。その光景を目の当たりにして男の体はガタガタと震え始める。


「クソッタレがよッ………!!」


 男は死に物狂いで、ただ陸地を目指し舵を切る。すると先程まで聞こえていたはずの波の轟音が消え入るのに気づいた。


「音が消えた………?」


 恐る恐る後ろを振り向いた男の目に映ったのは、飲み込まれた船の残骸が漂ういつもの平穏な海だった。



『ニュースです。昨日の秋田県沖に突如発生した巨大な津波によって行方不明になっていた漁師と思われる一人の遺体が今朝発見されました。これより警察が身元確認を行う予定です。また、政府によると津波の原因については未だ分かっていないとのことで、残りの行方不明者の捜索と原因の解明に力を入れるとの事です』

 フェアリーと話した翌朝。俺はテレビのニュース番組で取り上げられた内容に、朝食を食べる手を止めた。


「これってやっぱり……」

「ああ、時期や場所的にほぼ間違いないだろう。ただ、波を発生させた張本人の姿が見えないのが気がかりだね。全く……昨日ようやくフェアリーと接触したというのに、情報を聞くのを忘れるだなんて……」


 そう言って呆れたように言うゼルの言葉に、俺は何も返す事は出来なかった。なぜなら、本来の目的である敵の情報を結局聞き忘れてしまったからだった。


「ま、まあ……とりあえず協力の約束を取り付けただけ良かっただろ?」


 そういう俺に対して、ゼルは再び大きなため息を吐いてコーヒーを飲み始めた。



「これで四人目ね……」


 私は警察や地元の漁師達に協力して行方不明者の捜索をしていた。数年魔法少女をやっていれば当然死体は見慣れている。しかし慣れているからといって何も思わないわけではなく、やはり辛いものがある。


「お〜い、見つかったか〜?」

「はい、船をお願いします」

「今そっちに行くから待ってろ〜」


 若い男性はそう言って私の元へと船を近づけてくる。そして遺体を見て何とも言えない表情を浮かべた。だが、それは当然のことだ。この男性もこの遺体の人物も今まで一緒に漁師としてともに働いてきた仲間。見つかって良かったと思う反面、生きていて欲しいという願いは崩れさったのだから。


「それにしても魔法少女ってのは凄いもんだなぁ……俺達じゃ普通見つけられねぇよ」


 目の前の男性は、あえて遺体のことには触れずそう口を開いた。私もそれがわかっていたので普通に返す。


「私なんて大したことはありませんよ。私なんかより凄い魔法少女なんて沢山いますから」

「へぇ……俺達はお嬢ちゃんしか知らんから想像もできねぇな」

「では、わたしはもっと沖の方を探してみますね」

「おう、でも気をつけてな」


 その言葉に軽く頷いてから、私は海の上を走って沖の方へ向かった。その際、微かに「ありがとうな」という声が聞こえた気がした。



 私は水面を走り、かなり沖の方までやって来た。こういう時、自分の能力が本当に便利だと思う。『水と氷を操る』ただそれだけの能力だが、こういった災害時はこれほど役に立つ能力はあまりないと思う。


「あれは海上保安庁の船……」


 さらに沖の方へやってくると、津波の調査を行っている海上保安庁の船が数隻見えた。


(かなり沖の方まで行ってるみたいね……)


 私がそんな事を考えた直後、突如海面が激しく震え始め、轟音とともに巨大な波が目の前に現れた。


「なッ………!」


 当然地震なんか起きていない。それに、そもそも地震が起きたからといってこんな突然波が出現するわけがない。私は、その巨大な波を呆然と眺めていた。すると沖の船のスピーカーから聞こえる叫び声が聞えて我にかえる。そしてそれと同時に沖の方にいた船が次々と逃げ始めているのが見えるた。


「これ以上犠牲は出させない!」


 あのままでは確実に波に飲み込まれてしまう。そう考えた私は、自身の武器である刀を出現させ波に向かって駆け出した。


(波を消すだけなら簡単だけど、問題はこれを生み出した元凶……)


 その時、波の中で一瞬微かな気配と共に何かが光ったように見えた。


「あれは……もしかして……」


 それ見た私は迷う事なく、その光った部分に一直線で向かい、そして波ごとその部分を縦に切り裂いた。すると切り裂いた部分から順に波が崩れさっていく。


「うそ……」


 そして完全に波が消え去ったその場所には何も存在しなかった。


「そんなはずはッ……!」


 刀を握る手には確実に手応えを感じていた。間違いなく何かを斬ったはずだ。しかし、その斬ったはずの相手がどこにもいない。私は一応海に潜り海中を探してみるも、やはり何も無かった。





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