22.一時協力
「昨日は色々あって気にしてなかったけど、改めて見るとかなり酷いわね……」
翌日、俺とゼルは地震の影響で荒れてしまった店内を眺めて呟いた。戦闘のあった海岸沿いからは割と離れているもののかなりの揺れだったらしく、店内の食器などが床に散乱していた。
「まあ、被害がこれだけで済んでよかったよ。棚なんかが倒れたらもっと酷いことになっていただろうしね」
ゼルはそう言いながら箒と塵取りを持ってきて床を掃き始めた。
「細かい破片は箒で集めるから、大きい破片を拾ってくれるかい?」
「うん、分かった」
「ただ、指を切らないように手袋はしっかりはめるように」
俺はゼルに言われたとおりに手袋をはめてから床に落ちている大きな破片を集め、ある程度片付けてから棚やテーブルの上で倒れてしまった物などを片付けた。そして数時間ほどで何とか全ての片付けが終わり一息つく。
「ふぅ……ようやく終わった……」
「ご苦労様。はい、アイスティー」
「ありがと……ふぅ……生き返る〜」
ゼルが渡してくれたアイスティーを一息に飲み干して深く息を吐いた。
「さて、落ち着いたところで少し話がある。実は今朝ザシエルから連絡があってね。前に話した各地で目撃されている謎の鳥のような何かだけど、フェアリーの追跡を振り切り北へと向かったようだ。最終目撃地点は山形県酒田市で、その後秋田県の方へと飛んでいったとのことだ」
「ちょっと待って!?さっきフェアリーの追跡を振り切ったって言った!?」
「ああ、私も聞いたときは耳を疑ったよ。まさかフェアリーが追いつけない魔物が現れるなんてね」
そう、俺達は今までフェアリーが追いつけなかった魔物を見たことが無い。というのも、そもそもフェアリーは他の魔法少女と違って自由に空を飛ぶことができる。しかも本気を出せばその速度は簡単に音速を超えるため、最先端の戦闘機でさえフェアリーには追いつけないだろう。
「はぁ……全く面倒なのが出たものね……そんな速さの鳥だなんていったいどんな鳥なのかしら……」
「鳥のような何かだから、戦闘機型の魔物かもしれないよ?」
「まあ、とりあえず私達も警戒はしておきましょうか」
俺はそう言いいながらゼルが渡してくれたアイスティーのおかわりを口にした。
「全く……君の立場を理解しているのかい?あまり勝手に行動してほしくはないんだが……」
防衛省の建物で、佐賀巳はタイタンに対してそう言った。その表情はどこか疲れているようにも見える。
「でも、今回は僕が出撃しなければ抑えきれなかった可能性は高い。それに休暇中の行動まで制限される謂れはない」
「確かにそうだが、君という戦力がどれほど貴重なのか分かっているのかい?」
「興味はない。僕はただ、必要と判断したから戦った。それだけ」
「まあ、あまり言って拗ねられても困るからあまり強くは言わないけど……君には出来るだけ早く復帰してもらわないといけないということは理解したまえ」
「善処する」
そう返したタイタンに、佐賀巳は先程よりも真面目な表情になった。
「さて、この間は君もかなり疲弊していたので聞きそびれたが……スカーレット・ローズに君が負けたという事は、彼女はそれほどまでに強いのか?」
「実力だけなら、僕とローズはほぼ同じ。ただ、僕の鉄とローズの炎は相性が悪い。いくら頑丈な鉄の壁を作っても炎で簡単に溶かされる。今回僕はその炎対策に鉄に魔力を練り込むことで何とか耐える事はできたけど、長続き出来ないから結局ジリ貧になる」
「ならグレイシアはどうだ?水なら炎に対抗も……」
「それも無理。グレイシアの水もローズの炎の火力を押し切ることはできない。素の状態なら相殺出来るけど、ローズが本気を出せば熱気だけで蒸発する。嘘だと思うなら本人に聞いてみればいい」
そう言い切るタイタンに、佐賀巳は大きく息を吐いて呟く。
「そうか……どうやら我々に打つ手は無いと言う事か……それにしても、なぜ彼女は頑なに我々との協力を拒むのか」
「それは僕も知らない。それで、他にも用事があったんじゃないの?」
「ああ、フェアリーが帰還したからこれ以降はこの近辺での戦闘に無理して出る必要はないと言うことを伝えたくてね。しっかりと魔力を回復させておいてくれ」
「了解」
タイタンの返事を聞いた佐賀巳は、会議室をあとにした。そして一人残されたタイタンは、窓から空を見上げた。
「何だか嫌な予感がする。気のせいならいいけど」
その日の夜、俺は街を見下ろすことが出来るタワーの上にいた。特に魔物がいる訳ではないが、俺の魔力を感じて黙っていられないとある人物がやってくるのを待っていた。
「一人で夜景を眺めるだなんて寂しいわね。友達でも誘ったら?」
「あら、心配してきてくれたの?案外優しいところがあるじゃない」
俺は突如後ろから聞こえた声にそう返す。すると、ツカツカと歩く音が近づいてすぐ横で止まる。
「よく言うわね。私が来ることを見越して待ち構えていたくせに。それで、私をわざわざ呼び出した要件を言いなさい」
そう言うフェアリーは、殺気こそ無いもののとても警戒しているようだった。
「まあ、とりあえず私の隣に座りなさいな」
俺はそう言って自分が腰を下ろしている横を手でポンポンと叩いてみせた。するとフェアリーは大きく溜息をついてから腰を下ろした。
「私の用事は一つ。貴方の追跡を逃れたっていう魔物についてよ。あなたから見てその魔物はどうだったの?」
「あなたにそれを教えると思う?」
「当然の反応ね……でも、正直そうも言ってられないかもしれないわよ?」
「は?」
俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべるフェアリーに俺は続けた。
「最近各地に出現した扉の付近では、必ずその魔物の目撃例があるわ。と言うことはその魔物が扉を開いている可能性が高いということ。しかも、その魔物は長距離をとてつもない速さで移動できる能力を持っているそうじゃない。そんなんじゃ、いつどこで扉が開かれるか分からないわ。だからこそ一旦協力しましょって話よ」
「………」
俺の話に少しの間目を閉じて考えていたフェアリーはゆっくりと目を開いた。
「たしかに、今の所は猫の手も借りたい状況なのは確かね……いいわ、この件が解決するまで協力してあげる。あと、この件は政府にも黙っててあげるわ」
その答えに俺は安堵のため息を吐いた。正直今ここで斬りかかられる覚悟もしていたのだが、どうやら杞憂ですみそうである。
「ただ、必要に迫られた時は容赦なく叩き潰すからそれだけは忘れないでちょうだい」
「もちろんよ」
「話は終わりかしら?なら帰らせてもらうわ」
「あ、ちょっと待ちなさい」
俺はそう言って懐からクッキーの入った袋をフェアリーに渡した。
「何これ?」
「わざわざ呼び出した事の手間賃代わりよ。この事で後でネチネチ言われても困るもの」
「あなた、私を何だと思ってるの?まあ、ありがたく貰っておくわ。それじゃあね」
フェアリーはそう言ってタワーを飛び降りて街の光の中に消えた。