1.魔法少女
あの後、俺と先生による競歩大会が開催され、ほぼ同着だったためペナルティは免除となった。そしてホームルームが終わり、授業の準備をしている時に後ろの方の会話が耳に入って来る。
「なあ、昨日も出たらしいよな」
「私、その現場の近くにいたから一部始終見てたよ」
「まじか!?あ、そうかお前ん家近くだもんな」
「うん、相変わらず綺麗だったよ〜いいなぁ魔法少女。あこがれるよね〜」
「お前が魔法少女〜?魔女の間違いだろ?」
「何よ〜確かにどっちも魔女ではあるけど何かいやな感じ〜ま、それは置いといて……それにしてもなんか不思議だったんだよねぇ」
「何が?」
「遠目だったからそこまで詳しくは見えなかったんだけど、一番最初に赤い魔法少女が来たんだけど……その後に緑の魔法少女が来た時に何故か魔法少女同士で戦い始めたんだよね〜」
「え、なんで戦う必要あるんだ?」
「ん〜遠目だったから本当に戦ってたのかどうかも曖昧だけどね〜」
「ってかさ色んな魔法少女いるけど、赤だけ他の魔法少女と一緒に戦ってるとこあんまり無くね?他のやつは協力したりとかしてるけど赤はいつも単独行動してる感じ」
「うん、それに魔法少女って色んなメディアとかでも出たりしてアイドルみたいな感じになりつつあるだろ?でも赤だけはテレビのカメラに薄っすら映る程度であまり表に出てこないから顔もハッキリ見た人はいない」
そんな会話に耳を傾けていると、幸樹に声をかけられた。
「なあ、今日帰り遊びに行かね?」
「どこ行くんだ?」
「早霧町」
「馬鹿かお前。昨日の今日じゃ色々騒いでて教師とか警察とかの巡回あるだろうし遊ぶどころじゃないだろ。見つかったら説教数時間コースだぞ?」
「大丈夫だって、完全に日が落ちる前には帰るからさ」
「えぇ……」
そういう問題ではないだろう。と突っ込もうと思ったが、始業の鐘がなった為その場は何も言わずに前を向いた。
「おぉぉ……流石に厳戒態勢だな」
「そりゃそうだろうな」
学校終わり、結局俺は幸樹と一緒に早霧町に来やってきた。そして電車を降りて駅のホームを軽く見回しただけでも警官の姿がいくつか見える。
「さて、んじゃあ行くか」
「で?結局何しに来たんだよ」
「ん?あぁ‥‥実はネットで物買ったんだけどさ、受け取りをうちの近くのコンビニにしたつもりが間違えて早霧町のコンビニにしちまってたみたいでな。なんか一人で行くのもあれだったから遊びがてらと思ってお前を連れてきたんだよ」
そうならそうと先に言えばいいのに。俺は強くそう思った。
「受け取れたか?」
コンビニから出てきた幸樹に声をかけると、大きな箱を抱えた幸樹は満足そうに頷いた。
「わりぃな秋司助かったぜ!」
「で?何買ったんだ?」
「ああ、これはクマのぬいぐるみだよ。妹の誕生日が近いからな」
「へぇ‥‥妹‥‥か」
「ん?どうかしたか?」
「あ、いや何でもない」
昔の記憶から、妹と言う単語に反応してしまった。やっぱりいつまで経っても忘れる事ができない。
「ん?何か騒いでないか?」
幸樹がそう呟くと同時に近くで爆発の様な音が響き渡り、周囲から悲鳴が聞こえてきた。
「おいおい、まじかよ‥‥まさか本当に出てくるなんて‥‥」
「幸樹!早く逃げるぞ!確かこの近くに避難用のシェルターがあるはずだ!」
呆然とする幸樹に俺はそう叫び、幸樹の腕を引っ張った。
「あ、あぁ‥‥そうだな‥‥急ごう」
幸樹はいまだ放心状態ではあったものの何とか足を動かし、俺の後に続いて避難した。
「はぁ‥‥はぁ‥‥ここまでくれば大丈夫だろ‥‥」
「はぁ‥‥ああ‥‥そうだな‥‥」
息を切らせながら何とかシェルターへと辿りついた俺達が周りを見渡すと、他にも避難してきた人達が不安そうな表情でお互いを励ましあっていた。
(ふぅ‥‥取り敢えず、何とかなったな‥‥さて、行くか)
「幸樹、わりぃ少しトイレ行ってくるわ」
「おう、気をつけてな」
俺は幸樹に背を向けて走り出した。それはトイレのあるシェルターの奥ではなく、シェルターの入り口つまり外である。
「あのバカどもが来る前に片付ける。じゃないとまた被害が広がりかねない」
俺は走りながら、首から下げているネックレスに手をかけた。
『グググ‥‥グガガグ‥‥マ‥‥ママママホホホホ‥‥!!』
早霧町の中心街に佇む巨体の魔物は蛙の様な頭と巨大な腕を持った正しく異形の見た目をしており、目の前に立った俺‥‥いや『私』を見つけると不気味な声を上げてゆっくりとこちらへと歩いてくる。
