13.理想と現実
翌日、俺が学校から帰えるとゼルが予約のケーキの飾り付けを行っていた。
「時間、何時だっけ?」
俺がそう尋ねると、ゼルはケーキに目を向けたまま答えた。
「18時の予約だからあと1時間だね」
「確か配達だったよな?」
「ああ、すまないがこれが終わったら配達を頼めるかい?」
「あいよ」
俺は奥から配達用の保冷袋を持ってきて、中に保冷用の氷をセットする。
「今回の予約はどこの人だ?」
「ほら、よくうちに来てくれる大田さんだよ。何でもお孫さんが誕生日らしくてね」
「あぁ‥‥大田さんの‥‥」
ゼルは俺の問いかけに応えながら、黙々とケーキの仕上げをしており、俺はその作業を覗いてみることにした。
「へぇ、これは凝ってるな」
「ああ、相手はお得意様だからね。色々とサービスをね……よし、出来た。あとはこれを乗せれば‥‥」
ゼルはそう言いながら、冷蔵庫から数個のメレンゲ人形が乗ったトレイを取り出した。
「秋司、見てくれ。個人的にはかなり上手く出来たと思うんだが‥‥」
そう言って何やら見た事のある見た目をしたメレンゲ人形を俺の前に置いた。
「なあ、これもしかして‥‥‥」
「ああ、君だよ。そしてこっちがアビス・リリー、ストーム・フェアリー、クール・グレイシアだ」
その答えに何故?と思ったが、俺が口を開くよりも先にゼルが口を開いた。
「大田さんのお孫さん。女の子らしいんだけど、魔法少女に憧れてるんだって。将来の夢は魔法少女なんて言ってるらしいよ?魔法少女になって皆を守りたいんだってさ」
「そうなのか‥‥‥」
華やかに戦い、皆の為に戦う正義のヒーロー。それが世間一般の魔法少女に対するイメージだろう。そ
の為、魔法少女に憧れる子供は当然ながら少なくはない。しかしその実態は、国や組織に縛られ必要とあれば簡単に民衆を見殺しにする。そんな真実を目にした時、この憧れている子供達はどんな表情を浮かべ何を考えるのか。俺はケーキの上の人形を見つめながら、そんな事を考えていた。
「確か、この辺りだったよな」
ケーキの入った保冷バックを持ち、住所の書かれた紙を見ながら辺りを見回す。
「あ、あった!確かこの通りだな!」
俺はようやく目印となる看板を見つけ、その道へと入っていく。すると数件の住宅が建ち並ぶ住宅地の中に、古いながらも立派な外見をした家が見えた。
「ごめんくださ〜い」
チャイムのない玄関で中に向かってそう叫ぶと、暫くして「は〜い」という声と共に玄関が開き初老の男性が姿を見せた。
「お待たせしました‥‥おや、秋司くん。もしかしてケーキを?」
初老の男性、大田雅史にそう聞かれ俺は持っていたケーキの箱を見せる。
「はい、すみません少し遅くなってしまいました」
「いやいや、遅いと言っても配達予定時間内だし、大したものだよ」
「こちらが御予約のケーキです」
「ああ、ありがとう。ここまで運ぶのは大変だっただろう。少し上がっていかないかい?お茶とお菓子をだすよ」
「ありがとうございます。ですが、これから忙しくなる時間なので‥‥」
「ああ‥‥そういえばそうだったね‥‥すまない、配慮が足りなかった‥‥」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます」
俺と大田さんが話していると、家の奥から、子供の声が聞こえ、その直後一人の幼い少女が走ってきた。
「ねぇ、お祖父ちゃん!まだお話してるの?」
「ん?ああ、すまないね。いまケーキが届いたんだよ」
「え!ホント!?見たい見たい!!」
「いや、まだ早いよ」
「え〜見たい〜まだ食べないから見るだけいいでしょ〜?」
「はぁ‥‥しょうが無いねぇ‥‥見るだけだよ?」
「うん!」
大田さんは玄関の棚にケーキの箱を置いて、その蓋を開けた。すると少女は嬉しそうに目を輝かせながらはしゃぎ始めた。
「うわ〜!魔法少女だ〜!!!」
「良くわかったね」
純粋に嬉しそうにしている少女の姿を見て、俺はつい口を開いていた。すると少女は満面の笑みを浮かべる。
「うん!魔法少女大好きなの!」
「そっか‥‥」
俺はそんな少女にそう返す事しかできなかった。
「ねぇ、お祖父ちゃん!いつか魔法少女に会えるかな?」
「そうだねぇ‥‥魔法少女さんも忙しいからねぇ‥‥でも、いつかきっと会えるさ」
「ほんと!?」
「ああ、本当さ。去年の七夕でもそうお願いしたんだろ?」
「うん!魔法少女にいつか会ってお話できますようにってお願いしたの!」
「なら、大丈夫。きっと会えるさ」
そのやり取りを見ていた俺は、無意識のうちにその子に目線を合わせるように腰を下ろして口を開いていた。
「君、名前は?」
「みか!」
「そっか、みかちゃんか〜‥‥ねぇ、みかちゃんはなんで魔法少女が好きなの?」
「えっとね〜魔法少女はみんなが困ってたり、悪い人にいじめられてる時に助けてくれて、いつもキラキラしてるかっこいい正義のヒーローなの!だからみかもいつか魔法少女になってみんなを助けてあげるの!」
「そっか〜いつか魔法少女にもお願いが届くかもしれないね」
「うん!もし魔法少女になれたらお兄ちゃんの事も守ってあげる!」
「ほんとに!それは楽しみだな〜その時はお願いね」
俺はみかちゃんにそう言って立ちあがる。すると大田さんがみかちゃんの頭を優しく撫でた。
「みかが大活躍するのが私も今から楽しみだよ。秋司君も孫の相手をしてくれてありがとう。マスターにもお礼を言っておいてほしい」
「はい、みかちゃんが喜んでいたって伝えたら本人も大喜びすると思います。あ、そろそろ戻らないと‥‥‥それでは、また!」
そう言ってその家を後にした俺は、帰りの道中みかちゃんの言葉が頭をよぎった。『みんなを助けてくれる正義のヒーロー』そんなイメージを持っているみかちゃんがいつの日か魔法少女になれたとして、魔法少女の現状を知ればどう思うだろうか。絶望するか、軽蔑するか、それとも受け入れるのかは分からない。だが俺は、俺だけはみんなの理想の魔法少女で有り続けなければならない。だからこそタイタンには負けるわけにはいかないと俺は改めて決意した。
山形の旅館で辺りが暗闇に染まる時間に、一人の少女が露天風呂に浸かっていた。
「何の用?」
露天風呂に浸かり、目を閉じていた少女は突如そう呟く。
「本当に戦うの?」
言われた相手は少女にそう返した。すると少女は、深く息を吐いて呟く。
「僕に選択肢があると思う?」
「それはそうだけれど、勝ち目はあるの?」
「問題ない。対策はしている」
「そう、ならいいのだけれど。ただ、私としては二人に戦ってほしくはないわ……」
「さっきも言ったけど、僕に選択肢はない。あと僕は今回何としてもローズに負けるわけにはいかない。絶対に」
「これ以上、私が何を言っても無駄かしらね……なら、私から言うことは何もないわ……気をしっかりね」
その言葉を最後に声の主は完全に気配を消し、残された少女も露天風呂をあとにした。