「悪いけど、あまり時間はかけられないのよ。大人しく刈られなさい」
俺は血のような赤黒い刃を持った漆黒の鎌を構え、魔物と対峙する。
『ママ‥‥ホホホホ‥‥ココココ!!』
その瞬間、魔物は俺の目の前まで迫っていた。かろうじて鎌で攻撃を凌ぐものの、その勢いは凄まじく吹き飛ばされて近くのビルに突っ込んだ。
「っ‥‥!一撃も大きければ速度も速いとか反則でしょ‥‥‥」
そう悪態をつきながら起き上がった瞬間に気配を感じ、直ぐに横へと飛び跳ねると、今まで立っていた場所に魔物が突っ込んでおりビルが大きく揺れ、崩れ始める。
「もしかして‥‥直線にしか高速移動できない?なら‥‥‥」
魔物がゆっくりとこちらを向くのに合わせて、俺は鎌を構えて攻撃を受ける体制を作る。
「さあ、ご自慢のスピードで突っ込んできなさい『親愛なる薔薇の呪縛!!』」
俺がそういうのと同時に魔物が一気に突っ込んできて俺の目の前まで迫った時、俺の目の前に展開された薔薇の蔓で出来た網のようなものに阻まれて動きが止まる。
「さて、後は最大火力で燃やしつくして‥‥‥‥」
そう言って両手に生み出した炎を魔物に放とうとした。しかし、突如上から降り注いだ風の刃によって俺の攻撃は中断させられる。
「今日は邪魔させないわよ。スカーレット・ローズ」
「ちっ‥‥しつこい!焦らなくてもコイツを焼いたあとで相手してあげるっての‥‥」
軽く舌打ちをして上を睨みつけると、そこには緑色の髪に白っぽい衣装を纏った魔法少女が巨大な円の形をした武器輪刀を片手に、高いビルの上から見下ろしていた。
「ストーム・フェアリー‥‥‥!!」
「昨日は貴方に獲物を取られてしまったけど、今日はそうは行かないわ」
「来るのが遅い貴方達の代わりに魔物を倒してあげたんだから恨まれる筋合いなんてない。むしろ感謝してほしいくらいね」
「よくもぬけぬけと‥‥」
フェアリーは眉をひそめ輪刀を構える。それに対して俺も鎌を構えるが、突如ブチブチとい音が聞こえ目を横に向ける。するとネットが魔物のパワーで千切れかけているのが見えた。
「まずっ‥‥‥!」
そう叫んだ俺の言葉は、横を高速で通過する魔物の風音で消し飛んだ。そして魔物の行く先に恐る恐る目をやると、丁度シェルターがある場所に突っ込み、頭が地面にめり込んでいた。
「あら、中々頭のいい魔物みたいね。自分から動きを止めるだなんて」
フェアリーが怪しい笑みを浮かべ輪刀を空に向けて掲げると、輪刀の中に丸い風の塊ができ始め、それは次第に大きくなっていく。
「やめて!あの場所には‥‥‥」
「風に抱かれて眠りなさい!『妖精の揺り籠!』」
フェアリーが輪刀を思いっきり振り下ろし、巨大な風の塊を魔物に向かって投げ、塊は魔物のいる場所、つまりシェルターがある場所に近づいていく。
「間に合えぇぇぇぇぇ!!」
幸樹や町の人々が避難しているシェルターを守る為に、俺は必死に駆けだした。
『ググググゴゴゴ‥‥‥』
抜け出したものの最早逃げられないと察した魔物が巨大な風の塊を、その巨大な腕で受け止める為に構え、俺はその魔物のの後ろに周って構える。
『火炎障壁!』
『親愛なる薔薇の呪縛!』
俺は目の前に炎のバリアを貼り、少しでも衝撃を和らげようと自身の後ろに先程同様薔薇のつるでネットを作る。
『グガァァァ!?グヒュルリルルリリルル!?』
遂に目前にまで迫った塊を腕で受け止めた魔物は声にならない悲鳴をあげ始め、風の塊によって徐々に腕の先から粉々に砕かれていく。そして、遂に魔物の身体が浮き上がり、塊の中へと吸い込まれて消え失せた。
「ハァァァァァァァ!!!」
そして次はお前の番だと言わんばかりに俺の張ったバリアに接触する風の塊を押しとどめる為に、必死で踏ん張った。しかしバリアは、メキメキと音を立て徐々に欠け始めてくる。
「あら、自分から私の技を受けに行くだなんて、気でも触れたのかしら?まあ、こちらとしてはここでやられてくれると助かるんだけども。さて‥‥任務は完了したし、私は帰らせてもらうわ。精々命だけは助かる事を祈っているわ」
「クッ‥‥!心にも無い事を‥‥!!ンググググ‥‥‥!!」
(このままじゃあ、この塊を消す前に私が力尽きる。なら、一か八か相殺を狙うしか)
「グッ!!うおぉぉぉぉぉ!!『焼滅の薔薇!!』」
そして、目の前は真っ赤な炎で包まれた。